現実的な考え方
時は少しだけ戻り、マティアスに連れられVIPルームを訪れたフェリクス。彼らはそのまま帰りを待っていたジークベルト大司教の元へとやって来る。大司教に呼ばれているということをマティアスが伝えた段階で眉を潜ませていたフェリクスは、いざ彼を前にするとわずかにその足が止まっていた。
「・・・何の用です?」
「そんな嫌な顔をしないでくれたまえ。今後の君のことについて幾つか教団側からの提案があるんだ。君が気に入れば支援もすると言っている。決して悪い話ではないはずだよ」
会話を始めようかというところで、ジークベルトはマティアスにアイコンタクトを取る。要件は済んだから司祭は下がってくれ。そう言った視線をマティアスに送ると彼は一度小さく頭を下げると、フェリクスの側でまた後でと伝えその場を去りVIPルームを出ていった。
話している内容としては、ジークベルトが先程も言っていたようにフェリクスが今後教団と共に歩んでいくのであれば、教団が用意したポストと希望の配属先を選べるというものだった。
彼にとっても、名誉や実績を新たに生み出し生活していく上でも悪い話ではない。ただそれがフェリクス本人がやりたい事なのかどうかというだけの問題となる。
喜んで食いつくという事はなくとも、フェリクスはジークベルトの出す提案に悩んでいる様子を見せる。彼はやはり現実が見えているという事だろうか。確かに音楽家としてのプライドも持ち合わせてはいるだろうが、それ以上に今後の自分の活動や生活の事を考えられている。
「候補の中に、“アークシティ“での勤務はないのですね・・・」
「“今は“・・・とだけ伝えておこう」
「ほう。ということは、今後何らかの算段を用意しているような口ぶりですね」
「これもその第一段階と言っても過言ではない。君の協力があればもっとスムーズにいくかもしれないなぁ」
フェリクスの移動がどうやって教団での彼の立場を上げる役に立つのか。妙な匂わせをチラつかせながらフェリクスを誘導するように納得させるジークベルト。するとフェリクス側も、そんな彼の思惑に敢えて乗ってやると言わんばかりに、ジークベルトの案を受け入れ次の勤務先を提案の中から指定した。
「よし、では交渉成立という事でいいね?」
「えぇ、それで構いませんとも。話はそれだけですか?」
「そこの王の息子が今来ている。挨拶くらい交わしていった方が、今後の活動もスムーズに進むはずだ。時間があるなら一緒に来たまえ。紹介するよ?」
本来はフェリクス自身も、ジークベルトとは話もしたくないだろう。だが話の成り行き上、彼との関わりは避けられない。ならば利用するだけ利用してやろうと、渋々フェリクスはジークベルトに付き添うようになった。
「やはりジークベルト大司教は、アークシティ入りを目論んでいるようですね」
「その為にはある程度の実績と信用を得なければならない・・・と?」
「少なからず何らかの条件はあるでしょうね。ただそれはあくまで教団の権力者として上り詰める為の条件なのであって、アークシティへの“入国“はさほど難しくはないと聞きますよ」
「“入国“?シティなのに入国なのか?」
「規模として大きな街が四つに分かれて成り立っているのは確かですが、全体では一つの国ほどの勢力や規模を有しているのがアークシティなのです。だからか、アークシティへ入ることを“入国“という表現で表すことも少なくないんです」
そもそも、アークシティを目指していたシン達一行だが、仲間達の誰もがあまりアークシティというものについて詳しくは知らない。知識としてあるのは、このWoFの世界において最先端の技術力を有しているということ。
そして彼らの旅の中で、アークシティの研究や実験の為に多くの命が奪われていたり弄ばれている事を知る。全貌が未だ見えぬ中、アークシティは悪であるという印象ばかり植え付けられてしまっている。
だが実際はどうなのだろう。ケヴィンがくれた変形し遠隔操作が可能な映像記憶装置。それが他の国や街に流通しているということは、それだけ彼らの技術はこの世界の発展や成長のために貢献している事にもなるだろう。
ジークベルトの盗聴をする中で、教団のことやアークシティについて調べるケヴィンだが、彼はどこまで知っているのだろうか、調べるというくらいなのだから深くまで知っているということはないだろうが、少なくともシン達の知らないことっを知っているのは事実。
シンはこの流れで、ケヴィンの知っているアークシティに関する情報を聞いてみようと彼に話を振ってみる。
「アークシティってのは、研究の裏で何をしているんだ?」
「技術の進展の為に犠牲を問わない。それが彼らの理念です。最も分かりやすいものを人類の歴史で例えるのなら、医学がその例として挙げられるでしょう。人体の構造や仕組みについての話です」




