正反対の友達
カタリナの出番が終わり、短い挨拶を終えた彼女はステージを後にした。セットの準備の為、再び休憩時間を挟むというアナウンスがあり、観客達もそれぞれ飲み物を取りに行ったりトイレを済ませに行ったりと、各々の行動を取り始める。
「カタリナさんの歌はこれでお終い・・・ですか?」
「彼女がソロで歌うのはこれで最後です。この後は別の楽団とのコラボがありますので、彼女の魅力を体験して頂くためにも、是非ご覧になっていってください」
初めは退屈凌ぎでやって来たミアだったが、カタリナの歌を聞きすっかり彼女の歌声の虜になっていた。ジルの誘いに二つ返事で勿論と答えた二人。それにこのまま席を立っては、直接誘いを受けたに最後まで聴いていかなかったと後ろめたい気持ちにもなり、失礼にも当たってしまう。
「折角の演奏だ。酔って聴いちゃ勿体無いな・・・。アタシちょっと水でも飲んでさっきの酒を流してくるわ」
「行ってらっしゃい。ジルヴィアさんは何か飲まれますか?よかったら私、取ってきましょうか?」
「いえ、大丈夫です。それと私の事は“ジル“と呼んでください」
「えっ!でも、失礼になってしまうのでは・・・?」
「そうして欲しいのです。私達、年齢も近そうですし、何だか友達に慣れそうな気がするんです」
彼女の過去を垣間見た後だと、心の底から話せる相手がいなかった事が窺える。記憶を失い、過去の記憶や繋がりが無くなってしまったアカリには今、シンやミア達という心を許せる仲間がいる。
それに引き換え、ジルには過去や周りとの繋がりがあるが故に信頼や心の休まる場がないというまるで正反対の境遇にある二人。何も自分と接点がない故に話せたアカリに、ジルなりに何か感じるものがあったのかもしれない。
「では、私の事もアカリと呼んでください。それじゃぁ・・・ジル、私にもっと貴方の知る音楽を教えて頂けますか?」
「えぇ、勿論よアカリ」
二人はミアが席を立っている間、音楽というものについての質疑応答を交わした。ミアが戻ってくる頃には、いつの間にか距離を縮めたアカリとジルの姿があった。
この僅かな間に一体何があったのかとミアに尋ねられたが、二人だけの秘密だと共通の認識を持つことでより仲を深めていった。
その後の演奏では、教会で聴いたものとは違う音楽や音色の楽団が登場し、演者の中にはちょくちょくと、アルバの音楽学校の学生も混じっているのだと、ジルは音楽の解説と共に教えてくれた。
ライブの演奏が一通り終了すると、司会の紹介と共に演者の代表が次々に挨拶をしていく。カタリナの人気は凄まじく、彼女が舞台に登場しただけで多くの歓声が上がった。
声はかき消されてしまったが、大きく手を振るアカリ達の方に彼女は一瞬だけ反応し片目を瞑るウインクで返してくれた。それが嬉しかったのか、アカリは飛び跳ねながら感情をジルに表し、これが普通の子の反応なのかと彼女も少し恥ずかしそうにしながら、釣られて差し伸べられた手に自身の手を重ねる。
全てのプログラムが終了し、大歓声と拍手の中ライブの舞台は幕を閉じた。パーティーへと戻っていく観客の中で、アカリとジルも短い時の中ではあったが有意義な時間を過ごせたと言葉を交わす。
ジルはこの後、カタリナと用事があるそうで、彼女のファンサービスが終わるのをここで待つのだそうだ。ミアとアカリは一度三階の会場に戻り、シン達と合流し状況の確認を済ませることにした。
いつまでアルバにいるかは分からないが、式典の直後は暫く休暇があるのだとジルは語り、時間が合えばまた話でもしようとアカリと約束を交わす。一行はそれぞれの場所へと分かれていく。
三階へ登る階段を上がっていると、二階から聞き覚えのある声が聞こえてくる。何事かと少しだけ覗いてみることにしたミアとアカリは、開けたフロアで楽器や様々な機材に囲まれるツクヨとツバキの姿を見つける。
「ん?何やってんだアイツら」
「何でしょうね・・・とっても忙しそうですけど・・・」
「まぁいっか。とりあえずシン達のところへ戻ろうぜ?もうすぐパーティーも終わっちまいそうだし、美味いもんでもたらふく食っておこう!」
「ふふふ、そうですね。次にこんなご馳走にありつけるのがいつになるかも分かりませんものね」
「お?アカリも分かってきたじゃねぇか!」
「ミアさんのせいですよ?」
貴重で充実した、世界でも有数のライブを聴いてきた二人は、満足した様子でその場を後にし楽しそうに話しながら三階の会場へと戻っていった。
一方、レオンを送り出した後のツクヨとツバキは、引き続き運ばれてくる機材の調整まで任されることになっていた。従業員曰く、当初予定していた業者の到着が後日に先延ばしになっていてしまったらしく、急遽修理を行えるツバキがライブの機材を調整することになってしまった。
「じっ自分で言ったこととはいえ、まさかこんな事になるとは・・・」
「手伝ってあげたいのは山々なんだけどね・・・。私には作業の環境を整えてあげる事くらいしか」
「まぁしょうがねぇよな。でもお陰様で、楽器についても少し詳しくなったな!」
「今度は音のでる装備でも作ってみるかい?」
「随分と陽気な発明だな。でもそれも悪くねぇな!」
冗談を交えながらもしっかりと手を動かすツバキ。流石は職人肌といえる。しかし、目の前の作業をこなしながらも、ツバキはレオンから修理を頼まれた楽器の方を気にしていた。
機械であるのなら直す自信はあった。それにここで身につけた楽器の構造についての知識もきっと活かせるだろう。一刻も早くその機械の構造を見てみたいという感情に、ツバキは背中を押されれるように機材の修理を終わらせツクヨに別の場所へ運ぶよう伝える。




