罠と依頼
シンの嫌な予感は的中した。宮殿へ向かう時点でそんな気はしていた。そしてケヴィンから連絡が入った時点でそれは確定的なものになっていた。中に入れず手を焼いている彼の前に、ジークベルトの許可を得て入れる者達が現れた。
彼がそれを利用しない手はない。厄介なことにケヴィンはまだ、アルバで起きている失踪事件とシン達の関与を疑っている。彼の報告一つで、シン達は失踪事件の容疑の疑いで事情聴取を受けることもあるだろう。
更に厄介なのは、ケヴィンがシンのスキルを見て知っているということだ。あのスキルを目の当たりにすれば、人を一人消すことなど造作もないことがわかる。
「この後に及んで、まだそんな事をさせる気か!?バレたらただでは済まないんだろ?」
「えぇ、そうですね。教団から目をつけられ、ジークベルト氏に消されるかもしれない。ですがそれは、私の依頼を断っても同じこと。脅すようで申し訳ないのですが、依頼を断れば貴方達のことを失踪事件の重要参考人として、警備隊に報告させていただきます」
「なッ・・・!?」
思わず出てしまったリアクションに、シンはツバキに気付かれていないかどうか視線を送る。僅かにこちらに気づいたようにも見えたが、彼はすぐに自分の作業に戻っていた。
「勿論、依頼を受けて頂けるのであれば私も協力します。これでも生物の感知については自信がありますので・・・」
グーゲル教会にて、彼はシンの影によるスキルの移動を検知し、その存在を見抜いたという実績がある。シンにもそれなりには気配を感知する能力はあるものの、スキルの使用中は注意力が低下するのも事実。
「それに、私達のスキルがあれば誰にもバレずに事を成すのは容易なはずです。安心して下さい。ベルヘルム氏の護衛についての調査も出来ています。私の見立てでは十分可能であると思っていますよ」
彼の言うように、二人でやればおそらくそれも可能だろう。何より、ベルヘルムについての情報がシンにはない。どの道面倒ごとに巻き込まれるのなら、成功率の高い方に賭け、デメリットなしにこの困難を切り抜けるしかない。
「・・・分かった。その代わり、ちゃんと算段はあるんだろうな?」
「任せて下さい。既に作戦は組んであります」
どうやら彼も、宮殿に入れなくなってから色々と作戦を考えていたらしい。その中で彼は、宮殿内を出入りするある人物に協力を仰いでいた。その人物とはパーティーの会場で、ウェイターの仕事を手伝っていたクリスだった。
ケヴィンが宮殿から摘み出された後、会場を出入りする人物に目をつけた彼は、シンと共にいる時に知り合ったクリスを見かけ、彼に協力をお願いしていた。
勿論、詳しい内容は伏せて、合図があったらベルヘルムの護衛を別の場所へ誘導して欲しいと依頼していた。彼は戸惑いながらもそれを承諾してくれたようで、シンのスキルが部屋に近づかなければならない事も覚えていたようだ。
「抜け目ないな・・・そんな事まで覚えていたのか・・・」
「記憶力とは日常生活においても重要なものですよ?それにこの作戦を考えるにあたり、貴方のスキルが第一に思い浮かぶのは必然ではないでしょうか」
「アンタに俺の能力を見せたのは失敗だったよ・・・」
「ははは、何をおっしゃりますか。こうして親しくなれて、私は嬉しいですよ。やはり貴方のデバイスにだけ、このカメラへのアクセスを許可しておいて良かった」
シンはまんまと嵌められたと頭を抱える。だが、彼の依頼を断ることもできないと、渋々指示されるがままにツバキに少し部屋の外へ行ってくると伝え、一階の広場へと向かう。
しかし、宮殿内に入れているものの、ベルヘルム達のように他所から来た要人達が泊まる三階への立ち入りを禁止されているのは自分も同じだとケヴィンに伝えると、それも織り込み済みだと嬉しそうな声のトーンで語る。
既に宮殿内を巡回している警備や護衛の動きを観察していたケヴィンは、一階の通路の先に従業員用の階段があるとシンに伝え、そこからまずは二階へ上がるよう指示する。
いくら自信ありげに指示するケヴィンであっても、実際に自分の目で確かめながら移動するシンは、誰もいないことを確認しながら慎重に歩みを進める。
「心配せずとも、今はパーティーの片付けで忙しいようで、そちらの階段はほとんど使われていませんよ?」
「それでも実際に危険を冒してるのは俺なんだ。自分の目で確かめながら進ませてもらう」
「なるほど、貴方は慎重な方なのですね。でもそちらの方が私としても信用できます。何も疑わず、全てを鵜呑みにする人間というのも、利用価値はあれど信用できないですからね」
同じような方法で、シンの他にもいろんな人間を利用して来たのだろうか。彼はその中でも特に、指示に忠実で何の疑問も持たない人間が特に信用できないと彼は語った。
ケヴィンの話に少しだけ耳を傾けながらも、シンは自身の気配感知とケヴィンの気配感知を頼りに三階へと登っていった。




