音楽家の養成所
シン達と別れ別行動となっていたツクヨ達は、街医者カールから教団のことを教えてもらった後、音楽学校の事について聞かされていた。アルバの街を散策していた時、様々なところから音楽や楽器の音色、歌声などが聞こえて来ていた。
しかし、それらは雑音というような嫌悪を抱くものではなく、その殆どが心地よく心が穏やかになるようなポジティブな感覚になるものばかりだった。中には上達の為に練習する者もいるだろう。
ここでツクヨ達が疑問に思ったのが、何故聞こえてくる音色は既にある程度完成されたものばかりで、下手な音や耳障りと感じる音が全く聞こえてこないのかという事だ。
誰しも初めから完璧にこなせる人間などいない。楽器それぞれにある音の出し方や音色、楽譜の読み方など、生物が立って歩くために何度も挑戦するように、言葉を話せるようになる為に何度も発声するように、反復的な練習や試行を行うのが自然なもの。それが一切ないというのはどういう事なのだろうか。
「アルバの街に暮らす者達は、義務教育のようにある程度音楽の知識や楽器の扱いを学校で学んでいるのです。誰しもが通る道であり、それにより誰でもそれなりに聞き苦しくないような音楽や音色を奏でられるように教育されているのです」
「それはこの街が“音の街“だから・・・という事なのでしょうか?」
「勿論それもあります。ですが私達は、誰もそれを苦だとは感じたことがありません。誰もが教養を受けるように、趣味や習い事をするように、私達にとってはそれが当然であり自然なことなのです」
習慣となった文化や教養は、その土地の者達の身体や精神、思想などに浸透していき食事を摂ったり睡眠を取るように、最早生活の一部となるものがある。それは外から来た人間には分からない事や理解できない事であることもあるだろう。
「音楽ってのは俺も好きだけどよぉ。なんかそれって狂気じみてねぇか?」
「他所から来た人達が知れば、おかしなことに思うかも知れませんが、マイナスな事やネガティブな事でもなければ別に気にするほどの事ではないのではないですか?」
「そうだよ?ツバキ。君だった潮の匂いが当然にある街で育っただろ?それと一緒さ」
「そっか・・・。海の外ってのはなんか、故郷から離れるみたいで少し寂しかったな・・・」
珍しくツバキは生まれ育った街を旅立った時の感情を明かした。世界を見て回る為、シン達の旅に同行したがどんなに強がって見せていても、彼の中にも海を離れるという寂しさはあったようだ。
するとそこへ、カールのいう事を否定するように強めの口調で言葉を発する可愛らしい女性がやって来た。
「本当にそうかしら?望んで学んでいない者も多いようですけれども」
「おぉ!これはこれは。優等生のジル君じゃないか。元気そうで何よりだ」
「皮肉のつもりかしら?カール医師。ご無沙汰しております。ご挨拶に伺ったのですが・・・お邪魔でしたか?」
一行の前に現れたのは、シンが宮殿の一階で会話をしたクリスと同じ音楽学校に通う、特別優秀とされる生徒の一人である“ジルヴィア・バルツァー“という女学生だった。
「いやいや、久しぶりに顔が見れて嬉しいよジル。その後の経過は順調なようだね」
「・・・お陰様で。こちらの方々は?」
カールはジルと呼ばれる女学生とツクヨ達の方を交互に見ると、初めての面識となる彼らに互いの紹介を始めた。
「招待された一般の方々がどうしてこちらの会場へ?」
「彼らはルーカス司祭の推薦状で会場へ来たんだ」
「司祭の?通りで・・・。自己紹介が遅れました。私、ジルヴィア・バルツァーと申します」
「ジルヴィアさん・・・」
「ジルとお呼び下さい。みんなそう呼んでおります」
「ではジルさん。先程望んでいない学生さんもいらっしゃると仰っていましたが・・・」
ツクヨはカールがアルバの教養だと言い、習慣の一部だと言った音楽の教養を否定した彼女の事情と考えに興味を持って質問をした。
「通常の教養の範囲では、彼の言った通りかも知れませんが、私達の通う学校は、更に深く音楽を学ぶ為の学校・・・。要するに専門的な学校であり、音楽家を養成するカリキュラムを遂行し、その中で選別された者を世に放つ。そうして生まれるのが次世代の音楽家達、つまり“音楽の進化“・・・」
「音楽の進化・・・」
「進んで学ぶ者もいれば、家や親の事情で入る者もいる。私はその後者の方・・・。勿論音楽は好きでしたが、厳しい教育と競争の中で徐々にその気持ちの中に疑問が生まれてくるようになりました。これが本当に私の望んだ音楽との向き合い方なのかと」
「ジル君!あまりそういう事は・・・」
「少しくらい愚痴を言ってもいいじゃありませんか。特にこの街に染まっていない方々になら、尚更話しやすい事ですし・・・」
事情を知っているからこそか、カールはあまりその手の話題はこういった場では好ましくないと彼女を止めようとするが、普段の鬱憤が溜まっていたのか、通常では口にできない事を何も知らないしツクヨ達にぶちまけるように話してくれた。
「私の望んでいたものはこんなものじゃなかった。誰かの顔色を伺いながら歌う音楽。誰かの心を満たすように奏でる音楽。誰かの為、誰かの為って・・・。私は音楽が好きだから自分の為に音楽を学んでいたのに。こんなの私の望んでいた音楽じゃない」
「その辺にしとけよ、ジル。声が周りにまで漏れてんぞ・・・」
ヒートアップする彼女を止めに入ったのは、同じ音楽学校に通い彼女と同じく優等生として有名な生徒であるレオンハルト・ゲッフェルトという男の学生だった。
ミアが盗み聞きしていた時に連れていた取り巻きの生徒達はいない。独断で一行の元へ向かってきたようだった。




