知るべき事、伝えるべき事
暫くしてガルムが連れて来た者達の中には、予想していた通りの獣人族の他にエイリルと同じ種族のエルフと、冒険者ではない風貌の人間がいた。
エルフには人間や獣人にはない魔力の感知や能力があるから分かるが、戦闘能力もなさそうな人間が何故連れて来られたのか。ミアは何よりも先にその人物についてガルムに尋ねた。
「誰だ?コイツは。やり合おうってなりじゃないし、追跡に役立つって感じでもなさそうだが・・・」
するとガルムは、ミアに小さく手招きをするとその人物に聞かれたくないとでもいうように小声で話し始める。
「彼は研究所から連れて来た研究員の一人だ。アズールの命で同行させる事になった」
「アズール・・・アンタらのボスが?何だってそんなことを・・・」
「獣の残党を追うのに役立つ情報を持っているって言うのもあるが、それ以上に研究所で作り出したっていう獣の事について詳しいってのが理由で、俺達はその獣のベースが獣人族だと考えていた。現に研究所を襲撃したアズールも、それを確信してるようだった」
百足男であるセンチやラミア族のエンプサーも、それぞれ異形の姿や本来とは全く別の姿をしていたが、そのベースとなる個体は一匹の何処にでもいるようなムカデと、ごく普通のラミアの一体に過ぎなかった。
何らかの方法で一から作り上げたとも考えられなくはないが、そんなことができるのならセンチやエンプサーのような存在は、研究者としては不完全な存在と認める事になるのではないだろうか。
ベースを必要とするオリジナルの生物ではない彼女らに、地下研究所を任せるだろうか。常軌を逸している者達の考えは分からないが、研究の指揮権を握っている者達が良い意味でも悪い意味でも研究に純粋過ぎる異常者であるのなら、不完全なものは彼らの気に触る存在に成り得るだろう。
或いは、既に完全オリジナルの生物を作り上げる方法を手に入れており、最早リナムルの研究所などどうでも良くなっていたのか。センチやエンプサーは気づいていなくても、あの研究所は見捨てられた施設になっていた可能性もある。
情報漏洩の可能性を見て、始末される対象となっているであろう逃げ出した研究員達には、最早研究所の秘密を厳守するほどの組織への忠誠心はなくなっていた。
「要するに、アズールは彼らを使って獣のベースが何者なのかを探ろうとしている。本当に我々と同じ獣人族なのか。或いは似せているだけで本当は別の何かなのか・・・」
「それを知ってどうする気だ?森に残ってるかもしれない残党を放っておけば脅威になる事には変わりないだろ?いなくなったと思っている者達の面影を、そんな奴らの中に見出そうとするな。知らない方が平穏でいられる事もあるだろうに・・・」
「それは人間の考え方か?」
「あぁ?」
知らなくても良いこと。知らない方が良かったこと。知りたくなかったこと。
それはミアの現実世界での悲劇を招いたものとも言えるのかもしれない。
目指していた場所の為に時間と労力を費やし努力を重ねてきた結果、彼女が手にしたのはどこにでもあるような男女の扱いの違い。そして権力を持つ者による他者への強制や与えられた居場所に閉じ込められるという窮屈な世界だった。
その末に最愛の肉親は自分の存在すらも忘れてしまい、本当に豊かにしたいと思っていた居場所がなくなってしまった事に気づいた時、彼女はこの世界の本当の姿に絶望し生きる価値を見出せなくなってしまった。
知らない方が幸せだった。終着点を知らない方が自らを奮い立たせ、前へと進む原動力にできた。辛いことがあっても、嫌なことに苛まれても、その先にある希望を夢見て走ることができた。
今にして思えば、何も知らなかった時が最も充実した時間を過ごせていたのかもしれない。例えそれが友人と遊ぶ時間を犠牲にしていても、大切な家族と過ごす時間を犠牲にしていても。
「俺達は知りたいんだ。例えそれが残酷な結果であっても、知らずに蓋を閉じてしまう事はできない」
「何故だ!?もしあの化け物がアンタらの嘗ての仲間だったなら・・・。既に何人も自分達の手で殺してきた事になる。きっとその中には、誰かの大切な人もいる筈だ・・・。また憎しみに囚われるかもしれないぞ?」
「俺達が招いた悲劇や後悔というのであれば、それは受け入れるしかあるまい。それを受け入れる事なく、次の者達に真っ新なバトンを渡して仕舞えばまた同じことの繰り返しになるやもしれない。ならば失敗を受け止め、後世に伝えるのが今を生きる者達に残された最後の“出来る事“だ」
ミアは彼の言葉に嘗ての自分の姿を見ていた。苦労の末に行き着いた先で、この世の真実を知ったかのような衝撃を受け、行き詰まってしまった彼女にはその後の事など考える余裕もなかった。
そして彼女には、そんな自分を曝け出せる友人もいなかったのだ。共に勉強をしたり他愛のない時間を過ごす友人はいた。だが、立派になっていると思っている友人に、今の自分の姿を見られるのが怖かった。
失望され見限られるのではないか。自分の元から離れ蔑まれるのではないか。失敗した者として笑い話の種にされるのではないかと、マイナスの思考しか思い浮かばなくなっていき、そんな弱々しくなってしまった彼女の思考は、心身共にミアを蝕んでいった。
そんな自分を捨てたくてWoFにのめり込み、今こうして新たな世界を体験している。だがそれは辛い過去に目を背け、逃げているだけに過ぎなかったのだと悟る。
ここには境遇を同じくし、信頼し合える仲間がいる。この世界で出会った仲間達もいる。過去の話をしなくても、嘗ての自分の失敗や後悔を糧にして、他の者達を前へと押し進める事はできるかもしれない。
ガルムの言うところの、バトンを別の者に託したり話を伝えたりする事はできる。例え未来への道筋を失おうとも、歩んできた道は知っている。それを地図に記し、後から歩む者達に繋げることはできるのだと。
ただ、自分の気持ちを受け入れるだけで何かを生み出せると言うことを思い知らされた。
「例え・・・それが絶望や失望といったバトンであっても・・・。伝える価値はあると?」
「価値を見出すのは我々ではない。それを受け取った者達だ。もしかしたら、彼らには今の我々が滑稽に見えるかもな・・・。初めから協力していれば、こんな事にはならなかったのにってな・・・」
「惨めに思ったり恥ずかしいて気持ちはないのか?」
ミアは率直に、かつて自分が抱いていた気持ちを彼に尋ねる。ただ手を取り合う。そんな簡単なことさえ、種族の壁やプライドが邪魔して出来ず、こんな事態を招いた事に対して、そんな失態を知られることに抵抗はないのかと。だがミアの質問に、ガルムは笑って答えた。
「ははは!そりゃぁあるさ。惨めでみっともないとも。でもそれも、生きてる間の事さ。我々の命がある時間など、星の命の時間に比べればちっぽけなものだ。それも、何処の誰かも知らぬ小さな命の一生なんて尚更さ」
「そんな風に考えたことはなかったな・・・」
「我々にとっては大きな一大事だが、いつかそれも笑い話になる。そんな未来を導く為にも、埋葬になっている真実は公の元に晒さなくては・・・。例え嘗ての友人や恋人をこの手で殺めてしまっていたとしても、きっと彼らも見つけてもらいたいと思ってる筈だ・・・」
決心とも思えるガルムの言葉は、まるで自分に言い聞かせるかのように、これまでの真っ直ぐな言葉に比べて少し震えていたようにも感じた。




