司祭マティアス・ルター
寮から教会へはそれほど掛からなかった。時間にして七から八分くらいだろうか。教会の中からは演奏の練習をしているのだろうか、同じフレーズが何度か聞こえてくる。
「曲の練習か?」
「みたいだね。コンサートもやってるみたいだから、それの練習だったりして」
「私、そのコンサートというものにも興味があります!」
「あぁ〜・・・コンサートはねぇ・・・」
コンサートや演奏会というものは、事前に予約したりチケットを購入して参加するものがほとんど。アルバの仕様がどんなものかは分からないが、飛び入りで会場に入れることは恐らくないだろう。
期待するアカリには申し訳ないが、こればかりは力やお金で解決できる問題ではない。旅人がそういったイベントに参加するのは、事前に知ってもいない限り難しい。
ツクヨは目を輝かせるアカリに申し訳なさそうにその事を伝えると、意外にも彼女はすんなりと受け入れてくれた。てっきり悲しい顔をされるかと思っていたツクヨだったが、アカリもそこまで子供ではなかった。
「音楽ならそこら中で聴けるから良いじゃねぇか。ほら!あそこにもあったぜ?音の出る玉がよぉ!」
そう言ってツバキが指差した先に、シン達が街中で見たものと同じ音の出るシャボン玉のようのものが、宙をふわふわと飛んでいた。
「ほら、あれだよミア」
「これが・・・この中に音が?」
音の玉に触れていないミアやアカリにも、その物を目にすることが出来た。視認すること自体に条件はないのだろう。それならば何故昨夜は目にすることがなかったのか。
「分からないな・・・見える条件でもあるのかと思っていたが・・・」
「俺達だって同じだったよ。あの玉に触れなくても目にすることは出来たし、触れてからも特に異常はない。本当にただのギミックなんじゃないか?」
「中身の音を聞くことで無意識に・・・」
「ごちゃごちゃ考えてんなよ!ほら、アカリ!触ってみろよ」
「えっえぇ・・・それじゃぁ!」
注意深いミアの警戒心をよそに、ツバキに誘われるがままアカリが音の玉に触れる。すると、シン達が言っていたように周囲に、何かの効果音のような音が優しく響きわたる。
「っ!?」
「ほら、どうってことねぇだろ?」
「何ですか!?今の音ぉ!」
自分の身体に何か異変がないか見渡すミアに対し、聞いたことのない音に興味津々のアカリは、すっかり音の出る玉の虜になったようだった。他にもないか探し始める二人。
あまり遠くに行かないようにと呼びかけながら、ツクヨは二人のあとを追った。その間にミアは、自身のステータス画面を開き状態異常があるかどうか、他に異常は見られないかを隈なく確認している。
「どう?満足いく答えは得られた?」
心配し過ぎのミアにシンが問いかける。暫く無言のまま確認したミアは、彼らのいうように何も異常が見られないことを確認した。
「・・・何もない」
「この音自体には何の思惑もないんじゃないか?この街特有の自然現象と受け取っても良いんじゃないか?」
「考え過ぎか・・・?いや、考えるだけならタダだ。パーティーの中に一人くらい警戒する者がいてもいいだろう」
「それはそうだけど・・・。あまり気を張り過ぎないようにしないと、身が持たないぞ」
ミアはシンの忠告を受け取り、少しは警戒心を解いたようだが、そ俺でも一人で何とかしようとする彼女に、シンは逆に心配させられていた。
教会の入り口にまでやって来た一行は、ツバキとアカリの面倒をツクヨに任せ、シンとミアで司祭のマティアスに泊めてもらったお礼と街のことについて尋ねられないか試みることにした。
教会の中へ入ると、中では合唱の練習が行われていた。指揮を務める男の背後には、グーゲル教会の司祭であるマティアスの姿もあった。扉の音でこちらに気づいたマティアスは、シンとミアの顔を覚えていたようで会釈をした後に、二人の方へと歩いてきた。
「これはこれは、昨夜の旅の方々。あのような場所しか提供することが出来ず、申し訳ありませんでした」
丁寧な口調で語り掛けてきたマティアス。合唱団の練習から離れたようだが、彼は直接指導する訳ではないのだろうか。
「いえ、そんな事はありません。今日は泊めて頂いたお礼を申し上げに来ました」
「わざわざそれをお伝えに?クリスにはその必要はないと申していたのですが・・・。昨夜はゆっくり休めましたかな?」
「えぇ、お陰様で。居心地が良くてお昼頃まで寝てしまう程でした」
「ははは、それは良かった。もう出発なされるのですか?」
淡々と会話を続けるミアは、教会やマティアス、それにクリスにこれ以上迷惑はかけられないと話し、今日からはちゃんと別の宿を取ることを伝えた。アルバをまだ出発するつもりはない事を伝えると、マティアスはアルバの街の魅力について教えてくれた。
様々な観光名所や歴史ある建物。そして著名人が実際に訪れたカフェなどの情報など、やはり彼はこの街について詳しいようだった。
そこでミアは、つい先ほど見たこの街特有の現象である、“音の出る玉“について彼に尋ねてみることにした。




