店主マルコ・ハーラー
一行の前に現れたのは、仕立て屋“フォルコメン“の店主であるマルコ・ハーラー。ニクラス教会の司祭であるルーカスから、式典へ出席する客人の服を仕立てて置いて欲しいと頼まれていたマルコは、人数と年齢層、そして性別とそれぞれの大体の身長を聞くと、条件に合う服を幾つか用意していた。
後は信頼する店員達に任せ、実際に訪れたシン達の体格に見合う服を見ただけで選別し、ほとんどピッタリの採寸をしてみせた。
「すごく立派な物を用意して頂いていたようで。サイズもピッタリでした」
「それは良かった。ウチの店員の目に狂いはなかったようですね。話はルーカスから伺っております。どうやら大司教の式典へ出席なされるようで」
「ルーカス司祭からはなんと?」
シンはルーカスが自分達の事をなんと紹介したのか気になった。一行が式典へ出席するのは、教団の事を調べる為であり、ルーカスから依頼されたジークベルトの事を調べて欲しいという目的がある。
しかし、教会の奥で他人に聞かれないように話をされたことから、ルーカスの依頼は秘密裏に行われるものであることが窺える。マルコの話によると、彼はルーカスとは仲が良いようだ。
彼はそんなルーカスの思惑を知っているのだろうか。どこまでの内容を話して良いのか分からない以上、ルーカスから聞いた話を漏らすことはできない。それが例え友人のマルコであっても。
そして案の定、マルコはシン達が式典へ出席する目的を知らないようだった。ルーカスはシン達の事を遠方からやって来た友人達であると彼に紹介したようで、丁度大司教が来るということで式典への出席を勧めたのだという話を聞かされる。
「大司教様が遥々いらっしゃるのは珍しい事ですからなぁ。あなた方は運がいい。丁度いい時期にアルバへいらっしゃいましたな」
「えぇ、我々も大司教様がお目にかかれると思ってもいませんでした」
マルコがどれだけ教団に入れ込んでいるのか分からない以上、シンは彼の発言に注意しながら話を合わせる。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも。今回いらっしゃるジークベルト大司教様は、異例の大出世をなされた偉大な方と聞いております。私も仕事がなければ、一度でいいから御目見したかったのですがねぇ・・・」
マルコはシン達の他にも、多くの出席者の衣装を用意しなければならないようだった。その中には式典に参加するアルバの要人や、外部から式典の為にやってくる著名人などもいるのだという。
それほどマルコの仕立て屋フォルコメンは、アルバの中でも有数の店であることが窺える。
「そして何より、式典で披露する音楽を指揮するのは、あの有名な作曲家であり指揮者でもある“フェリクス・メルテンス“氏だ。きっとご満足いただけるはずです」
彼の話から上がったフェリクスという名を聞いて、シンはグーデル教会へ忍び込んだ際に聞いた話の事を思い出す。ルーカスに出された課題を達成する為、護衛隊長がいるであろうシークベルトの近くへ迫ったシンは、グーデル教会にて、ジークベルトと教会の司祭であるマティアス、そしてマルコの口からも出た指揮者であるフェリクスもいた。
だが、教会で話されていた内容は穏やかなものではなかった。それというのも、ジークベルトの口から語られたのは、フェリクスをアルバの音楽監督から下ろさせるという内容だったのだ。
これにはフェリクス本人も納得がいかず、声を荒立てて猛抗議していた。そして彼をアルバへ連れてきたといマティアスもまた、何故そのような事になったのかとジークベルトを問い詰めていた。
そんな彼らの訴えを教団の決定だと一蹴したジークベルトは、今回の式典がアルバの音楽監督であるフェリクスの最後の指揮だと言い、その後は彼に代わるアルバの音楽監督として別の人物を連れてきていたのだった。
マルコの口ぶりから、彼はそのことを知らないようだった。そもそも、この事を知っている人物はいるのだろうか。もしかしたらルーカスでさえこの事を知らないのかもしれない。
「音楽家フェリクス・・・」
「おぉ!貴方もご存じですかな?彼はこのアルバの誇りです。マティアス司祭も彼を連れてくるのに大変苦労されたようです」
マルコは音楽家フェリクスが如何に偉大な人物であるかを語り始めていたようだが、シンはあまりその内容が頭に入ってこなかった。
すると、店の店員がマルコの元へやって来ると、彼の語りを止める。
「店長、そろそろ・・・」
「あぁ、もうそんな時間か。すみません、私はこれから挨拶を兼ねて衣装を届けるのに同行しなければなりませんので。どうぞ式典を楽しんでいって下さい」
「ありがとうございます」
「皆さんの衣装の調整も完了しましたので、お着替えになられる際はいつでもお声がけ下さい」
どうやらマルコと話している間に、一行の衣装の調整も終わったようだ。これで後は式典へ向かうだけとなった。外部の出席者や一般の出席は夜に行われるグーデル教会での演奏と合唱からとなる。
その後はアルバの中でも最も大きく広大な敷地を有する宮殿にて、全ての者を集めたパーティーが開催される。色んな国や街からやってくる要人達の話を聞けるのはその場でしかない。
しかし、恐らくジークベルトや要人達が出席する場には、外部の者であるシン達は近づくことすら出来ないだろう。そこで役に立つのが、ルーカスに試された諜報能力だ。
それらをふんだんに駆使して、ジークベルトの事を調べ、教団の活動や規模を調べるのがシン達のミッションとなる。




