街に染まる
観光客や地元の人々で賑わう街中からは、時折教会のマティアス司祭から聞いた大司教の話題が上がっていた。それだけこのアルバという街では、教会とそれにお世話になっている人々が多いのだろう。
「ねぇ聞いた?今度大司教様がこのアルバの街にいらっしゃるそうよ」
「聞いた聞いた!噂だと今回のグーデル教会の合唱って、その為の練習なんだとか・・・」
事前に話を聞いていたシンとミアは、他の会話こそ耳に入ってこないものの、その手の話にはついつい耳を傾けてしまっていた。
「随分と噂になっているみたいだな・・・」
「それだけ有名人なのか、或いは大事なんだろう」
「ん?何の話?」
本当は宿を見つけてからゆっくり話すつもりだったが、事情を知らないツクヨやツバキとアカリにも、教会で聞いた話を道すがら説明するシンとミア。
「式典みたいなことかな?それなら尚更、お祭り騒ぎというか街が湧き立つんじゃないか?あっ・・・それだと宿も危ないかも?」
「教団の関係者が来るだけなんだろ?そんなに騒がしいものじゃなくて、粛々と行われるものなんじゃねぇの?」
ツバキの言うように、教会に使える者達が出迎え曲を披露するなど、騒ぎになると言うよりは厳格な空気感で行われる行事の一つのような印象を受ける一行。
「先程も教会というものを見ましたけれど、何か物静かな様子で神々しい感じがしました・・・。大司教様というのは、神様か何かなのですか?」
「いや、そうではないんだけど要するに偉い人が来るのを、みんながお出迎えするっていう感じかな?」
「そっか。アカリは教会も式典も知らねぇんだったな。祭りってのとはだいぶ違うから期待するなよ?」
「わっ分かってますってば!」
食い意地が張っているように思ったのか、アカリは顔を赤くしてツバキに言い返す。だが、こんな街中でも噂を耳にするくらい、教団の動きというのは公になっているのだろうか。
大きな国や都市にやって来るという訳ではないため、事前の警備や警護が厳重に行われていないこともあるのかもしれないが、それだけ教団の上層部が来るというのに情報が漏れているということは、余程このアルバの街の治安が良く信頼しているのか、そんな心配をすることもないほど恐らく共にアルバへやって来ると思われる護衛や警護隊を頼りにしているのか。
街を練り歩き何軒目かの宿屋で、漸く一行は全員で泊まれる場所を確保することに成功する。大通りから少し外れた路地にあることからか、五人が泊まれるような大部屋も空いており、当面の宿屋問題は解決した。
「ふぅ・・・これで一安心だな!意外とあっさり決まって良かったぜ」
「そっそれなりには歩きましたけれども・・・」
漸くゆっくりできる場所を得て、真っ先にベッドやソファーに向かうツバキとアカリ。立ち並ぶ民家や店によって、他の宿屋などよりも景観が優れないからか、一行の泊まった宿屋には観光客は少ないのだそうだ。
実際にツクヨが窓から外の様子を見てみても、広がるのは細い通りと同じような建造をした建物が並ぶ光景だけだった。何なら、カーテンやブラインドがなければ、通りを挟んで向こう側の建物の窓から、部屋の様子が分かってしまうほどの距離感でもあった。
「なるほど・・・。これじゃぁあんまり窓も開けられないかもね」
「贅沢するつもりはないさ。街を楽しみたいのであれば、自分の足で街に出ればいいだけだしな」
ミアの言葉を聞いて、シンは街の散策を楽しみにしていたツバキとアカリを見るも、宿屋探しで長らく歩いたせいか酷く疲れ切った様子でぐったりしていた。この様子では、すぐに街を巡りたいとは言い出しそうにないだろう。
「食事は出ないから、また各自で済ませるか買ってくることになりそうだな」
「俺、もう歩きたくねぇ〜よぉ〜・・・」
「わっ私も少し休みたいです・・・」
「ミアは?お昼の時は私達で色々巡ったから、どこか行きたいところでもあれば優先するよ?まぁ、その時は夕食の工面もお願いしちゃうけど・・・」
ツクヨに勧められたミアは、意外にもその提案に乗っかった。それならツクヨとシンのどっちが一緒に行くかということになり、視線を合わせるツクヨとシンだったが、ツクヨが気を利かすようにシンとミアで街に出る事を勧めてきた。
「よろしく頼むぜシン。ミアだけじゃ酒とかその肴ばかりになりそうだからな」
「アンタはアタシにどんなイメージを持ってんだよ・・・。流石に無いって」
否定するミアだったが、他の者達は満場一致でツバキの言葉に同意しているといった様子の目をしていた。シンはミアを宥めながらも宿屋を後にすると、今度は一行の夕食の為に街中を散策することとなる。
「ったく!何だってんだ、アイツら!覚えてろよ、碌でもねぇモン買ってってやるッ!」
「まぁまぁ・・・。それより、その大司教っていう人が来る式典って、俺らは見ることもできないのかな?」
「どうだろうな。教会で行うんなら、関係者とか招待された人以外は入れねぇだろうけど、街を大名行列みたいに歩くんなら、どっかからその顔を拝めるかもしれないな」
興味が無い訳ではなかった。たまたま訪れた街でイベント事や行事や式典が開かれるのなら、寄ってみたり見学してみたいと思うのはごく自然なことだろう。シンの心境もそういったものだった。
お昼を過ぎたあたりからか、街中で見かける音の出る玉の数も増えてきたように感じる。シン達の他にもその玉に興味を示す者達は多い。正しくミアがマティアスから聞いていたように、日常の風景となっているそれは、二人にとっても最早気にならないくらい自然なものになりつつあった。
夕食を探しに出かけた二人も、疲れが無い訳ではなかった。ふらっと立ち寄ったカフェテリアで、休憩がてら喉を潤そうと言い出したミアに引かれ、二人はゆっくり街の雰囲気に浸りながら、何気ない時間を過ごす。
すると、如何にもジェントルマンといった風貌の男が、シン達の席の近くにやって来る。特に目立つ様子の無い感じの人物だったが、たまたま目に入ったその男は、彼らのテーブルの近くの席に座ると、手にしていた書類を幾つか並べ重石で風で飛ばぬよう固定する。
懐から取り出したパイプのボウルに火をつけ、煙を吹かしながら椅子に寄りかかり、一枚一枚丁寧に書類に目を通していた。
初めは男のそんな姿に、出来る大人の印象を受け、現実の世界の自分もこんな大人を想像していたと、嘗ての記憶に浸っていたシンだったが、ふと男のテーブルに展開された書類に視線を向けると、そこにはグーゲル教会の文字とそこの司祭であるマティアスの似顔絵が描かれていた。




