手掛かりを求めて
「白獅・・・あの男、プレイヤーだったのか？ 見せたいもの・・・」
現実世界に起きている事に興味を持っていたシンは、白獅のいう“見せたいもの”というものが何なのか気になっていた。
そしてシンの興味を掻き立てる理由の一つに、白獅という男の存在が大きく関わっており、彼の発していた言葉がシンの思考に腫瘍のように影を残し、謎は深まる一方であった。
彼の言っていた“目覚め”が一体何を指しているのか。 単純に考えればバグによる意識の消失からの目覚めが、これに該当するのだろうがシンにはどうにも、彼のいう“目覚め”がそんなに単純なものであるとは思えなかった。
白獅は他にもシンに対し、“何も知らない“というように、シンがまだこの現象の一端も掴んでいないのだといった発言をしていることから、少なくとも彼はシンよりも現実に起きていることを知っていると言えるだろう。
そして最後に彼は、自分の存在はシンと同じだというようなことも言っていたが、厳密には少し違うのだと、一言添えていた。
「ミアはまだ掛かるだろうか・・・」
彼女の用事がどれくらい掛かるものかも分からなかったため、もし時間が掛かるのであれば、今のうちに現実に戻り、白獅のいう”見せたいもの“を一見してみたいと思ったシンは、彼女にメッセージを送ることにした。
《ミア、用事はまだ掛かりそう？》
返信はすぐに返ってくることがなく、間が悪かったかと、シンは少し申し訳ない気持ちになり、彼女からの返信があるまで待つことにした。
日が暮れ、街を染める明るい橙色の光は徐々に暗さを帯び始め、暖かかった空気が少し冷えると、聖都に起きた動乱による人々の傷に浸透し、作業にあたる者達の心に失ったものの悲しみを甦らせる。
聖都に訪れた夜は、凡そ人の営みを感じる人工的な明るさはなく、人類が初めて得た灯りと温もりを思い出させるかのような火の光が焚かれ、石や木、或いは鉄などといった隔たりを持って暮らしていた人々が、同じ光を浴び、同じ温もりを感じて過ごしている。
辺りが真っ暗になり、最初に目を覚ましたキャンプでツクヨの目覚めとミアの返事を待っていたシンに、彼宛のメッセージが届く。
《もう暫く様子をみたいと思っている。 何かあったのか？》
リーベとの面会を経て、聖都で救援・復興活動の指揮をとっていたシャルロットと合流し、一時の落ち着きを得たミアがシンのメッセージに返信をした。
報告ではなく質問で来た彼からのメッセージに、ミアはその裏にある彼に起きたであろう事の変化を察し、何かあったのかを聞き出そうとする。
《現実の世界に戻った時に会った人物から、見せたいものがあるとメッセージが届いたんだ。 ミアがまだ時間がかかるようであれば、少し様子を見に行ってみようかと思うんだけど・・・どうかな？》
あまり現実の世界に戻る事に対し、肯定的ではなかったミアのことだから、もしかしたらやめておけと止められるかも知れない。
断られたら断られたで、彼女の指示に従おうと思っていたシン。
彼女のいう現実での脅威は、前回現実に戻りシンの身に起きたモンスターに襲われることからよく分かっているつもりでいた。
こちらの世界、WoFの世界では防御力や体力といったステータスの存在があり、そのおかげである程度の“痛み”に対する抵抗力を得ているが、現実世界ではこちらよりも痛みをダイレクトに受け、傷も癒えることはないだろう。
故に、より一層慎重に動かなくてはあっという間に死を迎えることになってしまう。 ミアはシンがそうなってしまうのではないかと危惧してくれていたのだ。
《そうか・・・。 だが得体の知れない奴を簡単に信用するなよ。 おかしいと思ったらすぐに戻ってこい、いいな？》
意外にも彼女は、現実に戻る行為をすんなりと受け入れてくれ、シンも真実への手掛かりを得ようという気持ちが昂ってくる。
《ありがとう。 なるべく時間の掛からないようにするから。 それと、何かあったらまたメッセージを送るよ》
《分かった。 こっちも事が済んだらツクヨと合流して待ってる》
彼女の合意を得たシンは、夜が明けるのを待たずしてWoFをログアウトする。
現実世界に戻り、目を覚ました慎は、暗い部屋の中で窓から覗く景色が薄っすらと青に染まり、明け方に差し掛かろうという時刻であることを悟る。
聖都での一件が、現実世界でどれ程の時間を経たのかは分からないが、真夜中以外で現実に返ってくるのは初めての体験だった。
「人が増え始める前に行った方が良い・・・よな？」
こんな奇怪な現象を誰かに見られては、面倒なことになるのは間違いないと思った慎は急いで彼と会った路地裏へと向かっていった。
外灯が消え、明かりがなくても周囲が確認できる街並みを、知りたいという気持ちが馳せる彼の足を早め、軽快な走りで向かう慎の足音が、建物に反響する。
メッセージで待っていると言われた路地裏に到着した慎だったが、そこに彼の姿はなく、辺りを見渡した後もう一度、新たなメッセージが届いてないかと確認するが、最後に届いたのはミアとのやり取りだけで、新着のメッセージはなかった。
到着したことを彼に報告するため、メッセージに返信しようと文字を打ち込もうとした時、慎の前に何かが物凄い勢いで落ちてきた。
降ってきた何かはコンクリートを粉々に叩き割り、その場にクレーターが出来るほどの勢いであったのを物語っている。
「・・・ッ！？」
あまりの出来事と衝撃に身を屈めて驚く慎。
