同族殺し
勿論、匂いだけで道を辿っている訳ではないが今回の一件以来、こういった帰らぬ者達が帰って来れるようにという風習が、アズールの治める獣人族の間ではすっかり身についていた。
誰が話題にすることでもなかったが、皆その匂いを頼り自然と辿っていたのは確かだった。
リナムルの街に近づくにつれ、僅かに人々の活気とぼんやりとした明かりが視界に入ってくる。それが見えた瞬間に、ミアや研究員といった人間種と呼ばれる者達は、緊張から解き放たれたかのように安堵していた。
ここまで来れば安心だ。そういった思いを抱いていたのは、人間達だけではない。一足先に安堵していたのはガルムら獣人族だった。彼らお得意の気配感知や仲間達の匂いを嗅ぎ分け、まるで砂漠でオアシスを見つけたかのように足取りが早くなる。
「漸く帰ってきたんだな・・・。ったく、とんだクエストに巻き込まれたモンだ」
「何を言う。俺が気を利かせなかったら、君は関所から外に出られなかっただろ?」
「今にして思えば、余計なお世話だな。要するに銃を使わなけれなよかったんだろ?」
「なんだ、そんな他の手段が君にあったのか?」
メイン武器が銃のミアの戦闘スタイルは、今回のように隠密に特化したスキルや狙撃を行わない場合、華やかでトリッキーな動きをするクラスだ。攻撃を回避しながら射撃したり、移動を兼ねたスキルがあったりと、その性質を十分に理解し活用していかなければ、防御面の低さからも割と難しいクラスでもある。
「そりゃぁ罠だったり毒を使った道具で・・・」
「・・・そもそも動物達に近づけないだろ?罠って・・・。森の動物達もそんなに馬鹿じゃないぞ」
「たらればの話はもういいだろ。もう成るように成っちまったんだから。それより、あの残党の獣の事はなんてアズールに報告するんだ?」
ガルムらの本来の目的は、研究所から放たれた獣の残党の調査だった。元々、森で残党の気配があったという報告を受けていたアズールらは、他の者達に余計な心配をかけぬようにと、極秘に進められていた任務。
ミアがクエストに向かえなかった時も、実は裏でアズールとガルムのやりとりがあり、彼女ならばとその実力を買って、任務に同行させる運びとなっていたのだった。
「どうもこうも、そのまま報告するよ。奴らが嘗ての同胞だったってことも、ちゃんと埋葬してやったことも・・・。アズールも俺達も、何となくわかってたさ。それでも確かめずにはいられなかったんだ」
「そうかい・・・。それでアンタはどう思ったんだ?」
「どうって?」
「アレが同胞だったって知ってだ」
同族殺し。言葉にすれば恐ろしく戒めるべきもだが、それは何も知らない者達が言う綺麗事に過ぎない。実際にその時代、その場所にいた者達からすれば、そうせざるを得ない状況や環境にあったからこそ、そのような出来事が起こってしまった。
起こってしまった事実として歴史を後世に残すことは出来るが、その当時に生きていた人々がどのように考え生きていたのかは残すことが出来ない。
「そりゃぁ・・・いい気分じゃないさ。だが、どうしようもないなら、せめて同じ種族である俺達の手で眠らせてやりたいな・・・」
「ふぅん・・・そういうものか」
「人間にだってあるだろ?同族殺しくらい」
「まぁ・・・そうだな。本来、そんなにホイホイ起こっちゃならねぇことだがな。人間なんて特に多い気がするな・・・」
どの時代、どの世界においても人は人を殺す。ガルムの言うように、他の種族から見ても、同族殺しが最も多い生物は人間なのではないかと思えるほど、人や知性を持つ種族が知識として得る歴史には、人同士の争いというものは多い。
そしてその目的も、他の種族のように生きる為に仕方がなかったのではなく、奪う目的や感情をぶつけるといったものが殆どなのだ。そう思うと、感情や意思というものは一体何の為に与えられたものなのだろうか。
神というものがいるのなら、そうなる事を見越して与えたのだろうか。そこでふとミアが考えたのは、このWoFという世界を創造した者も、こういった内容のクエストを自ら作ったのか、或いはAIが人間という生き物を学びそういった結論に至ったのか。
奇しくも異変に巻き込まれたミア達は、誰もがそんな事を考えることも無くなった現実世界の事を考えさせられていく。それも開発者の意図なのか。それともAIによる暗示なのか。
今のこの世界にいる者達に、それを理解できる者など誰もいなかった。




