大司教様と街医者
何事かと近づいて確認しようとするツクヨ達だったが、入口の周りには当然他の観光客などが集まり、扉の前の警備隊らしき人達に事情を訪ねていた。
「入れないって、どういう事ですか?」
「すみません、こちらは臨時の施設内点検によりお昼頃まで休館させて頂いております」
「あぁそうなの。まぁお昼までか・・・それじゃ別のとこでも回ってるか」
「ご迷惑、お掛けしております」
どうやら事件や事故といったものではないらしい。それに長期に渡る閉館でもないようなので、それほど観光客らも荒れているといった様子は見受けられない。
「点検だって。お昼までかぁ・・・丁度戻らなきゃいけない時間だね」
「残念ですけど、他を当たりますか?」
他の人達が追い返されるのを見て引き返そうとするツクヨとアカリだったが、博物館の裏路地から警備隊の者達と話し、中にはいていく人物がいるのを目撃する。
遠巻きでハッキリとは顔を確認できなかったが、その人物は数人の護衛を引き連れ目立つという程ではないが、それなりに豪華な装飾が施された衣類に身を包んでいた。
「あれって・・・誰だろうね。博物館の関係者かな?」
「でしょうかね?」
裏口から建物の中へ入っていく様子を目撃した二人のところに、突然の謎の男が背後から近づき声を掛けてきた。
「あれは“ジークベルト大司教“様だよ」
「!?」
久しぶりにゆっくり出来た街の雰囲気にやられていたせいか、いつの間にか背後に近づいていた男の声に冷や汗をかいて驚く二人。瞬時に振り返りアカリを自らの後ろへ引っ張り、腰に携えた武器に手を伸ばすツクヨ。
しかしそこにいたのは、なんとも人の良さそうな丸腰のふくよかな男だった。自らの安全性を証明する為か、一二歩下がりながら両手を上げて戦う意思がないことを証明する男は、急に話しかけてしまったことを謝罪した。
「驚かせてしまって済まない。私はこの街の街医者で“カール・フリッツ“と言います。どうぞ気軽に“カール“とお呼び下さい」
咄嗟に臨戦体制に入ったが、今にして思えば殺気などは一切感じなかった。それは目の前の街医者と名乗るカールが、殺気を消して近づけるような者ではなく、全くその気がないが故に感じ取ることが出来なかっただけだろう。
丁寧に自己紹介され、思わず呆気に取られるツクヨが状況を飲み込めずにいると、後ろにいたアカリがツクヨの横から現れ、カールに自己紹介をした。
「初めましてカールさん。私はアカリと申します。そしてこちらは私の友人の紅葉です」
「ピィ〜!」
元気よく翼を広げる紅葉に、カールは驚きの表情を見せた後、ニッコリと笑いアカリと紅葉に挨拶をした。
「すみません、つい職業柄と言いますか・・・。こちらこそ失礼を働いてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、見知らぬ人間が急に背後から声を掛けたら、それは驚きますよね。私ももう少し考えるべきでした」
「私はツクヨと申します」
武器から手をはなし、握手を求めるとカールは快くツクヨの手を握り笑顔を向ける。
「街のお医者さんが、何故こんなところに?」
「おや?医者だって街を練り歩くことくらいありますよ?・・・と、冗談はさておき、私はさっきお二人が目にした“ジークベルト大司教“に呼ばれて博物館へやって来たのです」
彼の話によると、そのジークベルトという人物こそアルバの街にやって来ると噂されていた教団の大司教なのだという。街が騒ぎにならないように、式典まではお忍びで街を巡り、各関係者や施設を訪れ挨拶と視察を行なっているのだという。
カールが呼ばれたのは、アルバの街医者としての挨拶込みの、ジークベルトがアルバに居る間の専属の医者として、彼の面倒を見る役割を授けられたからなのだという。
それというのも、グーゲル教会のマティアス司祭から信用のできる人物だと紹介されていたかららしく、その期待に応える為にも役割を全うしなければという彼の強い意思を感じる。
「あぁ、そろそろ行かないと。あなた方に声を掛けたのは、この事は他言無用に願いたいと伝える為でしてね。騒ぎになってしまうと、彼の仕事にも支障をきたしてしまう・・・」
「えぇ、約束しますとも。多くに触れ回るような真似はしません」
「恩に切ります。このお礼はまたの機会に。それでは」
カールは二人に頭を下げると、小走りで路地裏へと向かい、先程博物館の中へ入った大司教と同じように、裏口の警備隊に事情を説明し博物館の中へと入っていった。
「驚いたな。もう大司教様とやらが街に到着していたなんて・・・」
「シンさんやミアさん達にも内緒、ですか?」
「いや、みんなには言っても大丈夫だよ。街の人達に言いふらさないでねって事さ」
シンもミアも、大事にするつもりは全くないだろう。ただどんな人物で、どれほどの人間を動かせる人物なのか。そしてその組織の全貌が少しでも覗ければ、一切手を出すつもりも関わるつもりも無いだろう。
「残念だけど今はあそこには入れそうにないね。博物館は他にもあるから、先にそっちでも行ってみない?」
「行きます!私も色んなものをこの目で見てみたいですわ!」
嬉しそうに目を輝かせるアカリを連れ、ツクヨ達は別の博物館へと足を運ぶ事にした。聞き込みで聞いた別の博物館には、“ヴァーチャルバロックオーケストラ“と言われる、当時の楽器の音色を再現するようなところもあるようで、音楽について素人でも楽しめるような施設があるのだという。
アルバはツクヨがWoFの世界に迷い込んだ最初の街、ユスティーチほど大きな街ではないが、それでもヴァーチャルという言葉を聞く限り、現実世界で言うところのVRの技術が流用されていることが想像できる。
歴史的文化財を最先端技術で蘇らせるというのは、現実の世界でも試みられているもの。WoFの世界でそのような技術というのは、それなりに使われているようなものなのだろうか。
何となく新しい技術を用いていると聞くと、アークシティの影がチラついてしまいきな臭さを感じるようになってしまったツクヨは、それを確かめる為にもアカリにはその胸の内を明かさずに、一人身を引き締めていた。




