技術の裏の黒い部分
彼の言わんとしようということは分からなくもない。ただそれをよくない事と否定するのも、医学の進歩には仕方のない事と肯定するのも、その時代の節目に生きたことのない人間の軽い言葉に過ぎない。
亡くなった者の尊厳を否定し、遺族や残された者達への配慮のない所業に怒りや憎しみ、安らかに眠らせてやることも出来ないのかと憎悪を抱かれる事もあっただろう。
後の世で、あの時の技術が死にかけた命を救う事へと繋がり、意識を取り戻した最愛の人に涙を流して再会を喜ぶといった光景もいくつもあっただあろう。
それが後世に生きる者達の命を何千何百と救う結果だと分かっていても、当時の人間、それも当事者やその身近な人間からすれば到底受け入れられる事ではない。
ケヴィンもそれを理解しているからだろう。彼が冷めた人間のように感じるのは、そんな残酷なものを目にして来なかった者達の浅はかな感想でしかない。無関係だからこそ、犠牲はいけないものだと簡単に口にできる。
それは平和に慣れすぎた者達、残酷な歴史から目を背けたさせるよう仕向けた政府や大人達による弊害でもある。
「当事者にならなければ、その時の者達の気持ちなど理解しようもありません。何の代償も無しに、その恩恵を受けている我々に研究を否定する事も犠牲を淘汰することも出来ないですよ・・・」
彼の過去にも何かあったのだろうか。映像を確認しながらも、どこかその瞳は遠くを見つめているようだった。
「理不尽な事なんていつの時代も、生きていようが死んでようがどこにでもあるもんだろ。そんな事より、そのアークシティってのは具体的にどこにあるんだ?」
「ここから北に向かって、幾つかの山々を越えた先に漸く見えてくると思いますよ。ただ・・・」
「ただ?」
何か勿体ぶらせた様子で言葉を溜めるケヴィンに、シンとミアの視線が集中する。何か入国するために難関でも待ち受けているのか。はたまた普通には入れない条件でもあるのだろうか。その僅かな時間の中で、様々な想像が頭の中を駆け巡る。
「目視するのにはそれなりに準備がいるんですよ。・・・それか天候の影響でも確認する事はできますが・・・」
「ったく、回りくどいな。もっと分かりやすく言え!つまり一目じゃ分からねぇってことか?」
「そうですね、すみません・・・。ミアさんの言う通り、肉眼でアークシティを確認することは出来ないんです。光学迷彩という視覚的に対象を見えなくする技術を用いて、街そのものを隠しているんです」
光学迷彩の技術とは、自然界でいうところのカメレオンやタコなどが身を守るために用いる、保護色を変化させる擬態と言われるものを技術で可能としたものだ。
魔法というものが存在するこの世界では、対象を不可視化するスキルなども存在するが、街という大規模な対象を常に不可視化し続けるなど、魔力がいくらあっても足りなくなる。
「街全体をッ!?けどそれじゃぁぶつかったりモンスターが迷い込んだり、色々と事故が起こりそうな気もするけど・・・」
「なるほど、本当に何も知らないようですね」
「?」
「浮いてるんですよ、街が」
「えッ!?」
彼の話では、アークシティは宙に浮いた不可視の街という情報が、新たな情報としてシン達の中に伝わる。これまでになかった情報が故に、二人の驚きは大きなものとなった。
「つまり、不可視の浮遊する街という訳です」
「何故そんな事をする必要がある?」
「それはアークシティの技術力が、他の国々に狙われるからではないでしょうか?クラスやスキルに頼らない、誰でも手にすることの武力。それは他国との戦争やモンスターの脅威から身を守る為に必要なもの。製作者や技術者が意図していなくても、それを使う側の者達によって善にでも悪にでもなるのが、意思を持たぬ兵器の扱い易いところですからね」
ケヴィンのいうように、クラスやスキルに捉われない武器は、戦闘の経験や技術を持たない街で暮らす一般的なNPC達にとって、身を守る有益なものとなる。それは軍事的利用価値も高く、長い年月にわたり修行や鍛錬が必要なスキルよりも、短期間でそれなりの戦力になる兵器というものは、国同士の戦争をより加速させる事にも繋がっていた。
また、利用する命は人間や他の意思を持つ種族のみに留まらず、モンスターなどにも用いようという研究も進められているという噂だった。
「故に、多くの者達を魅了する教団は優秀な人材を集める徴兵にも役に立ちますし、中には世に出ていないだけで類い稀なる才能を発掘するサルベージの役割も担っているんだと思います」
「ついでに人体実験に使えそうなモンも集められる・・・」
ミアの口から恐ろしい言葉が発せられる。だが、それもなくも無い話だ。実際オルレラの研究所では、人間の子供っを使った燃料の実験が行われていた。
アークシティの技術者達は、アークシティから離れれば離れるほど世界を知り現実を目にするようになる。中には自分達がやって来た研究や実験が如何に非道なものであるのかに気がつき、何とかもがいていた者達もいたが、その悉くは目論みごと揉みけされ存在自体もなかったことにされている。
技術者の中にも、単に未来の為や家族の為と言い聞かされ、半ば洗脳のような状態で研究を重ねていた者達もいるに違いない。何も知らされず、外からの情報を遮断された籠の中の鳥達を、それだけで悪と捉えるかどうかは悩ましいところだ。
「私が知りたいのも、教団とアークシティの研究との癒着です。その証拠が大司教から出てくると思ったのですが・・・」
するとそこへ、一階の会場で行われるカタリナのライブへ招待された事を伝えにツクヨがやって来る。




