大司教からの謝礼
彼らにも同じように、ケヴィンと別れた経緯を話し、一行は宮殿での目的を果たして長いようで短かった祝宴の場を後にした。
宮殿を出た一行は、レンタルしていた衣装を返却する為、先ずは仕立て屋のフォルコメンへと向かった。それなりに夜も深まっていたが、店には明かりが灯っている。シン達の他にも衣装を借りていた人達が、彼らと同じように返却にやって来ているようだった。
店前に集まる人は宮殿での衣装の人々が多く、店から出て行く者達は各々様々な格好をして、パーティーの余韻に浸りながら去っていく。最初に店を訪れた時のように、店員達の手際が良いのか、列の最後尾に並んだシン達だったが直ぐに彼らの順番が回ってくる。
「次の方どうぞ」
一行は受付で名前を告げると、店員は名簿のような分厚い本の中に記されていたシン達の名前の横に、返却完了の印を押して男女に分かれた更衣室へと通され着替えを済ませる。
男女で分かれてはいるものの、着替え自体は個室で行われており周りの目を木にする事なく着替えを済ませられる配慮もされていた。
先に更衣室を出てきた男性陣は店内で二人の着替えが済むのを待っていた。するとそこへ、仕立て屋フォルコメンの店主であるマルコがシン達の前に現れた。
「いかがでしたかな?アルバの祝宴は」
「えぇ、すごく濃密な時間を過ごさせて頂きました」
会話を進めるのは、一行の中でも最年長のツクヨだった。彼はマルコに話を合わせながら上手く大人の会話をしている。話の中でシン達が宮殿で祝宴を楽しんでいる間に、ルーカスの送った使者がマルコの元へと現れたようで、後日二クラス教会へと来て欲しいと伝言を授かったのだと言う。
どうやらルーカスは、彼らに依頼を託したものの式典や祝宴自体も楽しんでもらいたかったようだ。食事やお酒の影響で直ぐには動けないと考えたのか、依頼内容の報告は急を要することでもないので後回しでも構わないと言ってくれていたようだった。
「そうでしたか。それでその使者の方は今もいらっしゃるのですか?」
「いや、流石にもう帰っていったよ。要件だけ伝えてね」
店内でマルコと祝宴の感想について語っていると、着替えを済ませたミア達が更衣室から出てくる。全員が揃ったのを確認すると、マルコは一行があとどれだけアルバに滞在するかは分からないが、是非いろんなところを巡って音楽の街を楽しんで行って欲しいとだけ伝え、仕事へと戻っていく。
全員揃った一行は再び受付に立ち寄り、着替えが完了したことを伝えて店を後にした。宿への帰り道、それぞれが宮殿で体験したことや感じたことを語り合いながら、元の宿へと戻ろうとしていた。
「え!?何だよそれッ!」
「へ!やっぱりな。こういうのツバキが知ったら欲しがるだろうと思ったぜ」
ミアはケヴィンから協力の報酬として貰った映像を映し出し、音声を聞き取る蜘蛛型の機械と、それを操作するデバイスをツバキに見せびらかす。案の定、見たことのない機械に興味を示したツバキは、彼女の思っていた通りの反応を見せた。
彼女がツバキを揶揄う様子を見て笑顔で帰路についていると、そんな彼らの元に宮殿の内部で警備をしていたスーツ姿の人物が現れ、話があると一行の足を止める。
彼の話によれば、ツクヨとツバキの働きにより、要人達を満足させる為のライブが当初の予定よりも好評で大成功した事への謝礼として、もし彼らが望むのであれば特別に宮殿でのもてなしを受けないかという、ジークベルト大司教からの誘いだったのだ。
「大司教自らのお誘い!?」
「お前達がやったって言ってた、ライブ機材の修理の件か」
「あの宮殿に泊まれるのか!?やったぜ!」
驚きと歓喜に揺れる一行にスーツの男は、お礼を受け取ってもらえるのであれば案内するという。ただし宿泊する部屋に関しては、祝宴の時に様々な準備や倉庫として利用していた二階の一室になるとだけ一行に伝える。
それを聞いて楽器や機材でごった返しているところを想像したツクヨとツバキは、まさかそんな荷物だらけの部屋に案内されるのではと心配していたが、彼らの反応を見てスーツの男は、その心配には及ばないと口にする。
「ご安心を。二階フロアには今回招待した楽団や音楽家の方々が待機室として使って頂いたものと同じものを用意しております。当然余計な荷物などもありませんので」
「ほっ・・・。それを聞いて安心したぜ。なぁ?ツクヨ」
「あぁ、でもまだ片付けが済んでいないのでは?」
「暫くは片付け等で物音がするとは思いますが、皆様が就寝なさる頃には静かになっていることでしょう。現在宿泊している宿には、こちらから話を付けておきますのでそちらの心配は無用です」
教団の影響力が浸透しているであろうアルバでは、例え他所から来た大司教であろうとその権力は絶対のようだ。
どうせ泊まれるのであれば、折角なのでなかなか体験できないもてなしを体験しようと、一行はその大司教の誘いを受ける事にした。宿に向かっていた一行の足取りは一変し、再び宮殿へと向かう事となった。
教団に顔の利くケヴィンでさえ、宮殿に泊まることは難しいというのに、これを知ったらさぞかし彼は羨ましがることだろう。否、彼のことならそれを利用し、再び彼らに協力を仰いでくるかもしれない。
失踪事件の容疑者として疑われているようだが、彼の危険な調査には関わっていられない。出来ることなら、宮殿での宿泊の件はケヴィンの耳に入らないことを祈るばかりだ。




