出立の刻
「なぁ〜、もういいだろ。誰も知らねぇんじゃ探しようがないぜぇ?馬車が車でゆっくりしてようぜ」
大分歩き回ったアズールを見つけることが出来なかった一行は、街も十分に巡り終えツバキが言うように、調査隊の到着と商人達の馬車が到着するまで、お世話になっているリナムル中央の巨大樹である、アジトの一室で待機することにした。
「どうしたんだろうね、アズール。誰にも言わずにどっか行っちゃうなんて・・・」
「ガキでもねぇんだ。ふらっと一人で出掛けたくなることもあるだろうよ」
「でも獣人族の長だよ?立場ってものがあると思うんだけど」
ツクヨの疑問も最もだが、これ以上お節介を焼いてしまっては出立の機会を失いかねない。周りの獣人達やミアが一目置いているガルムも気にしていなかった事から、部外者の自分達がこれ以上踏み入ることでもないのかもしれないと、シンはツクヨに伝える。
シンがそう言うのならと、彼もそれで納得しアズールの件についての話はそこで終わり、今度は次の目的地のことについての話題が繰り広げられた。
「それにしても“音が満ち溢れる街“かぁ〜。一体どんなところなんだろうねぇ。そもそも何て言う街の名前なの?」
そういってツクヨはミアの方へ視線を送る。それに気がついたミアは何故私に聞くのだとめんどくさそうに返しながらも、素直に知らないことを伝える。二人の会話を聞いていたシンは、ミアも知らなかったことを知り、もしかしたらその“音が満ち溢れる街“という街も、異変が起きてから生まれた、或いは作られたのかもしれない。
「言っておくが俺も知らねぇからな。海に面した街以外、あまり聞いたことがないんだ」
「そっか、港町で造船技師をしてたんだもんね、ツバキは」
「海・・・羨ましいですわぁ」
「海はいいぜぇ。風は気持ちいいし、獲れるモンは美味いし!だが、いいことばかりじゃないんだ」
海の話となり急に饒舌になるツバキ。彼の語る海の美しさや怖さにも興味はあったが、歩き疲れたのか途中でシンは瞼を閉じてしまっていた。
暫くすると誰かが彼の身体を揺らす。目を覚ましたシンが視界にとらえたのはアカリだった。
「シンさん、馬車が到着したそうです。お疲れのところ申し訳ないのですが、そろそろ出発しないと・・・」
「あぁ、ごめん・・・みんなは?」
「先に行かれました。さぁ私たちも・・・」
身体を起こしたシンは、差し伸べられるアカリの手を取り立ち上がると、リナムルにいた間お世話になった部屋に思いを馳せながらも、商人の馬車の元へと急いだ。
「南に向かう馬車はこちらになります。ホルタート方面へ向かう冒険者の方がいらっしゃいましたら、護衛をお願いします」
「こちらは北側へ向かう馬車になります。行き先はアルバ方面となります。同じく護衛の冒険者の方がいらっしゃいましたら、同行をお願いします」
街の広場で人を集めていたのは、リナムルから外へ向かう商人達だった。シン達が向かうのは、リナムルの北方面にあるという“音が満ち溢れる街“。つまり先程の声から、“アルバ“という地名なのか街なのか。
その方面へ向かう馬車に同行することになる。北側へ向かう馬車の周りにはミアやツクヨ、そしてツバキの姿があった。
「お〜い!こっちこっちぃ〜!」
元気に手を振るツクヨとツバキが、遅れてやってきたシンとアカリを迎える。またしても皆を待たせてしまったと思ったシンは、開幕謝罪の言葉を送るも馬車が到着したのは本当につい先程だったらしく、たまたま外に出たツクヨが皆にそれを知らせ、一足先に馬車の護衛として乗せてもらう約束を取りもってくれていたのだという。
「結構数が来てるんだな・・・」
「そりゃぁただの商売だけじゃないからな。復興の為に外から色々仕入れてこなきゃいけないらしい。だから物々交換用の代物を積んだ馬車や荷台もいっぱいあるんだとよ」
暇つぶしに商人と会話をしたというミアが、彼らの事情をシンに説明する。そして行き先についても話を聞いていたらしく、どうやらアカリが聞いたという“音が満ち溢れる街“というのが“アルバ“という街だったようだ。
「アルバ・・・それが次の目的地」
「まぁ偶然って言えば偶然だが、妙な気がしてならないんだよな。何で街の商人がどこの小娘とも知らないアカリに、外の街を勧める?」
「誰かが仕組んでいると?」
「用心はしておいた方がいいかもな・・・」
他の者達を不用意に心配させまいと、ミアとシンは二人だけで今後の展開に警戒しながら準備を整えることを誓う。




