下準備と再集合
ケヴィンの狙い通り、クリスはVIPルームの要人達の声を聞いていたようだ。それどころか、要人達の声を一人一人記憶しており聞き分けることが出来るようだった。
「流石！現役の音楽学校の生徒さんですね」
「いや、これくらい誰でも・・・」
「そうでもないと思うけど。あれだけ多くいる中で、特定の人物の声を覚えているなんて、余程印象に残っていたか気にして注意深く聞いていない限り、なかなか出来る事じゃない」
クリスはシン達と違って、ジークベルトやその周辺の人物達の会話を注意深く聞いていた訳ではない。要するに多くの人間がいる中で、特定の人物を絞らずに声を記憶しそれが誰のものかを当てたのだ。
誰でも出来る簡単なことのようにクリスは言うが、シンにもケヴィンにもそんなことは出来なかった。それとも音楽学校の優秀な生徒なら、誰でも可能なのだろうか。
「そ・・・そうでしょうか？はは、お力になれたようでよかったです」
「あぁ、貴方は本当に優秀な生徒さんですとも！おかげさまで助かりました。シンさん、先程の発言は撤回します。私はもう少しここでやる事が出来ましたので・・・」
彼の“やる事というのは、恐らくベルヘルムの調査だろう。事前にVIPルームや会場にカメラを仕掛けていたくらいだ。ジークベルトと最後に会話していた人物がベルヘルムと知った今、宮殿で彼が泊まる部屋探しと準備が必要となるのだろう。
「また“調査“か？」
「えぇ、その準備といったところでしょうか。ですが、ここまでくれば後は私一人で十分。協力はもう大丈夫ですよ」
アルバを襲っていた連続失踪事件の犯人候補として、ケヴィンに目をつけられていたが漸くそのお役目からも御免となった。
「あの・・・では僕はこれで・・・」
「あぁ、引き止めちゃって悪かった。ありがとうクリス」
「いえ！また僕に力になれる事があったら言ってください。では！」
クリスは二人に挨拶を済ませると、まとめた食器をもってその場を後にした。ケヴィンとの協力も完了したシンは、特に向かうところもなかったので、皆が戻るまでここで待つことにした。
「さて、私は準備がありますのでこれにて・・・」
「一人で大丈夫か？」
「ふふ、さっきも言ったでしょう？もう一人で十分です。それにパーティーが終われば、宮殿はより警備の目が厳しくなるでしょうし、普通の人では立ち入りも出来ません」
バレたらただでは済みそうにない事に協力させられすっかり忘れていたが、ケヴィンはジークベルトとグーゲル教会にて、面識もあり知り合いかのように会話もしていた。
今の口ぶりからすると、ケヴィンは宮殿に出入りできる立場にある人間であることが察せられる。つまり彼ならばパーティーの後も宮殿内を自由に歩き回れるのだろうか。
「アンタは普通の人間ではないと？」
「教団とは多少のコネクションがあります。ジークベルト氏の近辺調査は難しいですが、ベルヘルム氏であれば何とかなるでしょう。さて、私の方も片付けが終わりましたのでこれで」
彼は去り際に、アルバにいる間は一応シン達の行動にも目を光らせているとだけ言い残していった。もう殆ど疑いはしていないだろうが、犯人が捕まっていない以上、可能性がゼロになった訳ではない。
すっかり寂しくなってしまったテーブルに、一人ぽつんと残って仲間の帰りを待つシン。すると暫くして、一階で行われていたライブを見に行っていたミアとアカリが戻って来る。
「いやぁ〜、思っていた以上にいいもんなんだなぁ、ライブってよぉ！・・・って、あれ？アイツは？」
周囲を見渡してケヴィンの姿を探すミア。
「ケヴィンなら他にやる事が出来たって、どっか行っちゃったよ」
「ふ〜ん、そっか・・・。もうパーティーも終わりだな。ルーカスへの報告は明日でもいいだろ。今日のところはこれで撤退とするか」
教団関係者であるルーカス司祭も、パーティーの直後では忙しいはず。一旦宿に戻り、各自で集めた情報を共有し改めて明日、ルーカスのいる二クラス教会へ報告しに向かう事にした。
ミア達が合流しそれほど間を置かずして、ツクヨたちも戻ってきた。宮殿の二階へ探索へ向かった二人は、そこで大変な目にあったと愚痴をこぼしていた。
