見習い作曲家
街の至る所から様々な音色の音楽が聞こえてくる。夜という事もあり激しめの曲調のものはなかったが、どれも心が休まるような癒されるものばかりだった。
それでも、一向に噂に聞いていたような“目に見える音“というものには出会さない。思わずリズムを刻んでしまうような音色に心と身体を揺らしながら、シン達はギルドの傭兵達に案内されるまま、商業組合の建物までやって来る。
「ここだ。話は俺達が付けておいてやるから、後は名前かチーム名を受付に伝えてくれ。それで報酬が受け取れる筈だ」
「何から何まで済まない」
「いいって事よ!俺達も暫くはこの街に滞在するつもりだから、何かあれば声をかけてくれ。力仕事なら手を貸せるからよ!」
「ありがとう」
建物の中へ足を踏み入れると、大きなホールに幾つかに分けられた受付が設けられている。ロープで区切られた受付には、一緒に馬車に乗ってやって来た冒険者や商人達が並んでいた。
「エレジア経由でお越しの方々はこちらへどうぞ」
案内されるまま列に並び、ギルドの男に言われた通り順番を待つ。そして受付に辿り着いた一行はそれぞれ名前を伝えると、既に報酬の手配が済んでおりその場で直接受け取ることが出来た。
建物を去る際に、ギルドの傭兵達に挨拶をし、建物を後にした一行は先ず最初に夜を明かす為の宿を探すことになった。
最早街に着いたら初めにする恒例行事となった宿屋探し。しかし、シン達と共にアルバへ訪れた者達は多くおり、別の街からやって来た商人や冒険者、それに観光地ともなっているアルバには、連日途絶える事なく多くの観光客が訪れているようだ。
「おいおい、また宿無しかぁ?」
「う〜ん・・・どこも予約でいっぱいみたいだね・・・」
「幸い馬車でたっぷり睡眠は取ったからな、何処か腰を下ろせる場所でもあれば・・・」
「野宿は避けたいけど・・・?」
慣れぬ街並みと雰囲気に先行きが不安になる一行。そこへ通り掛かった一人の男が、路頭に迷う彼らを不憫に思ったのか声を掛けてきた。
「もしかして、お泊まりになるところでお困りですか?」
「え?えぇ、そうなんです。どこも予約がいっぱいみたいで・・・」
「それならいいところがありますよ!僕も丁度向かうところでしたし、よかったら一緒にどうですか?」
大きな封筒のようなものを抱えた男は、少しよれた服装をしており細身の身体をしていた。観光客が多い街でお金の回りも良さそうなものだが、彼のような見た目をした者もいるのだと、一行は少し驚いた。
言葉を選ばないのなら、見窄らしくも見えるその姿は、とてもシン達が泊まれるような場所を紹介してくれるようには見えない。
「どっどうする?」
「野宿は嫌なんだろ?雨風が凌げりゃぁ上出来だろ」
「そういうところは逞しいんだね・・・。分かった、とりあえず今晩だけでも泊めてもらえるところがあれば、また明日探せばいいしね!」
小声で相談を始める一行を、キョトンとした表情で返事を待つ男。とりあえず夜も遅くなってしまっては、今以上に探すのは困難になる。一先ず夜を明かせる場所を確保する為、一行は男の言う泊まれる場所へ案内してもらう事にした。
「あの・・・貴方は?」
「え?あぁ、すみません!初対面でびっくりしましたよね。僕は“クリス“と言います。実はこれから皆さんを案内するのは教会でして、僕はそこでお手伝いとして働いているんです」
クリスの言う教会とは、アルバの街でも最も有名な教会らしく、聖職者や神学者、音楽家など様々な著名人が訪れるというアルバに来たなら必ず行きたい名所ともなっているらしい。
「教会?そんな神聖なところに泊めてもらえるんですか?」
「あぁ〜・・・えっと・・・すみません、言葉足らずでした・・・。正確には教会でお世話になってる寮ですね。なので、教会からまた少し歩くことになってしまいますね」
「そうなんですか。それでクリスさんはそこで何のお手伝いを?」
道中の会話の中で、ツクヨは自然と彼の事について尋ねる。こういった人との付き合い方に関しては、ツクヨは一行の中でも随一の能力を持っている。
街中で向こうから話しかけてくる者達は、最も警戒すべき対象だとミアは考えていた。何故なら、この世界がゲームであるWoFであるなら、ユーザーである彼らからアクションを起こしていないのにストーリーが進むのは不自然だからだ。
それに何よりも、これまでの旅がミアにそう思わせていた。実際に向こうから話しかけてくる者達が事件やクエストの重要人物であることも多く、何かしらの異変がアルバという街に起きているのなら、彼らWoFユーザーを巻き込むために仕込まれた仕掛け人という可能性も十分にあり得る。
その為、その人物の素性を自然に聞き出すのは、地味だがかなり重要な事なのだ。
「教会では様々な楽器による演奏や、歌手の方によるコンサートがよく開かれるんです。勿論、教会所属の合唱団もいまして、僭越ながら僕は作曲をさせて貰っているんですよ」
「作曲を!?すごいじゃないですか!じゃぁクリスさんは作曲家さんなんですか?」
彼の職業に大きく驚いて見せるツクヨ。彼の気を良くさせるように褒めちぎるも、どうやら事情があるらしく、彼は浮かない顔で質問に答えた。
「いえ、そんな立派なものでは・・・。あくまで曲の候補の一つとして、僕の作った曲を提出しているに過ぎません。それに、まだその・・・採用に至った事もなくて・・・」
「そうだったんですか・・・。クリスさんみたいな作曲のお手伝いをする方は他にも?」
「えぇ、僕よりも優秀で才能のある方々がいっぱいいらっしゃいます。教会内で候補が見つからなければ、外部に依頼する事もありまして、今まさにその譜面を届けるところだったんですよ」
そういって彼は、抱えていた大きな封筒を見せる。その封には封蝋と呼ばれる印が押してあり、傷や汚れ、折り目などが付かないように透明なケースに収納されていた。




