裏に控える存在
シン達の報告を受けたアズールは、すぐに自分の目で確かめようと彼らにダラーヒムのいる関所まで案内させる。彼の側には別の幹部の獣人が寄り添っていた。
どうやらシン達がそれぞれリナムルから離れている間に、獣人族の長を守る空席になってしまっていた幹部の席が決定していたようだ。行方も生死も分からぬガレウスとケツァルの代わりに彼らの座に着いたのは、それぞれの派閥で彼らの意志を受け継ぎながら、次代の獣人族の在り方について変わり始めた者達が選ばれていた。
今のアズールと共に着いてきた獣人はケルムという、ケツァル派の獣人だった者で彼の場合、既に多種族との友好関係を築いていくことに関して説いていた者の一人だった。
故に、ケツァル派は元より次代の考え方に賛同する派閥だったので、ケツァルの席は自ずと次席の者が継ぐことで満場一致したようだ。
反対にガレウス派の派閥では大きな衝突を生んでいたようだった。リナムルがこんな状況になった事で、以前よりは硬い思想は柔らかくなったものの、それでもまだ他の種族の者達を心から信用できていない様子があった。
そんな彼らの手本となり、導く者の姿として相応しいとアズールや一部の者達が推薦したのが、ミアと共に獣の極秘調査へ向かったガルムだったのだ。彼はまだ街に帰還していないので、シン達の前に姿を見せることはなかったが、少しずつ獣人族の間にも新たな思想の風がやってきているようだ。
関所に到着した一行は、ダラーヒムの眠る診療所へやって来ると、そこに確かにいる彼の姿を見て、アズールは目を丸くして驚いた。
「これは・・・確かにあの人間だ。何故コイツだけが戻った・・・?」
「だがよぉアズール、これでガレウスやケツァル達も生きてる可能性があるって事だよなぁ!?」
「あぁ、確かに希望は生まれた」
アズールもダラーヒムの帰還を確認し、他の者達も見つかるかもしれないという希望は感じていたようだが、その割には獣人の男のように喜びを見せることはなかった。
彼もまた思い当たる事があるのだろう。それを確かめるように、アズールはシンにも意見を求める。
「お前はどう思う?これを希望の兆しと見ていいのか、それとも・・・」
何か疑問に思っているといった様子の言い方に、シンは研究所での事を思い出していた、黒いコートの人物に襲われた際、その場にはアズールもいた。そして直接その強さを実感した彼は、死を覚悟してその場に残ろうとしたが、黒いコートの人物はシンとツクヨ以外いらぬと彼を吹き飛ばした。
獣人族の長であるアズールが、油断したとはいえ意図も容易く吹き飛ばされるほどの力に、一行は恐怖心を抱かされた。彼もその存在の事を思い出しているのだろう。
きっとシンにそんな問いをしたのは、あの場に残り、尚且つ無事に戻ってきた二人にあの人物から何を聞かされたのか。それを聞いていたのだろう。
「詳しくは分からないし、確かなことも言えない・・・。ダラーヒムが何かを思い出すことを祈る他ないだろう。それも望み薄かもしれないけど」
「望み薄?・・・何故そう言える?」
現実世界との関連性のある話があった為、黒いコートの人物はそんな彼らを地下に残し、この世界の住人をあの場から退けた。システムだのAIだのといった話は、アズール達には到底理解し得ぬことだ。
シン自身も、彼らを自分達の身に起きている異変に巻き込むつもりはなかったので、その手の話は避けようとしていたが、アズールはシンが何かを隠しているのではないかと話を詰めてきた。
「いや、それは・・・」
「やはりあの時あの場所にいた“奴“が関係しているんだな?」
アズールでなくても、あんな人物の存在を知って仕舞えばそう思わずにはいられなかっただろう。研究所を潰せばそれで解決すると思っていた。もしその上に研究をさせていた組織があるのなら、その者達が動きだすものだと。
だが実際は違った。今回の一件は謂わば、初めから仕組まれていたこと。ゲームで言うところのクエストの一環でしかなかったことになる。それを正常に回すため、黒いコートの人物がやって来たのだ。
シンやツクヨといったイレギュラーの介入により、死ななければならない者と生き残らなければならない者を選別した。それが黒いコートの人物があの場でやった事であると推測できる。
「やっとひと段落ついたと思ったらこれか・・・。俺達の“敵“はまだ他にいる。恐らくそいつは、アークシティの人物かそれに関わりのある者だろう」
アズールは既に研究所のバックに着いている何らかの組織の存在に気づいていた。それが今回の一件の元凶であり、リナムルの研究所はその一つに過ぎないのだと。
「気づいていたのか?」
「あぁ・・・。あんな奴がいたとなれば、それも現実味が増してくる。だが妙なのは、報復が何もないと言うことだ。恐らく研究所が潰されたと言う報告は、そいつらの元にも届いている事だろう。我々のこの状況を見て攻めてこないということは、報復する気はないと考えていいのか・・・。それともいずれやって来るのか?」
「それに関しては俺も分からない。ただ、“奴“は目的を果たした。だから追ってこない。そういうことなんじゃないだろうか」
「目的・・・ねぇ。それがお前達だったと?一体何を話した?俺にもいえねぇことなのか?」
痺れを切らしたアズールが、ついに本当に聞きたかった事を口にした。リフトに乗せられ、シン達と別れた後彼らが何を話していたのか。その中に答えがあるのではないかと考えていた。
「さっきも言ったように、俺にも分からないんだって。アンタ達が地上へ向かった後、間も無くして別の同じ姿をした人物が現れて連れ去ってくれたおかげで、俺達は助かったんだ。それ以上の詳しい話は本当に知らない」
以前の獣人族ならば、シンを捕らえ拷問にかけて吐かせるところだったのだろうが、彼らとてシン達の協力なくして研究所の破壊を遂行することは出来なかったし、アズール自身も生きて帰ることはできなかったかもしれない。
「・・・そうか。安心しろ、お前達を問い詰めるつもりはない。それに、俺達も奴らにこれ以上ちょっかいを出すつもりもない。向こうが手を出してこないのなら、こちらも何もしない。それが俺の答えだ」
最初にアズールや獣人族に会った時とは、印象がガラリと変わっていた。好戦的だった彼らが、元凶を根絶やしにしようとするのではないかとも考えていたシンだったが、思いのほかアズールは冷静だった。
だがその判断こそ、黒いコートの人物が言っていたクエストの一環を担っている展開そのものだったのだ。
いずれ研究所は立て直され、別の事件がリナムルに発生する。そのことにより一丸となっているリナムルは疑心暗鬼になり、種族ごとに仲違いをする。それはまるで、シン達がリナムルを訪れた時の状況と同じように。




