聖都の守神
あらかた欲しい物をカゴに詰め込んだツバキは、そのまま会計へと向かう。アイテムショップと違ってそこまで客が入り乱れていることはなく、時間も掛からなそうだった。
様子を見ながらツクヨは店内で商品を見ながら待つことにした。会計を済ませたツバキが手に持っていた袋は、思っていたほど大きくはならなかったようだ。
満足のいく買い物を済ませた彼らは店を出ると、待たせていたアカリのいる店へと歩みを進める。
「欲しいものは手に入った?」
「あぁ、大体はな。後は落ち着いて作業できりゃぁツクヨ達にも良いモン作ってやれるぜ」
元々前線へ出て戦う彼らのバックアップの為に、新たな発明をしよと決めていたツバキ。まだ頭の中に構想があるだけで、実際にどうなるかは分からないが自信はあるようだ。
「良い物かぁ〜、一体何を作ってくれるんだい?」
「おいおい、それを聞いちまうのかぁ?まぁツクヨは俺が何を買ったか知っちまってるからなぁ。大凡の想像はついちまうだろうが、シン達には内緒にしておいてくれよ?」
「サプライズって奴だね!?良いねぇ、そういうの好きだよ。誰かが喜んでくれるっていうのは、こっちも気持ちがいいからね!」
「そのサプライズってのが何なのか知らねぇけど・・・。まぁ期待しておけよな!」
シンやミア、アカリ達の驚く顔を想像して笑みをこぼすツクヨだったが、ふと彼の中に当然の疑問が浮かんだ。寧ろ今まで何故そこにつっこまなかったのか。それ自体を疑問に思うくらいの疑問。
「でも、道具や機材が無くても大丈夫なの?それとも加工屋かか何かも探すとか?」
「いや、このくらいの加工なら俺の道具だけで何とかなるよ。勿論、ちゃんとした施設がありゃぁそれなりに色んな加工が可能なんだろうが、まずは手始めだしな。凝ったモンを作るのは、要領を掴んだ後だ」
物作りをする時のツバキは凄く誠実で真っ直ぐな目をしている。これもウィリアムから学んだ造船技師としての教えの一つなのだろうか。得意分野の話をする時のツバキは楽しそうであり、その知識を披露する時は誇らしげだった。
自分を偉いものだと思っている訳ではない。彼の中にあるウィリアムという存在は、育ての親であり、偉大な師であるが故に彼から学んだ知識が人々の役に立つのが嬉しいのだろう。
「そっかぁ〜。流石はかの有名なウィリアム・ダンピアのお弟子様だね!」
「ったりめぇよぉ!それに俺ぁあのジジィを超える逸材だぜぇ!?」
「ははは、そうだったね!」
ツクヨは適度に少年の機嫌を損ねないように持ち上げながら会話を続けた。店を探していた時はそれ程歩いていた感覚はなかったが、いざ目的地がはっきりしていると遠く感じるものだ。
暫く歩いてアカリを置いてきた薬屋へ戻って来た二人。先にツバキを中に入れ、ツクヨはシン達にメッセージを送ることにした。こちらの用事は済んだと。情報収集は引き続き二人に任せ、ツクヨは今日泊まる宿について、薬屋の店主に尋ねることにした。
一方、酒場で情報を集めていたシンとミアは、引き続き酒の入った客達に様々な質問をし情報を集めていた。相席になった者達以外にも声を掛け、エレジア周辺の事情やアルバの街について色々と調べた。
するとその中で、二人は驚きの噂を耳にすることになる。それは彼らが今いる大陸の話ではなかったが、シン達と関わりの深い者達の話だったのだ。
「そういえばアンタら知ってるかい?別の大陸の話で興味ない奴も多いが、“聖都ユスティーチ“ってところの上層部が陥落してさ、近隣の国々が自分達の領土にしようと動き出したんだと」
「ッ!?」
聖都ユスティーチとは、シン達が冒険を始めた大陸の中でも有数の大都市であり、複数の国境に位置していることから様々な人々が行き交い、エレジアと同じように物流も多く交易で大きな利益と成果を上げていた都市。
そしてツクヨがこちらの世界に送り込まれた場所であり、初めてシン達のパーティーに合流した同じ境遇にある仲間と出会った場所。
そこは正義が掲げられた都市であったが、その正義とは一方的なものであり、全ての人々が望んでいるものではなかった。シン達が出会ったのは、そんな街で身勝手な正義に抗う反抗組織“ルーフェン・ヴォルフ“のリーダーであるアーテムという男だった。
聖都での死闘の果てに、彼は行方不明となってしまったが、一部の噂では疲弊したユスティーチを外部の様々な厄災から守る守神となったという噂が流れていた。
シン達が耳にした聖都がその聖都と同じなら、彼らが命懸けで守った都市が他の国々によって制圧されようとしているということだろうか。聖騎士隊によるシュトラール政権を転覆させた一大事件に関与していた彼らは、その噂を聞き気が気ではなかった。
「聖都がどうしたって!?」
「え?あぁ、おたくら興味ある?それがさぁ、攻め込んだ国々の兵士達が軒並み追い返されたらしいんだ」
「追い返された・・・?」
「何でも、その聖都に近づこうとすると“隻腕の狼“ってのに襲われて、中にまで入れなかったんだと。国が都市を制圧する為に徴兵した部隊をだぞ?どんだけ強ぇんだろうな、その隻腕の狼ってのは・・・」
「隻腕の狼・・・」
聖都でシン達と命懸けで戦ったアーテムが率いていた組織であるルーフェン・ヴォルフというのは、“狼の叫び“という意味があるらしい。もし彼らの予想が的中しているのなら、その噂になっている聖都を守る隻腕の狼とは、もしかしたらアーテムの事なのかもしれない。彼は生きているのだろうか。
「その噂のおかげか、シュトラールのいなくなった聖都の復興は順調に進んだらしくてな。今ではすっかり、以前のユスティーチの姿を取り戻してるんだとよ。あとその大陸じゃぁ最近、夜な夜なでけぇ真っ白なドラゴンを見たとか、真っ黒なおどろおどろしいドラゴンを見たとかっていう噂が上がってるらしい。おっかねぇよなぁ〜、でも不思議なことに襲われたとかっていう事件は起きてないらしいぜ?」
大混乱を迎えていたユスティーチを逃げるように脱出したシン達は、その後の街が無事に復興を遂げたことを聞き、シュトラールと同じ聖騎士であったリーベやイデアール、そしてアーテムの幼馴染出会ったシャーフやシャルロットが上手くやってくれたのだと安堵した。
シン達の知らぬところで、彼らが関与した事件やクエストの人物達も新たな生活や変化を遂げている。それが黒いコートの人物が言った“運命の環“に戻る循環の一部なのか、新しい始まりの一歩なのかは分からない。
だが、無関係ではない不思議な絆を感じる彼らの活躍に、シンとミアは嬉しさを感じていた。




