思わせぶりな動向
シン達のいる三階の会場に仕掛けたカメラは二つ。一つはケヴィンが事前に仕掛けていたという、会場全体を見渡す為に隅の天井付近に仕掛けたもの。
そしてもう一つは、シン達に説明する為に見せたもう一台。そっちの方は彼らのいるテーブルの下へと隠し待機させていた。もしもん時の為に、シンはケヴィンからカメラを搭載した蜘蛛型のデバイスの操作を学ぶ。
耳に装着した方のデバイスにアクセスし、視界の中に仮想パッドを表示させその中でカメラの移動を行う。操作に複雑なものはなく、仮想パッドもスティック状のものが二本用意されているだけで、本体の移動とカメラの向きを変えるだけという簡単なものだった。
「あの護衛の方が別の階層へ移動するようでしたら、そちらのカメラを使って追いかけて下さい」
「追いかけるって・・・。これだけ人がいると気づかれちゃうんじゃ・・・」
「だからこそ、待機させているんですよ」
彼曰く、既に配置済みのカメラを移動させるのは難しい。人はその場所にあったものがなくなっていると、無意識に違和感を抱く。その対象は人によって違うが、これだけ多くの人間が行き交っていれば、その小さな変化に気がつく者も少なからずいるだあろう。
そうなって仕舞えば、警備隊や護衛の者達の耳にも入り警戒されてしまう。カメラ自体を誰の目にも触れられない位置に隠しておくことで、初めから誰にも認識されていないものとなる。
勿論、動かしているところを誰かに見られたり変な場所にカメラがあると認識されてしまえばそれまでだが、そのカメラを自身の服の中に隠し、人目の少ないところまで持っていけば、別の階層へと運ぶことも容易となるのだ。
先程VIPルームから移動してきた護衛は、まだ長い廊下を移動しシン達のいる三階の会場へ向かっている最中だ。彼がやって来るであろう廊下の方が見えるように、会場全体を見渡すカメラの方向を調整し、その動向を伺う。
暫くすると、さっきの護衛が会場へと姿を表す。彼は不自然にならない程度に辺りを見渡すと、近くにいたウェイターの仕事を手伝う、音楽学校の生徒であるクリスへと話しかける。
「クリス・・・?」
「クリスさんとは、先程の学生さんですか?」
「あぁ、何か話してるみたいだが・・・」
二人が何を話しているのか、音声を拾うことは出来ない。カメラの位置が遠過ぎるからだ。しかし、彼らの会話は長くなく直ぐに護衛の人物は動きを見せる。
会話の中でクリスが会場の中央付近を指差した。それを確認すると護衛はクリスにお礼をして、先程クリスが指差した方へと歩みを進めていく。直ぐに別の場所へ移動することはなさそうだ。
移動する護衛の後をカメラで追うと、彼はシン達のいるテーブルを横切り更に奥へと進んでいく。内心バレるのではとヒヤヒヤしていたシンだったが、護衛は彼らを機にする素振りも見せず目的の方角に向けて移動し、そこで別の人物と会話をしていたルーカスの元へと歩み寄っていく。
「ケヴィン!さっきの護衛がルーカス司祭と接触するぞ!」
「大丈夫です、落ち着いて下さい。何かするにしても、ここでは事には及ばない筈です。それに彼が司祭に何かすると決まった訳でもありません。今こちらの存在に気づかれるのは非常にマズイです。いいですか?何があっても割って入るなどと考えないで下さい」
「何があってもって・・・まるで何かあるみたいな言い方・・・」
すると護衛は、ルーカス達の会話の中へと入り込み懐へと手を伸ばした。一瞬視線を下に落とした護衛。その動きから何か道具を手に取ったと思われるのは明らか。
銃でも取り出すのかといった様子に、思わず身構えてしまうシンだったが、護衛の彼が取り出したのは、何やら薄い手帳のようなものだった。そこに挟まれた白い紙切れをルーカス司祭へと渡す護衛。
渡された紙を確認したルーカスは、彼を周りの者達に紹介し始めたのだ。ケヴィンの言うように、大事には至らなかった。気にし過ぎだったかと安堵するシン。
どうやらルーカスはその護衛と普通に話している様子だった。それどころか、自らその護衛を周りの者達に紹介し、会話の中へと引き入れていった。
「どうする?会話を聞く為に、カメラを奴に仕掛けるか?ジークベルトの時のように・・・」
「いえ、そこまでする必要はないでしょう。あくまでどんな様子かが確認できれば、それで十分です」
深く調べる必要はないと語るケヴィン。台数に限りのあるカメラは、より重要となる時の為に残しておこうと温存することに。どうやらジークベルトとベルヘルムも、現在のルーカスが何処までの事を知り何をしようとしているのかを探ろうとしているのではないかというのが、ケヴィンの見解だった。
肝心のジークベルトの方は、既にベルヘルムの元を離れ別の人物にフェリクスの事を紹介しにいっているようだ。そして会話の中で明らかとなった情報の中に、VIPルームへ通された要人達の内数人は、パーティーの後宮殿で宿泊っする事になっているようだということだった。
シン達がカメラを仕掛けに向かった時に通った長い廊下。その途中には幾つも扉があった。さながら何処かのホテルのように、均等な間隔で二つの廊下に設けられている宿泊用の部屋は、それはそれは豪華な作りになっているのだとか。
それ以降、あまり大きな動きや意味深な会話のなかったVIPルーム。時を同じくして、宮殿の二階へと向かったツクヨとツバキは、唯一パーティーの会場が設けられていないエリアへと足を踏み入れる。
会場を設けるだけのスペースは十分にあるのだが、ここには演奏に使う楽器や道具が運び込まれており、現状一階で行われているというライブに合わせ、必要な物が特別なエレベーターを使い移動されているようだ。
他にも二階には調理場も設けられているようで、ビュッフェで振る舞われていた料理が作られている。
「二階は従業員用のフロアになってるみたいだね」
「一般客は立ち入り禁止ってところも多いな・・・。こりゃぁ探索なんかできそうにないかもな」
ガックリと肩を落とすツバキ。するとそんな彼らの元へとある声が聞こえてくる。従業員らしき彼らは、大きな楽器を台座に乗せ幾つも楽器が置かれているフロアへとやって来た。
「あれじゃぁもう無理だな・・・」
「あぁ、直ぐに大司教様にもお伝えしないと・・・。まさか当日に機材トラブルが起こるなんてな」
会話の内容からすると、一階で行われている一般向けのライブの様子を映し出す機材が故障してしまい、予定していた合唱団のライブが行えなくなってしまったようだ。
その特別な機材を使う楽団だけの演奏が中止になってしまったようで、他のカタリナ達のように他の演者達の歌唱や演奏には問題ないようだが、これにより演奏の時間が前倒しになってしまうのだという。
無論、ライブによるトラブルは想定されていた事らしく、パーティーそのものに大きな影響は無いようだが、その楽団は界隈では有名な楽団らしく、彼らの演奏を楽しみにしていた客や要人達を落胆させてしまう事になる。




