生きる為の知識
モンスター化を元に戻す術は、彼らの知り得る知識の中では無いようで、変化してしまった仲間は自分達の手で眠らせてやるのが習わしとなっているそうだ。
「研究所の連中なら何か知ってるんじゃないか?話に聞くと、人為的にモンスター化って奴を引き起こしてたらしいじゃねぇか。なら、戻す方法とかも・・・」
ミアが言葉を言い切る前に、ガルムは首を横に振っていた。彼らも既に助けた研究員らに、その方法について尋ねていたようだ。だが、彼らも元に戻す方法を知らないのだと言ったそうだ。
勝手に人体実験をしておいて、元に戻す研究はされないという身勝手な研究だと、ミアは憤りをあらわにした。研究員の言葉を信じなかった獣人族の者が、実際に研究所から持ち出された資料にも目を通してみたが、そういった事が書かれた研究資料は見当たらなかった。
「だが、奴らの持ってきた資料にはモンスターからその特殊な魔力を分解して食べられるようにする技術が載っていた。だからモンスターも貴重な食料になった。街に戻れば、モンスターを使った料理も食べられるぞ?」
「食べられるぞって・・・。何も食べてみたいなんて望んじゃいないっての」
手際よく口と手を動かし、次々に動物を狩猟していくミア達。持ち運べる量がいっぱいになったと連絡を受け取り、部隊の元へ戻ると皮や肉など、様々な部位に捌かれ大きな葉っぱに巻かれた小包がいくつかに纏まれていた。
「意外と少ないな」
「この人数だ。それほど多くは運べないさ」
「それにしても、だろ?」
ツクヨらの部隊に比べると人数も台車も無いミア達の部隊。元々狩猟を目的とする部隊は少人数で編成され、手持ちで持ち帰れる量だけに限られているのだという。
動物達を狩りすぎることは許されておらず、際限なく狩猟してしまっては生態系が崩れ、新たなモンスターや突然変異といった変化をもたらし兼ねないそうだ。
しかしそれも、先ほどガルムが言っていたように研究所から持ち出されたモンスターを食する手段によって解決しそうだった。森に巣食う者達の脅威の一つでもあるモンスターを狩りながら、食用にもなるとなれば一石二鳥。
今後はモンスター料理が、リナムルでは主流になるのかもしれない。
多くを運ばないのには理由があった。戦闘を行える者達が主に狩猟へと出掛けていくのだが、そういった者達が大量の荷物を抱えていては満足に戦えず、命の危険につながるからだった。
それに大人数で出かけては、動物達に逃げられたり勘の良いモンスターも、人数差を理解しているかのように姿を見せなくなってしまうのだという。それに荷物運びの者達や荷台を持って行くとなれば、それらを守る防衛も行わなければならない。
血の匂いというものは、より強いモンスターを引き寄せる。荷物を抱えていたり、戦えない者達を守りながら戦うのにはそれなりのスキルを伴い、生存の確率を下げることになる。
万全を考えれば、背中に背負える程度の量を取り、回数で量をこなすのが獣人族のやり方なのだという。これはアズールが長になる前から行われていたことであり、先祖達が編み出した生きる術だった。
「なるほど、それでか。この包みも、その教えの一つって訳か?」
「そうだ。特にローリエと呼ばれる植物の葉は、防虫効果やそれ自体にも消化を促す効果があると言われていて、包みの中に一緒に入れられている。後は血の匂いを抑えるためにドクダミを用いる事もあるようだが、我々獣人にはドクダミの匂いはキツすぎるからな。主に人間が用いる手法だ」
森に住むだけあって、獣人族は植物の知識なども豊富に蓄えているようだ。生きる為に必要な知識というものは、頭だけでなく身体にも染み付くもの。これは彼らだけではなく、ミア達のような人間も同じだろう。
興味の無い知識を覚えるというのは苦痛に感じることもあるが、好きなものや身の回りの生活で必要な物事というのは、すんなり知識として身につき身体にも染み付いていくもの。
彼らの知識は、聞いているだけで何かに役立つかもしれないと興味をそそられる知識だと、ミアは感じていた。その時思い出されたのは、現実世界でミアが多くの時間を費やし勉強をしてきた事だった。
その全てが無駄だったと言うわけではない。中には実際に必要だったものや、知っていて得をするものもあったが、その大半は彼女が身を乗り出していった社会の中では全く活用されない知識となった。
結局は良いところに就職する為の道具でしかない。その経歴や蓄積したもの、費やしてきた目に見て分かり易いステータスしか、人間は相手を判断することは出来ない。
そういったものでしか判断されないというのが、人間の不自由なところであり不器用なところなのかも知れない。
一行は植物の葉や蔦で包み結ばれた小包を重ねて背負うと、その場を離れリナムルの街へと帰還していく。
すっかり陽も暮れてしまいあたりは真っ暗だったが、一行は明かりも持たず森の中を進んでいく。ミアや研究員のような人間には、全くと言って良いほど方向感覚が失われていた。
辺りを見渡しても、同じような木々や植物といった光景しか目に入ってこず、自分達がどこを歩いているのか、どの方角へ向かっているのかも分からない。
「これは・・・街へ向かっているんだよな?」
「あぁ、そうだ」
「分かるのか?」
「我々にはこの鼻があるからな。街には我々を導く匂いがある。それを辿れば帰れるのだ」
その匂いというのは、シンが街で出会った少年が作っていた目印に添えられた花や供物だった。




