慣れの裏の気持ち
シンとケヴィンがVIPルームを盗聴し、ツクヨ達が二階へ降りていった頃。ミアとアカリは一階にあるライブブースへとやって来ていた。
様々な人物や楽団による演奏が行われるライブブースにはいくつかの席が並べられており、ビュッフェや会談を楽しむ他に、音楽を聴くためのスペースが設けられていた。ブースへの出入りは自由になっている為、誰でも気軽に参加できる仕組みになっている。
「いつの間にこんなスペースが・・・。入ってきた時にはなかったんだがな」
「私達が上の会場に行っている間に、徐々に準備が進められていたみたいですね。既に演奏は始まっているのでしょうか?」
二人が訪れたのは、丁度舞台の機材の入れ替えが行われている時間帯だった。要は休憩時間のようなもので、それによって席も選べるくらいには空席があった。
「結構席が空いてるみたいですが、ミアさんはどこがいいですか?」
「アタシは後ろの方でいいかなぁ。要は音楽が聴こえりゃいいんだし、それに酒も飲んでていいみたいだしな!」
「ほどほどにしてくださいね。後で肝臓に効く漢方でも出しておきましょうか?」
「そいつぁ助かる。できるだけ苦くないので頼むぜ」
「では、席はあの辺りなんてどうでしょう?」
アカリが選んだのは、後方左側の席だった。人がほとんどおらず、周りに気を使う必要もなさそうだ。席取り用の荷物も然程置かれていない。ミアの言う程よく音楽を楽しみながら、それを肴に酒を嗜むには丁度いい席とも言える。
ウェイターに飲み物を注文し席に着く二人。暫くすると舞台の準備が整い、周りの席も徐々に埋まり始める。最初に現れた演者は、早速二人をライブブースへ招待したカタリナだった。
彼女は会場を見渡した後、軽くお辞儀をしてピアノの演奏者と目を合わせ合図を送る。穏やかな音色と共に始まった演奏に、ブース周りは一気に静かになった。前奏を聴きながら音楽に浸るように目を閉じて音楽に浸るミア。
教会の時とは違い、より近くで演奏を聴いたアカリもまた、音楽に身を委ねるように身体を小さく揺らす。
間も無く歌い始めたカタリナの歌声は、優しく聞き手の身体や心に浸透してくるようで、時折やってくる感情の篭った声に、思わず目頭が熱くなるほど観客達は虜にされた。
一曲目から引き込まれるような歌声を披露した彼女は、続けて二曲目へと入っていく。最初の曲でガッツリと観客の心を引き寄せたカタリナの歌声は、今度は童謡のようなポップな感じの曲でブース全体の雰囲気を弾ませる。
「すごいですね!ミアさん」
周りの迷惑にならないよう、隣にいるミアにだけ聞こえるような小声で、カタリナの歌の感想を思い立つままに語るアカリ。ミアも彼女と同じ気持ちだったようだ。思わず興奮するアカリの気持ちも分かるといった様子で、彼女もそれに応える。
「あぁ、これは思っていた以上の歌声だな。正直BGMには丁度いいと思って聴きに来たが、寧ろこっちがメインになる」
BGMという言葉に頭をかしげるアカリだったが、あまり芸術に興味のなさそうなミアでさえも自分と同じように、奏でられる音色に虜にされているのを知り、あかりも嬉しそうだった。
カタリナの歌声に聞き入っていると、丁度空いていたアカリの隣の席に何者かがやって来る。
「隣、よろしいですか?」
「え?あ、はいどうぞ・・・ってあれ?」
アカリは掛けられた声に反応し顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
「ジっ・・・ジルヴィアさん!?どうしてここに?」
「あら、私だって演奏する側ばかりではなく、聞き手に回る事だってありますよ?お二人も、カタリナさんの歌を聴きにいらしてたのですね」
「えぇ、実はご本人に招待されまして・・・」
「本当にあの方はサービス精神が旺盛なんですから・・・。私も間に合ってよかったわ。どうして歳をとると話がなるなかしらね・・・」
挨拶周りを行っていたというジルは、こうしてライブブースにやって来る直前まで、上の会場でお世話になっている人達と話していたようだ。どうやら彼女にとってカタリナは、尊敬すべき歌の大先輩らしく、大人気の彼女の歌声を生で聴けると思いこの時をずっと楽しみにしていたのだという。
「ジルヴィアさんはライブには?」
「私は出ません。聞き手に周りたかったというのもありますが、私の歌声はメインの方々の妨げになってしまうのだそうで・・・」
「妨げ・・・ですか?」
「どうしても主張が激しくなってしまうというか・・・目立ち過ぎてしまうようなのです」
悪気はないのだろうが、どうにも鼻につくような言い方に聞こえてしまうジルの発言に、ミアは少し意地悪だと思いながらも尋ねてみた。
「余程自分の歌声や演奏に自信があるようだな?」
「ちょっとミアさん!?」
「ふふっ全然構いませんよ、慣れていますから。寧ろ直接言っていただけるだけ、貴方が正直な方だというのが伝わります」
思わぬ反応に、ミアはすぐに先ほどの発言がジルを試すようなものであった事を謝罪した。ミアが感じていたように、ジルは周りからもそのように思われている事を自負しているようだった。
学校生活の中でも、彼女を優等生と扱い慕ってくる者がいる反面、お高くとまった様子を不快に思うものも多いようだ。彼女の発言からも、彼女に聞こえるように陰口をいう者達が、学校のみならずいることが窺える。
自分の意図しないことで、周りから陰口を言われる辛さを知っているミアは、そんな彼女のうちに秘めた悲しげな雰囲気に、自分と重なるモノがあると勝手に感じていた。
「慣れてる・・・」
「えぇ・・・でももう慣れてしまったわ。それに周りにどう思われようとも、私が音楽や歌で届けたいのは人達は別に居るんだもの。考えて落ち込む時間と労力が勿体無い・・・って、思うようにしてます」
強がって話していた彼女だったが、その声は徐々に弱くなっていくように感じる。実際、慣れているということは本当なのだろう。辛いことに慣れてしまわえるのは、その人が精神的に強いからなどではない。ネガティブな自分を必死に押し殺しているからなのだ。
誰だって人から疎まれたり恨まれたりしたい筈がない。そうなってしまった原因はいろいろなところにあるのだろうが、一度そういった状況に陥ってしまったら、相手がそういったものに飽きるまでその生き地獄は終わらない。
「情けない話ですが、本当は私もそんなに神経の図太い人間じゃありません。この話は他の関係者の方々には内密にしてくださいね」
「そうだったのですね・・・」
「あぁ、分かってる・・・」
すっかり落ち込んだ雰囲気になってしまう三人。なんと声をかければいいのか分からないままカタリナの歌声に耳を傾けると、丁度彼女らの心境に寄り添うような曲調の歌が、寸前に話していた内容を忘れさせるように暖かく包み込んだ。




