曰く付きのプレゼント
「お前ッ・・・!何でここに!?」
「ツバキ!言葉使い!」
「あっ・・・」
二人の会話を聞いて、レオンはツバキが普段の様子を隠している事に気付いていたのか、軽く笑いながら何故ここにやって来たのかを語る。
「いいよ、普段通りの喋り方で。俺もそっちの方が喋りやすいし・・・」
「そ・・・そうかぁ?」
「あぁ。それとさっきの質問に答えると、ここに来たのはライブの準備の為さ。俺の道具もここに運ばれてるんだ。演奏前に音の調整とチェックをしておこうと思ってね」
レオンハルトは音楽学校の中でも、ジルヴィアと並んで優秀な生徒だ。彼女と比べるところがあるとすれば、レオンは彼女よりもより楽譜に忠実で、音の出し方一つ一つに余念のない精密な演奏を得意とする。
逆に言えば機械的であるとも言われており、しばしば教員達にも感情や表現力について言及されているらしい。
「そしたらあなた達がいた訳だ。でも驚いたよ、ここで使われる機材は高度な技術を用いていると聞いていたから、アルバのエンジニアでも直ぐに対応できるか・・・なんて言われてたんだ。それを君のような子供が・・・」
「子供じゃねぇ。けど、こんくらいで高度な技術ってんなら、俺ぁもっと複雑でも何とか出来そうだけどな」
「これは失言だったか。すまない、君も優れた才能の持ち主だったようだ。さて、話はこれくらいにして作業に移ろう」
そういうと、レオンは並べられた楽器の中から一つを手に取ると音を出してチューニングを始めた。
「でもいいのかい?君はこれからライブに出演するんだろう?時間とか準備とか・・・」
「お構いなく。準備はとうに出来ていますし、チューニングと言っても、さっきも教会で演奏したばかりだし、自分の音でも聞いて気持ちを作っておこうと思っていたところです。時間もまだあります。彼が直した物を私が調整し、楽器の構造ならアドバイスできることもあるでしょう」
「へへっ、そりゃぁ心強いこった」
レオンに煽てられ作業に戻ったツバキは、手際よく機材と楽器の修理をおこなっていく。レオンはツバキが修理を終えた楽器のチューニングを次々にこなしていく。
二人の流れるような手際の良さに、あっという間に従業員達に頼まれた機材と楽器の修理と調整が完了していく。特別な手伝いが出来なかったツクヨは、作業の完了した物を移動し、彼らが作業を行いやすい環境を整えることに徹した。
彼らの手際の良さのおかげで、作業はスムーズに進み瞬く間にフロアに並べられた機材や楽器の修理、及び調整を終わらせてしまった。
「これで一通り終わったかぁ・・・」
一息つくように腰を上げたツバキは、大きく息を吐きながら汗を拭った。機材や楽器を運んでいた従業員達も、唖然とした様子でその現場を眺めて立ち尽くしていた。
「これは驚いた・・・。まさか本当にやってのけるとは・・・」
「これなら予定通りにライブもできそうじゃないか?」
「いえ、ライブ‘自体には影響はないでしょうが、万全を期して演奏の順番は指示通り変えた方がいいでしょう。機材の修理は完了したようですね。楽器の方は後は持ち主が自分で調整するものなので、一先ず危機は去ったようですね
」
レオンも言葉で腰を下ろす一行。修理は済んだものの、機材や楽器の移動はライブが行われている最中もひっきりなしに行われる。従業員達はほっとした様子で彼らにお礼し、自分達の作業へと戻っていく。
「お二人とも、お疲れ様でした」
「アンタもな」
「それより、演奏の方は大丈夫かい?」
時計を確認するレオンは、心配無用といった様子で首を縦に振る。すると彼は自分の楽器と荷物を置いていた場所へと向かい、何かを収納したケースを手にツバキの元へとやって来る。
「俺ももうすぐ出番だ。そこで君に一つ頼みたいことがあるんだ」
「ん?」
そういってレオンは、手にしたケースから楽器を取り出した。それは至る所が酷く破損している機械仕掛けのヴァイオリンだった。
「なッ何だこれ!?壊れてるのもそうだが、こんなものがあるのか・・・」
「機械仕掛けのヴァイオリン・・・。レオンさん、これは?」
ツクヨの質問に、レオンは暗い表情をして手元に視線を落とした。彼が言うには、その機械仕掛けのヴァイオリンは彼が音楽学校に入学した際に、厳しかった父親からの初めてのプレゼントだったのだと言う。
当時の彼は、物珍しさに嬉しそうにそれを毎日のように演奏で使っていた。無論、学校で使うことは出来なかったため、家で演奏していたのだが後に彼の学校での評価が父に知られると、父は厳しく彼を叱りつけた。
人より演奏が出来るのに何が不満なのかと、レオンはそんな父に反抗するようになってしまった。次第に父は一向に直らない彼の癖に呆れ果て、一切口を利かなくなってしまう。
そんな折、仲違いをしたまま父は病に倒れ、家族を残して死別してしまうことになる。母はひどく悲しみ、何年もの間無気力な状態が続いていた。
家庭の問題もあり、レオンはより一層演奏に感情がこもらなくなっていく。だが皮肉なことに、それ反面彼の演奏技術は更に磨きがかかっていき、機械的な精密な演奏が出来るようになっていく。
全く感情のこもらない彼の演奏はそれはそれで貴重なものになり、彼の演奏を必要とする劇団や楽団から多くのオファーが来ることになり、彼の周りでは金回りが良くなっていく。
そのお陰もあり、母の容態も回復し精神的な落ち着きを取り戻すも、レオンはそんな母とも一線を引いた付き合い方しか出来なくなってしまっていた。
腐っていくことはなかったにしろ、レオンのその後の生活は色素の薄まったように味気ないものになる。父との確執を生み出し、レオンの人生の機転ともなった父からの初めてのプレゼント。
いつの事だったか、彼は自身でそれを壊した事すら忘れ、今まで生きてきた。そこへ現れた高度な技術を用いる機材を、意図も容易く直してみせる少年ツバキ。
彼の姿にレオンは、その機械仕掛けのヴァイオリンのことを思い出し、修理を頼みたくなったのだと語った。
「そうか・・・。分かった!アンタがライブで演奏してる間に、バッチリ直しておいてやるよ!」
「ありがとう。・・・でも直ってしまうのも、それはそれで・・・」
「考えるのは後にしろよなぁ?アンタは先ず、やるべき事をやってこい」
「そうだな・・・あぁ、行ってくる」
レオンは自分の楽器を持って、二人の前から去り一階へと向かった。過去との向き合い方に、気持ちの整理がついていない様子だったレオンに、ツバキはそんな彼の気持ちを察したのか背中を押す言葉で送り出した。そんなツバキの成長に、ツクヨはまたしても関心するように頷いていていた。




