監督降板
ミアやツクヨ達がそれぞれ護衛隊の会話から情報を集めている一方、シンは自らの潜伏スキルを活かし、怪しまれず近づく事さえ難しい場所にいる護衛達の会話を盗み聞いていた。
しかし、内容的には博物館の周辺で情報を集めていたミア達の様子とほとんど変わらない。それらしい名前は上がるが、護衛隊の隊長である可能性としたはあまり高いとは言えにない。
「クソッ・・・!せっかくここまで潜入したのに。早くしないと時間が・・・?」
折角の能力も、結局情報の入手には繋がらず手をこまねいていたシンは、博物館の中で見覚えのある男を見つける。その男は受付で何やらシン達と同じように聞き込みをしているようだった。
「えぇ、それで今ジークベルトさんはどちらへ?」
「グーデル教会へ向かうと仰られていました。ですが、恐らくそちらも暫くの間封鎖されているかもしれませんよ?」
「先程までのこちらと、同じ理由ですか?」
「はい。まぁあくまで教会ですから、私用で封鎖はないのかもしれませんが・・・」
「それに今、教会は式典で披露する合唱のミーティングの最中では?」
その男が言うように、グーゲル教会では今まさに式典で披露する合唱団の最終調整が行われていた。シンとミアがお礼で訪れた際に、合唱団の雰囲気がピリピリしていたのも頷けるというもの。
偶然新たな手掛かりに繋がりそうな情報を得たシンは、すぐに護衛隊の護衛対象である大司教が向かったというグーゲル教会へと向かった。最重要人物の側ともなれば、目的の護衛隊隊長が居るのは必然。
また別のところへ移動される前に彼の名前を突き止めなくてはならない。咄嗟のことで早る気持ちが仲間達への連絡を疎かにさせてしまい、シンはすぐに影の中へと入り込み、博物館を抜け出していく。
受付で話をしていた男は僅かに視線を逸らすと、大司教の行方についての会話を終え、彼も出口の方へと歩み出した。
建物の影となっている裏口の方から、建物を抜け出したシンが姿を現すと、グーゲル教会へ向けて目立たぬ程度に走って向かった。教会への距離はそれほどでもなかった為すぐに辿り着くことが出来たが、入り口は護衛隊の者達によって封鎖されてしまっていた。
「クソッ・・・!正面からは入れない。どこか物陰から・・・」
シンは陽の光が作り出す教会の影が最も濃い方角を探し、ここからはより慎重に目立たぬよう歩いて向かう。走って疲れた息遣いを、呼吸を繰り返すことで徐々に落ち着かせる。
人目に付かぬところを見つけると、周りの通行人の目を盗み速やかに影の中から教会内部へと入り込む。偶然物陰に出ることができたシンは、周囲の気配を探りながら、息を殺して音を立てないように影から身体を乗り出す。
「どういう事だ!?ジークベルト大司教!」
突然、男の声が教会に響き渡る。思わず自分がバレたかのように視線すら固まってしまうシン。だが、シンの潜入がバレた訳ではなく、教会内で何者かがジークベルトと呼ばれる人物と話しているようだ。
「言葉の通りだよ、フェリクス君。君にはグーゲル教会・・・延いてはアルバの街の音楽監督から降りて貰う」
フェリクスとは、シンとミアがクリスら学生達が泊まる寮を借りたお礼に教会を訪れた際、合唱団を指揮していた男の事だった。マティアス司祭との会話中も、後ろで学生らに厳しい声を飛ばしていたのが印象的だった。
「おっお待ち下さい!大司教様。彼は私が無理を言ってお越し頂いた、世界でも屈指の音楽家です!必ずやアルバの発展に必要となりましょう!」
フェリクスに続き、教会内で声を張り上げて大司教へ訴え掛けるのは、グーゲル教会のマティアス司祭だった。どうやら音楽監督であるフェリクスが、アルバの音楽監督を降板させられようとしているようだ。
マティアス司祭の立場的にも、様々な手を回しやっとの思いでアルバへ招くことのできた有名な音楽家が降板されるとなれば、司祭としての立場がなくなる。
二人は何とかしてその決定が覆らないかと言葉を連ねるが、ジークベルト大司教は目を閉じて首を横に振るばかりだった。
「これは教団の決定なのだよ・・・。すまないがこの決定が覆ることは無いと思ってくれたまえ。それと、アルバの音楽監督を降りてもらうにあたって、空いたその空席に座る新たな音楽監督を連れて来ている。さぁ、こちらへ・・・」
ジークベルトと呼ばれる教団の大司教は後ろを振り返り、椅子に座らせていた人物を近くへと呼び寄せる。二人の鋭い視線に晒され、申し訳なさそうにその男は一行の前に現れた。




