秘蔵の調合書と天才発明家
本というよりも羊皮紙を綺麗に冊子状にまとめた物に近い。長らく読む機会もなかったのだろうか、被っていた埃を払うような仕草をした後に、店主の女性はテーブルにあった布で表紙と裏面を拭く。
「そちらは?」
「薬草や薬剤の調合書さ。簡単なものから複雑なものまで色んなのが載ってる。流石にあげる事は出来ないけど、アンタみたいに精霊に好かれる人間は少ない。だからアンタに読ませてあげたくてね」
精霊は本来、見知らぬ者の前には姿すら見せる事はない。触れようとすれば尚の事。それが自ら進んでアカリと紅葉の元へとやって来ては、安心しきっているような様子を見せたのだ。
店主の女性はそんなアカリに、薬剤師や調合師としての才能を見出したようで、自分に変わりその見聞を広めてもらいたいと思ったようだ。
「そんな大事なもの・・・」
「時間が許す限りで構わない。忙しいようなら持ち出してくれてもいいよ。街を出る時に返しておくれ。お連れさんが待っているだろうからね」
「どうして私にそこまで親切にしてくれるのですか?」
「アタシにはなかった才能をアンタは持ってる。それにウチの精霊達がこんなに懐くなんて、今まで一度もなかったんだよ。アタシ以外には姿すら見せることの無かったこの子達が信用するアンタに、アタシの出来なかった事を託してみたいと思ったのさ。勝手なことを言って悪いとは思うけどね」
「そんな事はありません!大変光栄な事です。どこまで学べるかは分かりませんが、大事に読ませて頂きますわ」
元々薬剤の調合や知識に興味を持っていたアカリは、店主の好意を素直に受け取り、エレジアにいる間だけ調合書を預かる事となった。
店内に残してきたツクヨとツバキの元へ戻るアカリと店主。椅子に腰掛け店を見上げるツバキと、商品の説明文に目を通して回るツクヨ。奥から聞こえてくる二人分の足音に気がつき、二人の視線が店主とアカリの方へと向けられる。
「おかえり、それは?」
ツクヨはアカリの手に握られた一冊の本に目がいった。
「薬草や薬の調合の事が書かれている本です。私が興味があるのを知って、お店の大事なものを私に貸して下さりまして」
「本当かい?よかったね!でもよろしいのですか?そんな大事な物を・・・」
「悪いけどこれは商品じゃなくてね。あくまで街にいる間だけという約束で貸してあげたんだ。見たところアンタ達はこの街の人じゃないだろ?あちこちで用事もある筈だ。だから街を離れる時になったら返してくれればいいよ」
大事なものを貸してくれた事を知り、ツクヨも店主の女性に感謝の言葉を送る。すると、それを聞いていたツバキがある提案をする。持ち出して紛失したり汚したりしたら弁償できる物じゃない。それならアカリをこの店に置いて、他の用事が済んだら迎えにくればいいと。
「でも、それではまたバラバラに・・・」
「別行動だったらシンやミアだってしてるだろ?それに街で騒ぎが起こることもそうそうねぇだろ」
「それもそうか。分かった、確かにそんな大事な物なら取り返しもつかない。アカリもここでゆっくり読んでた方が身につくだろ?」
「それは・・・そうですね」
ツクヨ達は一旦アカリを店に預け、最後の用事であるツバキの要件を済ませた後に迎えにくると言い残し、店を後にした。
ツバキが行きたがっていた店はジャンク品や機械などを扱う店なのだが、そもそも近未来的な国や街でない限り、機械というものに馴染みのない世界。街を散策するも、二人はなかなか目的の店を見つけられずにいた。
「なかなか見当たらないね、機械を扱ってるお店」
「正直、機械に関してはそんなに期待しちゃいねぇさ。オルレラの街から持ってきた魔石がまだ残ってるからな。これでちょっとしたモンが作れねぇかと思ったんだが・・・」
物流の多い街ということもあり、中古品や一部の部品などを扱うジャンク品の店すらも見当たらない。ツクヨが街行く人々に聞き込みをしてみるも、それらしい店はないと言われてしまう。
痺れを切らしたツバキは、それなら装備品を扱う武具店に寄ると言い出し、二人は主に防具を扱う店に立ち寄ることとなった。
「いいのかい?防具店で。確かにそれなら何店舗かあったけど・・・」
「まぁ仕方ねぇ。少し値段ははるかもしれねぇが、ツクヨ達にとってもその方が便利かもしれないしな」
「便利・・・?もしかしてみんなの為に何か見繕ってくれるのかい?」
少し照れた様子で否定するツバキだったが、皆の旅の為に役に立ちたいと思っていたのは、何もアカリばかりではなかったのだ。彼女が調合や薬の知識を身に付け、ヒーラー職の代わりとなろうとしているように、ツバキもその器用さを活かして何か新たな発明品を作ろうと目論んでいた。
オルレラの地下研究所で手に入れた魔石は、様々なガジェットや発明に応用出来る代物であり、それを装備や装飾品に組み込むことで、本来防御力を高めるだけの装備に特殊な効果をもたらすことが出来る。
しかし、機械と同じようにその効果を発揮するには原動力が必要である。電化製品に使う電気と同じように、魔石を使った装飾品には魔力を込めなければならない。
魔石は長い時間と歳月を経て溜め込んだ魔力を放出することで、バッテリーと同じように蓄積した魔力を扱うことが出来る。だがそれも、底を尽きれば使い物にならなくなってしまう。
リナムルの街で作ったガジェットも同じ仕組みだったが、あの森には豊富な魔力とエルフ族という魔力を集め易い性質を持った種族もいる。故に長い時間を掛けなくとも再装填が可能になっていた。
魔力の無い環境下や少ないところで、如何に魔力消費を抑え効果を持続させるか。それがツバキの発明の課題となっていた。




