最初の音楽
恐らく最初の音楽は歌声である。
嘗ての人々は、歌声により自然災害を抑えていたという。荒れ狂う突風や雷雨、大陸を破るような巨大な地震など、およそ人の手には負えない現象を怒れる神への捧げ物として送り届けていた。
また、昔の人々を苦しめていたのは天災だけではなく、猛獣や害虫、モンスターなどから身を守ることも彼らの生活の中での大きな問題となっており、音楽はそれらを解決するために考案されたとも考えられている。
彼らの命や生活を守ってきた音楽は、後に祈りや祝祭、狩猟や儀式などに用いられるようになっていき、その使用用途は変わっていった。
音楽は種族や人種、年齢や時代など関係なくあらゆる文化において存在してきた。生命はこの世に生まれ落ちたその瞬間から、音楽への関心を示していた。そのことから、意思を持つ種は音楽に対して遺伝的基盤を備えているのではないかと考えられている。
それでは何故、そういった意思を持つ種族に高い音楽的能力が備わっているのか。実はその研究の殆どは、WoFの世界であろうと現実の世界であろう、音楽の起源に関する遺伝的研究は進んでおらず、全ての説が裏づけのない推察のもとに成り立っているのだ。
故に仮説の域を出ないものが多く、言語に注目した研究者達は言語が持っている音韻から派生して音楽の起源である歌が生まれたのではないかと考えるものや、音楽の起源をリズムとするものなど、様々な説が展開されている。
何より、音楽に関する記録が乏しく実態は推測の域を出ない。しかし古代ギリシアの音楽理論や用語が現実世界の歴史書に残されており、特にピタゴラスが考案したとされるピタゴラス音律は、その後の西洋音楽の音階の基本となったとされている。
では、音楽が意思を持つ生命に心理的な影響を及ぼすようになったのはいつ頃なのだろうか。音楽を心理学の立場で研究し始めたのは、現実世界で言うところの19世紀の終わりから20世紀初めにかけてであるとされている。
原始宗教や自然崇拝などの誕生から、音楽が意思を持つ生命に影響を与えていたという説がある。儀式や呪術を用いて、これらの生命体の精神を鼓舞したり調律する事により、一種のトランス状態を引き起こす事もあったとされる。
また、ユダヤやキリスト教の賛歌などにおいても音楽は用いられていたようで、これも信仰を深め精神的な豊かさを深耕する事とされており、現代にも引き継がれている。
このように音楽が意思を持つ生命に与える影響は、治療やセラピー効果のみならず、様々な分野や学術に分岐して研究が進められている。
音が溢れる街と呼ばれているアルバこと、旧名ライプツィ。
そこは様々な音楽家や作曲家が訪れ学んだとされる、WoFの世界でも歴史的な街。改名の裏に隠された音楽の歴史や研究の発展。洗脳や印象操作とは違った形でリピーターや永住を望む者を産み続けるものとは何なのか。
シン達一行を乗せた商人の馬車は、遂にそんな音に溢れる街へと到着する。
街並みは西洋建築が立ち並ぶ壮観な光景が広がっており、一度街へと足を踏み入れると、そこには人々の穏やかにも活気のある声や生活音が、心地のいい音楽のように広がっていた。
正しく噂に聞くような“音が溢れる街“といった感想が、シン達の第一印象だった。
噂話といえばもう一つ。シンとミアがエレジアの街で仕入れた噂によれば、音が目に見えるという噂を耳にしたのだが、今のところそう言ったものは見受けられない。
噂の音を目視するには、何らかの条件でもあるのだろうか。一行は馬車が目的の場所へ着くまで、暫く窓から景観を楽しむ事にした。




