帰らぬ者が帰る場所
何にせよ、すぐに獣人族がアークシティへの報復行為を行わないと知り安堵するシン。ダラーヒムの治療は研究員の者達とその手伝いをする人間やエルフ達に任せ、アズールと側近のケルムそしてシンの三人は治療室を後にした。
「さて、後は奴が目覚めるのを待つだけだ。お前も何か用事があったからクエストに出ていたんだろ?」
シンは広場の少年との約束を思い出し、クエストで採取した花を彼の元へ届けるのだとアズールに伝える。すると、アズールやケムルは顔を見合わせ、シンの言う少年が何をしようとしているのかを悟る。
「そうか・・・まさか子供までもがな」
「今ではそう珍しくもないことだよ、アズール。昔以上に行方不明になる仲間達は増えていた。一種の風習のようになりつつあるようだ。実際、あれは我々が帰るための目印にもなる」
鼻の利く彼らだからこその目印。だがその実、エルフ達にとっても獣人族のアジトがどこにあるのかを突き止めるのに利用されていた事を、ケルムは街のエルフ族から耳にしたらしい。
「それでか。妙にエルフ達を見ないようになったのは。まさか上手いこと利用されていたとはな・・・。今となっては、森の者達にとって大きな意味をなしているようで何よりだ」
嘗ては出会わぬようにしていた目印が、今となっては森で孤立してしまった者や逸れてしまった者達を、種族関係なく匿い助け合える関係性になったリナムルの森の住人達。
だがそれもいつまで続くかは分からない。ケツァルの意思を継ぎ、彼と共に一族の繁栄を願い、種族間の隔たりを超えて一丸となる道を歩んでいたケルムだからこそ、そのいつか来るである仲違いの時を案じていた。
「しかし、この関係性もいつまで保つは分からない・・・。我々が人間やエルフにしてきたことも、とてもではないが許される事ではない」
「分かっている。それを償うのも、残された者達の役目だ。願わくば、子供達のその先の世代の頃には、全ての蟠りがなくなり、本当の意味で種族など関係なく協力関係を築けていられれば幸いだ」
アズールが研究員達を連れて逃げて来たのも、そんな彼らの償いの一つなのだろうか。実際のところ、研究所襲撃に最も人員と労力を割いたのは獣人族だった。しかしだからといって彼らだけで全てを成し得たとは思えない。
偶然にしろ運命にしろ、シン達がリナムルを目指さなければ、同じくダラーヒムが彼らと共に馬車であの道を通らなければ、今の状況は生まれていなかっただろう。
黒いコートの人物が言うように、これがクエストの一環だとするならばシン達を含め、森の住人達の勝利と言うことになるだろう。
襲撃から恥めったリナムルでの出会いとクエストは、これまでの国や街と同様に新たな未来へと歩き出したのだろうか。
アズールらと別れ、獣人の子供と出会った場所へ向かったシン。だが、流石に彼もあれからずっとその場所にいるはずもなく、そこには少年が立てた目印と彼が用意した物だろうか、木で作られたお皿にちょっとした料理が添えられていた。
「これじゃまるでお墓だな」
シンは目印の側に置かれた料理の匂いに誘われすぐ側にまで歩み寄ると、関所から持ってきた花を一緒に添える。
「これでみんな・・・帰ってくる・・・?」
陽が森の向こう側へ沈んでいこうとしている。外は徐々に暗くなっていき、森はその形相をガラリと変える。リナムルの街には火を用いた街灯もあり、夜でも街中を散策できるが、森の中は人間にとっては光も届かぬ真っ暗闇と化す。
帰り道が分からなくなる前に、ツクヨやミア達と泊まっている宿へと戻るシン。獣人族のアジトとなっていた、リナムル中央にある巨大樹。多くの者達が出入りするそこには、研究員らの持ち込んだ資料に夢中になっていた筈のツバキやアカリが、シンの帰りを出迎えていた。
「おせぇよ!俺達に黙ってどこ行ってたんだぁ?」
「心配してたんですよ?もう!」
「ごっごめん!黙って行くつもりはなかったんだけどさぁ・・・」
歩み寄りながら言い訳を垂れるシンに、二人はプリプリと怒りながらも、彼を叩きながらも関係性が良好でなければ行われないようなスキンシップをとっていた。
しかし、中々建物の中へ入ろうとしない二人にシンは何故戻らないのかと問う。
「分からねぇのかぁ〜!?アンタと一緒で何も言わずに出てった奴が、あと二人帰ってきてねぇ〜からだよ!」
「シンさんにも一緒に、外で待っててもらいますからね!」
「ピィー!」
アカリの腕に抱かれた紅葉は、リナムルでの一件を経て一回り大きくなり、その体毛は更に赤く染まっていた。二人に叱られたシンは、大人しく彼らの指示にしたが外でミアとツクヨの帰りを待つことになった。
リナムルの街は昼夜問わず多くの人が復興作業にあたっており、忙しくもあるが常に活気にもにた賑わいの声に包まれている。
街を照らす街灯は、暖かな橙色で染め上げ、賑わいの声を聞いていると安心感を覚え、夜中だというのに外に出ていると心は高揚した。
「まるでお祭りみたいだな」
「お祭り・・・ですか?」
「何だぁ?オメェ祭りも知らねぇのか?」
未だ記憶の戻らぬ様子のアカリは、真の口にした祭りというものに興味津々だった。それを煽るツバキがシンに変わり、祭りの何たるかを彼女に説明していた。賑わう街には、働く者達の為に食べ物を作る仮設の屋台も設置されており、美味そうな匂いが彼らの腹を刺激する。
「私、その屋台というのに行ってみたいですわ!」
「おいおい、俺達ぁミアとツクヨを待ってんだろ?せめて帰って来てからにしろや。なぁ?シン」
「え?・・・あぁ、そうだな。みんなで回った方が、きっと楽しいな」
誰かとこうして祭りを楽しむ事など、現実の世界で経験のなかったシンにとってはアカリの気持ちがよく分かった。だがこういうものは、家族や友達、親しい者達と同じ時を過ごすことこそが大事なのだろうと、早る気持ちを抑え大人の対応を二人に見せた。




