騎士団長の名前
大司教にケヴィンと呼ばれる男は、教会内部を見渡しながるジークベルトの元まで歩み寄る。二人は顔見知りなのだろうか、フェリクスやアルミンがジークベルトと接する時とは態度がだいぶ違うように感じられる。
「教団の方から貴方のことを“見守って欲しい“と頼まれましてね」
「見守る・・・?一体誰にそんな事を頼まれた?」
「そこは守秘義務がありますので、私からは口にできません」
「ふん。君はいつもそうだな。肝心なところはダンマリだ・・・。だが教団の内部に私の事を面白く思っていない者がいるのは確かだろうがね・・・」
ジークベルトの話から、教団内部でも小競り合いが起こっているようだ。彼は聞いてもいないのに、ケヴィンの前で教団の内部で起きている権力や地位を手にせんとするそれぞれの思惑について口にする。
大司教はジークベルトの他にも数人おり、それぞれが自らの力をつけようと水面下で動いていたようだ。どこの組織も同じような事が起きるものだ。権力を持った者は、更なる権力と力を欲しその根を広げていく。
くだらない権力者の戯言を聞き流していたケヴィンと、未だ姿を隠しはあなしを盗み聞きしていたシン。どうやら教団関係者の名前をあげ、ジークベルトは自分に探偵を差し向けた人物を、ケヴィンの反応を見て探ろうとしていたようだ。
だが当然、探偵である彼からそんな情報が漏れるはずもなく、シンの目から見てもジークベルトの話に全く彼は反応を見せなかった。
「まぁいい。それならば君が頼まれたという“見守り“を有効的に使わせてもらうとしようじゃないか。遠征で私も安全とは言えぬ状況だ。君の目と耳で私を“守って“貰おうじゃないか」
「貴方直々の許可が下りたと受け取らせて頂きますよ」
皮肉を込めた彼の言い方に、ジークベルトは一瞬だけ表情を歪める。掴みたい情報が掴めず、思い通りにいかない様子に苛立ちを覚えるかのように。
「ご安心を。私は貴方の邪魔をするつもりは一切ありませんよ。それに、貴方を“守る“のは私の仕事ではありません。優秀な教団の護衛隊の方々がいらっしゃるじゃありませんか。彼らは今どこに?」
最も知りたかった情報へと話がシフトしたことで、それまで下を向いていたシンの顔が上がる。そのまま護衛隊長の名前が上がれば、そこでルーカスの依頼は達成される。
あわよくば隊長の名が上がらないかと祈りつつ、シンは二人の会話に更に集中して耳を傾ける。
「護衛隊は各地に配置している。近衛兵も教会の外や隣の部屋に待機してもらってるよ」
「不用心ではありませんか?何故すぐ側で護衛させておかないのです?」
ケヴィンの話は最もな話だろう。護衛すべき対象を一人にしておくなど、危険極まりない。最低でも視認できる場所にとらえておくようなものではないのだろうか。
「ははは。私の襲撃を心配してくれているのかね?安心したまえ。私は“守護神の加護“を受けている。そう簡単には狙えない上に、私が襲撃されればすぐに護衛隊に包囲される。要は私自身が囮のようになっていて、暗躍する者を暴く罠になっている訳だ」
「なるほど。通りで不用心だと思いましたよ。貴方の行方を探すのは難しいことじゃなかった。それどころか、誰も特に隠そうとするような素振りもなく、簡単に口を割るもんだから、教団の管轄内にあるアルバだからと油断しているのかと・・・」
「当然、私はこの街の者達を信頼しているとも。芸術の歴史が豊富であるこの街で、そんな物騒なことは起きないさ」
護衛隊の話になり、隊長の名前が出るかと思い、身を引き締めて話を盗み聞きしていたシンだったが、このままでは二人の話は終わってしまいそうだ。期待していたがここでも情報は得られなかったかと落胆するシンだったが、ここで幸運が訪れる。
なんとケヴィンはまるでシンの手助けをしているかのように、護衛隊の話を深掘りし始めたのだ。
「私も教団関係の仕事は初めてではありません。今回貴方の護衛を務めている隊長さんは誰ですか?もし知っている方なら、是非とも挨拶をしておきたいのですが・・・」
ピンポイントで欲しい名前を聞き出そうとするケヴィン。顔見知りで教団の護衛隊にも通じる彼を信用してのことだろうか。ジークベルトは今回のアルバへの遠征に連れてきた護衛隊を指揮する人物の名前を口にした。
「オイゲンだよ。騎士団最強の盾とも名高い“オイゲン・フォン・エーレンフリート“だ」
シンはジークベルトの口から発せられたその名をすぐに記憶し、メモに残した。といっても、紙も書くものも持ち合わせていなかったシンは、針で自身の指を刺し、血で衣類にその名を刻んだ。
「オイゲン氏でしたか。なるほど、それで“守護神の加護“という訳ですか。納得です。彼ほどの人物であれば貴方が安心しきっているのも頷ける。彼は今どこに?」
「教会の奥の部屋だ。そこでアルバの現状について調べている」
「ありがとうございます。“おかげで助かりました“。久々に彼の顔が見れると思うと楽しみです。では私はこれで・・・」
この場で最もお礼を述べたかったのは、間違いなく護衛隊の隊長の名前を探りに来ていたシンだった事だろう。まだその名がルーカスの依頼に必要な名であるのかは確定していないが、大司教自らが口にしたのだから可能性としては限りなく正解に近いだろう。
早速仲間達の元へ戻るため、シンは教会の椅子の影から外へと脱出する。




