表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World of Fantasia  作者: 神代コウ
1117/1694

被検体の日誌

 休息を勧められたシンとツクヨは、暫くの間は彼の言葉に甘えリナムルで身体を癒すことに専念する事にした。だが、ただじっとベッドの上で寝ているのも落ち着かなかったのか、研究所の者達が持ち出した資料を一部読ませてもらう事にした。


 彼らとて、地下研究所で行われていた実験や研究に全く興味がなかった訳ではない。WoFのユーザー視点や現実世界の者としての知識から、何か得られるものがあるかも知れないと、まとめられた資料に目を通していた。


 中には被検体の治療や、実験の段階で死んでしまった者を生き返らせる蘇生魔法に関するデータや、それを読み解くことでスキルを習得できる“スキルブック“に似た効果を持つ物も混じっていた。


 シンやツクヨは、クラスの関係上習得することはできないが、アカリやミアの錬金術には何らかの足しになるかも知れない。何とか今回の一件での功績を後ろ盾にして拝借できないかと、冗談まじりに談笑を交えながら穏やかな時間を過ごす。


 するとその中で、ツクヨが一際興味の引かれる書物があった。一見して普通のノートのようにまとめられた書類の束にしか見えなかったが、何故か彼はそれを手に取らずにはいられなかった。


 中身を読んでみると、それは一人の人物の胸の内を明かした日誌のような者になっていた。どうやらその人物は、研究所内で実験体として扱われていたらしく、それを書いていた時点では既に実験体としての立場から逃れ、研究所を飛び出した後のようだった。


 その者の名前はローズと記されていた。彼女は一人の研究員と共に施設を脱走し、当てのない旅をしていたそうだ。追手から身を隠しながらの生活だったが、外での暮らしは研究所にいた時とは比べ物にならない程美しく、まるで夢のような時間だったと記されている。


 彼女は共に施設を逃げ出した研究員の人物に、想いを寄せているようだった。だが、実験体であった彼女にはそれが恋だと認識することは出来なかったようだ。彼を思う気持ちに戸惑いながらも、そんな時間を送れることが

嬉しくて楽しいと綴られていた。


 書かれている言葉選びや難しい字を使用していないことからも、まるで少女の心の成長模様を見ているようで暖かな気持ちになるツクヨだったが、その日誌を読み進めれば進むほど、彼女らの逃避行に暗い影がかかりつつあるのが読み取れた。


 逃走する中で彼らは追手に捕まり、別々の場所に監禁される事になったようだ。そこで彼女は施設の者達に薬物を投与され、徐々に自我が破壊されていった。そして最後には、想いを寄せる研究員に対しての謝罪と感謝の気持ちが、辿々しい文字で必死に書いたのであろう事が伝わってくる。


 彼女とその研究員の逃避行の日々はそこで途絶えていた。恐らくここまでが彼女自身が記した日誌だったのだろう。その後に綴られてたのは、それを発見した施設の者と思われる人物の、被検体ローズに対する実験とその過程の記録だった。


 唯一の救いは、彼女の身柄とその日誌を手にした施設の研究員が、人の心を残していた事だろう。その後の記録によれば、彼女と研究員は仲違いをするように殺し合いをさせられたが、研究所に連れ戻された後、研究員は別の実験の被検体として特殊な能力を与えられ、別の生命体として生まれ変わり、彼女は人としての扱いを受けながら、緩やかにその生命に終止符を打ったと記されている。


 研究所で行われていた意思と記憶の研究を使って、彼女が意思を持ち始め人生を歩み始めた時からプラスになった記憶だけを残し、他のものを全て排除する実験と称して研究を進める。


 しかし、彼女の命は度重なる実験と薬物の投与に耐えきれず弱っていった。最期に何か残すことはあるかと尋ねると、彼女は“ウィルとの記憶が私にとっての一番の宝物だった“と言い残し、ローズという意思はその肉体と共に終わりを迎えた。


 ローズという一人の意思が辿った運命の記録を読んだツクヨの目からは、自然と涙が溢れていた。彼の感受性が豊かであり、彼女に感情移入したこともあるだろうが、それ以上に彼の中にある彼とは別の意思が、その彼女の日誌に込められた想いに反応していたのだ。


 「ん?どうしたんだ、ツクヨ」


 シンに涙を見られたツクヨは急いで目を拭い鼻を啜る。


 「いや、何でもない。・・・何でもないよ」


 「・・・そっか」


 彼も深くツクヨに尋ねることはなかった。


 ツクヨの中で彼の手にした日誌に反応していたもの。それこそ行方をくらましていたダマスクの意思だった。しかし彼はエンプサーによって強制的に呼び起こされたツクヨのもう一つのクラス、デストロイヤー を抑制する為にその力を使い果たしてしまい、ツクヨの中から出られなくなってしまっていた。


 彼はそこで、ローズと同じくダマスクとしての意思を失い、ツクヨの中に眠るもう一つのクラスを抑える概念として残された。狂気の衝動に飲み込まれる彼を守る優しい心の力として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ