深みへの一歩
リナムルで行われた多種族による集会にて、研究所から救出した職員達の処遇は街の復興と発展、そして情報の開示と技術力を用いて協力する限り、街での生活を許す形となった。
研究員の中に非協力的な者はおらず、皆快く街の復興に協力した。元から望んで地下研究所へやって来た訳ではなかった彼らは、突然左遷されてやって来た森の中の研究所で強制的に研究と実験を強いられていたようだ。
故に組織への忠誠心など今となっては無くなっており、野に放たれ自由の身になる事で刺客に襲われる危険性を考えれば、彼らと共にここリナムルで生きていく方がよっぽど安全に暮らせると判断したのだろう。
初めの内こそ蟠りのあった彼らだったが、研究所で身につけた技術知識は獣人族やエルフ族、そして戦闘能力を持たないリナムルの人間達にとって、これまで以上に便利で豊かな暮らしをもたらす事となる。
会議が終わり、仲間達の回復が済んだ冒険者一行は、ギルドの迎えの部隊を待ち、行商人らと共に森を抜ける事となった。その際、ここでの一件は他言しないという契約を結んだ。
今回の一件が外部に漏れれば、その話が広まった街も報復の対象になりかねない。家族や仲間、友人達や故郷の者達を危険な目に合わせたくなければ、ここで聞いた話や一連の出来事について、むやみに言いふらさない事だ。
だが実際は、彼らがそんな事を危惧する必要もなかった。後にシン達は、ツバキやアカリの口から知らされる事になる。彼らがリナムルを離れ森を抜ける頃には、すっかり森の中での出来事が記憶の中から消え去ってしまっているという事を。
それなら何故シン達はそれを知ることができたのか。それは彼らがこの世界の住人ではないからだった。
森の外との連絡を取り、ギルドの増援を依頼した冒険者の者達と商業人。到着までには数日掛かるとの事だった。それまでの間、獣人族やエルフ族らと共にリナムル再建に手を貸す事となる。
シン達も次なる目的地と今後の行動について話し合っていた。黒いコートの者達は、シン達がこの世の者ではない異形の存在であることを知っているようだ。ならば今後の行動次第では、彼らを始末しにやって来ることが予想される。
ツバキとアカリ達は街へ繰り出し、その好奇心を満たし充実した時間を過ごしていた。一方、今回の一件で大きな功績を立てたシンとツクヨ、そしてミアは特別に貸し出された客室で彼らにしか分からない話をしていた。
「どうする?このままアークシティへ向かうのか?自ら深みへ足を踏み入れると・・・?」
「危険は伴うけど、このままこっちの世界でずっと暮らしていられる保証はどこにもない。こっちでの死が現実にどんな影響を及ぼすのかは分からない。いつ来るか分からない“終わり“を待つよりも、真相を知って最善を尽くしたいと俺は思う」
現実世界でWoFのユーザーがモンスターに襲われ消滅する事を知っているシンは、異世界からやって来たというイーラ・ノマドであるイルのデータ化された身体やその存在の事を知り、何かの拍子で自分達の存在がウイルスやハッキングによって消えてしまうのではないかと考えていた。
「私は正直なところ、危険を冒したくはない・・・。家族を・・・妻と娘を見つけるまでは死ぬ訳にはいかない。その為にこの世界に来たんだからね。でも待っていてもいずれ消えてしまうというのなら、この現象の真実を探っていくこともまた、家族を見つける為の近道になるのかもしれない・・・」
「どの道、じってしていても今の不確かな状況は変わらないんだ。その黒い衣を纏った奴らを探すしかないだろ。そうと決まれば、アタシらも行商人らと一緒にここを出た方がいい」
個別にリナムルを離れ森を出るよりも、この世界の住人達と一緒に行動を共にした方が安全だと判断した一行は、冒険者ギルドの増援を待ちリナムルを離れること決める。
それまでの間、アズールやエイリル、そして協力してくれたエルフ族や人間達と話し、近隣の情報や使えそうなアイテム、技術などの習得を進めながらリナムルの街にあるクエストを各々消化していく事となった。




