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World of Fantasia  作者: 神代コウ
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式典の始まり

 教会で男とジークベルトの会話を盗み聞いた時に言っていた事が本当ならば、この男はこの世界において名探偵と呼ばれているらしい。探偵ならば、そういった珍しいクラスの事についても調べているのではと考えたシンは、男に質問をしようとするが、個室に入っていたツバキからお呼び出しが掛かってしまう。


 「シっシン・・・悪りぃ、どっかに紙ねぇかなぁ?前の奴がだいぶ使いやがってよぉ〜」


 「えっ?ちょ、ちょっと待ってくれ」


 「ははは、これは大変な事になりましたね。紙ならそこの棚にしまってありますよ。どうぞ届けてあげて下さい」


 「まっ待ってくれ!まだ聞きたいことがっ・・・」


 結局男は名も名乗らずにその場を後にしてしまった。シンは仕方がなく、棚にしまってある紙を取りツバキの入っている個室に届けた。小さく開いた扉の隙間から、視線を逸らして紙を持った手を差し入れると、その手から紙の分の重量が取り除かれるのを感じ取り手を引き抜いた。


 無事に用を済ませたツバキがトイレを流す音と共に現れ、スッキリした様子でシンと合流する。


 「ふぅ〜、一緒に来てよかったぜ。・・・ん?どした?」


 折角有力な情報を聞けるチャンスが訪れたというのに、他愛のないことで文字通り水に流れてしまった事に落ち込むシンを、全く状況が掴めないツバキが手を洗いながら早く席へ戻るぞと引っ張っていった。


 「遅かったじゃねぇか」


 「何か着なれないもん着てるせいか、腹の締め付けがなぁ・・・。でももう大丈夫だ!」


 「式典は?まだ始まらなそう?」


 「もうすぐみたいだよ。最初は合唱からなのかな、寮でもちらほら見かけた学生達がいるね!」


 ツクヨの言葉に誘われるようにステージの方へ視線を送ると、そこにはクリス達と同じくらいの年頃の青年らが何人も立っていた。


 「クリスは・・・いないのか」


 「なかなか選ばれないって言ってたもんね・・・。彼は今何をしてるんだろう?」


 アルバに到着したばかりのシン達を最初に面倒を見てくれたのは、音楽学校の学生であったクリスだった。彼は学生の中でもあまり優秀な方とは言えず、如何やら親が教団と何らかの関係があったということで、マティアス司祭に目をかけてもらっていたらしい。


 他の学生達からしたらそれが面白くないようで、小さな悪戯や嫌がらせをちょくちょく受けていた。マティアス司祭の手伝いをしているのなら、この式典のどこかで彼の手伝いをしている事もあるかも知れないと思ったのだが、如何やら教会には来ていないのかどこを見渡しても彼らしき姿は見当たらない。


 「あっそろそろ始まるみたいだよ」


 小声でツクヨが、キョロキョロと周囲を見渡していたシンに声を掛ける。すると、ざわざわとしていた教会内が静かに無音となり、マティアス司祭が現れると彼の挨拶から最初の合唱が行われる。


 指揮をするのは、アルバの音楽監督としての最後の仕事となるフェリクス・メルテンス。やはり彼は戻ってきていた。ジークベルトに退任を言い渡された時は声を荒立てて教会を出て行ってしまったが、しっかりと与えられた役目を果たす為戻って来ていたようだ。


 彼の表情や合唱団の青年らの様子からは、これが最後という雰囲気は全く感じられない。恐らくこの事は本人達以外、知らされていない事のなのだろう。それはそれで、退任になったと知られれば騒ぎになりそうなものだが。この後の要人達が集まるパーティーで発表でもするつもりなのだろうか。


 フェリクスの手が動き合唱が始まる。流れてくる歌声は心地よく身体に染み渡ってきたが、音楽に知識のないシン達にはそれが何の曲なのかは分からなかった。


 しかし、近くの席から聞こえてきた小さな会話によると、如何やらこの曲は“マタイ受難曲“と呼ばれるものらしい。


 マタイ受難曲とは、新約聖書マタイによる福音書の26、27章のキリストの受難を題材にした受難曲である。これはシン達のいた現実世界での記録にある話であり、こちらの世界でも同じような歴史や記録であるのかは不明である。


 「ねぇ、これ何て歌?」


 「マタイ・・・受難曲って曲らしいぞ」


 「シンは聞いたことがあるのかい?」


 曲名を尋ねてきたツクヨに、偶然聞こえてきた曲名を答えると、何故そんなに詳しいのかと続けて質問される事になったが、シンも実際は知っていた訳ではなくたまたま近くの会話が聞こえてきただけだと返した。


 なるほどと納得したツクヨは、続けて仲間達の中でもこの世界に生き、記憶も残っているツバキにも同じ質問をしたが、ツバキ自身は曲については知らなかったものの、造船技師をしていた時に客として訪れた海賊達から、同じようなメロディーの歌を聞いた事があると言っていた。


 「海賊がこの曲を知ってたってこと?」


 「あいつらだって色んな国や大陸を行ったり来たりしてんだ。それなりに情報通なんだぜ?だから、どっかでこの曲を聴いていたとしても不思議じゃねぇよ」


 海賊であろうと、教団に所属しておらずとも神の存在を信じている者や、崇拝するものを信じて崇めている者達だっている。或いは、教団の海賊なんてものがいたっておかしくないのかも知れない。


 暫くすると曲が終わり、静かに拍手が湧き上がる。ステージ上の青年らが移動を開始し、今度は演奏の為多くの楽器が持ち込まれる。同じくステージ上から捌けていたフェリクスが再び戻ってくると、再度指揮を取り次の演奏が始まる。


 ステージ上から流れてきたのは、シン達も聞いた事があるような曲だった。何という曲かは分からないが、学校やテレビ、ネットなどで一度は耳にしたことがあるような曲。それは“主よ、人の望みの喜びよ“という、ヨハン・ゼバスティアン・バッハによる曲だったのだ。

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