アバター変更
式典の一連の流れやその後の事について話を聞かされた一行は、式典へ出席する為の衣装を見にルーカスが話をつけてくれたという仕立て屋へと向かう事にした。
考えてもみればシン達もこちらの世界へ来てからというもの、別衣装というものを着た覚えがない。これまでそんな事を考える余裕もなかったのは確かだが、実際変える必要性が無いというのもWoFユーザーの事実としてあった。
防具や装飾品によるステータスの変化や付与効果を得る事はあるが、見た目上に反映させない事もできるのがWoFのゲームとしての世界だった。
優秀な防御性能を誇る防具があったとしても、見た目が上下で合わなかったり自分の趣味とはかけ離れたデザインをしていたりなどという事はよくあることだ。
なのでゲーム側でユーザーが自分好みに調整したアバターなどといった見た目を隠さない為に、武具の装備に左右されない見た目の固定化がシステムとして設定されていた。
今回の一件のような機会でもない限り、シン達もアバターの変更について気にすることもなかったのかもしれない。
それにツバキやアカリは、年齢的にもそういったファッションや見た目を気にしたくなる年頃ではないのだろうか。少なくともシン達のいた現実世界ではそうだった事だろう。
最近はリナムルでの擬似的な祭りや、アルバでの観光など娯楽や楽しみを味わう機会が増えてきたが、彼らにももっと楽しめるものがあるのだということ、それ自体を楽しむ事が出来るかもしれない。
新たな発見を見つける意味でも、仕立て屋に向かった事は一行にとってもいい経験となった。
「いらっしゃいませ」
「すみません、ルーカス司祭に言われてきたのですが・・・」
「あぁ〜・・・はい、話は伺っております。ミア様とその御一行様ですね」
ルーカスの話ていた通り、既に仕立て屋にはシン達が訪れることが知らされており、式典に出席するための衣装も準備してあるようだ。
「ミア様と御一行だってよ。すっかりアイツがリーダーだな」
ツバキがシンの背中を小突き、店員の口にしたことを冗談で誇張しながらシンに伝える。
「実際ミアの方が人を引っ張っていく力があるし、リーダーが必要ならミアが適任だと俺は思うけどね」
「へぇ〜・・・。シンってあんまりそういうの気にしないんだな」
「・・・気にするように見えてたのか?」
「別にぃ?まぁ確かに一緒に旅するようになって、リーダーっつう仕切る奴がいないのも珍しいなぁって思ってよ」
造船技師としてウィリアムの元で働いていたツバキは、多くの客層として海賊を相手に商売をしてきた。海賊というものには船長という役職がある。航路や指針を決める為にも、それは必要不可欠なものなのだろう。
そういった中で育ってきた彼には、リーダーのいないチームというのが珍しく感じたのだ。シン達の旅は、基本時に一行の目的が優先されたり異変に関与しているであろう黒いコートを身に纏った者達の後を追うというのが基本となっている。
一つ一つの目的を果たした後には、皆で次の指針を話し合い目的地を決める。謂わばリーダーのいないチームだと。
考えもしなかったが、他の冒険者チームや旅の一行というものはリーダーを決めてそれについて行くというのが主流なのだろうか。シンは積極性のある人物ではないが故に、これまでもWoFのゲーム内ではアサシンギルドの先輩や幹部の依頼をこなすだけだったり、現実世界でも誰かに言われるままに流されてきた。
本人もそれでいいと思っていたし、それが楽だっただろう。しかし異変に巻き込まれるようになり、少しずつ自分の意見やしたいことを口にするようになり、行動にもそれが表れるようになってきていた。
その原動力は、異変についてもっと知りたいという興味や好奇心、そして何より現実の世界よりも生き生きとできるこの現状を脅かされたくないというのが一番だった。
アルバに着いて教団を調べる事になったのも、言ってみれば敵情視察のようなものだった事だろう。現に教団が彼らの敵になるかは分からない。だが、この世界において多くの人心を動かす大きな組織であるのなら、そういった組織の情報を掴んでおくに越したことはない。
順番に用意された服を試着していく一行。先陣を切って試着室へと向かったのはツクヨだった。式典ということで、男であればスーツやタキシード、それに教会で見た指揮者達が着ていたような燕尾服などがある。
どんなものが用意されているのかドキドキする一行の前に、試着を終えたツクヨが姿を現す。彼が着ていたのは想像していた通りスーツだったが、試着室ではある程度の種類の内から自分で選べるのだそうだ。
普段からきちっとした、正に剣士といった格好をしていたツクヨだった事からか、スーツに身を包んでもしっかりと着こなす、まるで広告用に雇ったモデルのような風貌というのがシン達の印象だった。




