音の正体と街のカントル
本来、音とは物同士がぶつかり擦れ合うことで起きる空気の振動のことであり、それが聴覚に届いて聞こえている。故に音とは、見ようと思えば見えるものである。
正確には、事前に音の発生源を突き止めどんな音が鳴るのかを予想することができる。空気の振動自体が目に見える訳ではない。それはアルバの街にある、音の出る玉と同じである。
マルティス司祭曰く、アルバには元よりこのような音の出る玉が存在していたそうだ。彼自身や、彼が教会に赴任する前の前任者の話では、既に存在していたようだ。
他の街からやって来た彼らも、初めはその音の出る玉に警戒していたようだが、調べても発生源は分からず、これといった害もなかった為自然現象の一つとして受け入れたのだそうだ。
要するに音の出る玉とは、音の元となる振動を閉じ込めた玉であり、その音は自然に発生したものでどんな音が聞こえてくるのかは分からない物らしい。だが、基本的には心地の良いものであり、気分を害したり害のあるものは無いようだ。
「これが、私達が知り得るアレの正体です。お役に立てましたかな?」
「えぇ、そうでしたか・・・詳しくは分からないと・・・」
「人体に対する弊害や異常を気にされているようですね?でも大丈夫ですよ。長らくこの街にいますが、アレが原因で何かの病気や怪我を引き起こしたという事例はありません」
マティアスの話によれば、ミアの危惧するようなことは無いようだ。しかし、よくそんな得体の知れないものが、自然現象として認められるものだなと人間の適応力に関心するミアだった。
「ところで、あちらの方は?」
ミアが気になったのは、合唱団を指揮する身なりの整った厳しい指導をする男だった。二人の会話中にも、何度か声を張った指導が合唱団の者達に降り注いでいた。
「あぁ、彼は“フェリクス・メルテンス“。作曲家兼指揮者をしている音楽家です。自身でもピアノやオルガンを演奏したりすることもあったが、今は講師として音楽家の卵達に指導をお願いしているのです」
「音楽家の指導・・・。クリスもその一人で?」
「彼は残念ながら、今回の合唱団には選ばれませんでした。近く、教団の方から“大司教“様がいらっしゃるので、その為の演奏の練習をしているのです。因みにフェリクスさんは、ここグーデル教会の“カントル(音楽監督)“を務めて頂いております」
「カントル?」
カントルとは、教会の合唱団や礼拝の音楽を取り仕切る仕事をしており、その付属の音楽学校の教職に当たったりと、アルバの街の音楽監督を担う重大な役割なのだという。
ミアは、寮の受付で聞いた話を直接本人に聞いてみようと試みた。クリスはマティアス司祭の手伝いをしている。それが本当にクリスの音楽家への道を途絶えさせない為のものなのかどうか。
「最後にもう一つだけ。クリスは貴方のお手伝いをしていると聞きました。何故“彼“なのでしょう?他にも優秀な生徒さんはいらっしゃるのでは?」
「ははは、これは誰かの入れ知恵ですかな?」
「それは・・・」
「いえ、お気になさらず。他の者からもそういった声は聞いております故・・・。彼には肩身の狭い思いをさせてしまっているようで。お手伝いを頼んでいるのは、彼の父親が教団にゆかりのある方だった為です。その方から私は、彼の面倒を頼まれていまして・・・」
どうやらクリスの父親は、教会の関係者だったらしくそのよしみで彼の子であるクリスの面倒を見ているのだそうだ。当然ながら、成績や提出物の面で優遇することなどはなく、あくまで自分自身の才能と能力で学生という立場を保っているようだ。
ただ、万が一クリスが音楽の道を諦めた際、教団への道を用意するという名目で手伝いをさせているようだ。周りの学生の中には、それをあまり良く思っていない者も多く、たびたび嫌がらせのような行いを受けている場面を見たこともあるらしい。
「これが本当に彼の為であるのか、私自身迷うこともあります。ですが、彼は望んで手伝いをさせて欲しいと懇願してきて、それを無碍にすることは出来なかったのです」
「なるほど・・・クリスにあまり良い噂を耳にしなかったのは、そういう理由が」
「旅の方々に心配していただけるとは、彼も幸せ者ですな。きっと彼には良くも悪くも、放っておけなくなる魅力があるのやも知れませんな」
粗方利きたいと思っていた事を聞き終えたミアは、マティアス司祭との会話を終え再び寮に泊めてもらったお礼を伝え、シンと共に教会を後にした。
外ではツクヨ達がベンチに座り二人の帰りを待っていた。
「遅ぇぞ!何してたんだ?」
「マティアス司祭から音の出る玉のことについて聞いていた」
「何か分かったのかい?」
「これと言って情報はなかったな・・・。教会側でも調査は行ったらしいが、発生源や原因は分からなかったそうだ」
そしてその結果、人体に無害であることも一行に伝え、マティアスとの会話の内容を皆に共有した。
「そっか・・・クリスの奴も、色々と大変なんだな・・・」
「もう直ぐ“大司教様“という方がいらっしゃるのですか?その為に音楽を?」
アカリは大司教というものにも興味を引かれたようだ。要するに教団関係者の上層部の者がアルバの街にやってくるらしい。その出迎えの儀の為、合唱団による歌や演奏が送られるのかも知れない。
「街に大物が来るのか。なぁ、ちょっと覗いていかねぇか?」
「ツバキは教団に興味があるのかい?」
「興味っつうかよぉ、そういう組織の事、少しは知っておいても損はねぇんじゃねぇの?アルバだけの組織でもなさそうだしな」
意外な意見を出して来たツバキに、ミアは驚きの表情を見せる。まさに自分が思っていた意見と同じだったからだ。どうせアルバに滞在するのであれば、そういった他勢力の動向や状況を伺っておくのは大切だ。
いついかなる時に敵や味方になるかも分からない。チャンスが転がっているのであれば拾って損はないだろう。
「オーケー!じゃぁ何はともあれ、先ずは今日泊まる為の宿だな」
「・・・そうだった・・・」
気が重くなることを思い出させるのも、すっかり上手くなったようだ。ともあれツバキのいうことは最も。先ずは宿を取らないことには始まらない。一行は揃ってアルバの街中へと歩みを進める。




