知る権利
折角現場へ足を運んだものの、何の手がかりもないまま時間だけが過ぎていく。大方の予想をつけたアズールだが、相手の一切の情報がない。これ以上ここで調べていても何も出てこないと踏んだ彼は、偵察隊の者達にリナムルへの帰還の指示を出す。
「もういい、調査はここまでだ」
「だがアズール、まだ何も掴めていないぞ?ガレウスやケツァルの消息も・・・」
黒い衣を纏った人物の存在を知らない偵察隊の者達には、アズールが何故何の手がかりもないままアジトへ戻ろうと言い出したのか理解出来なかった。誰よりも仲間達の行方を確かめたい気持ちが強かったのはアズールの筈。
しかし、そんな彼が一番早く諦めてしまったのだ。
「何か思い当たることでも見つかったのか?」
冒険者の言葉にアズールは地下研究所で出会った、黒い衣を身に纏った人物の話を語った。体格こそ人間の中でも小さめの容姿をしていたが、何倍もあろうかあというアズールの身体を触れもせず軽々と吹き飛ばしたのだった。
その一撃だけでも、アズールはその者の底知れない力に死を覚悟した程だった。どうやってそんな強者から逃げ出せたのかと問われると、彼はシンとツクヨの名前を上げた。
「あの者達がそれ以上に強かったと!?」
「いや、そうではないみたいなんだが・・・。詳しくは俺にも分からん。だがその人物ならば、この状況を容易に作り出せるかも知れない。そう思ったんだ・・・」
「そんな者の存在が本当に・・・?」
アズールの実力は獣人族の者達でなくても、この一件に関わった者なら誰でも知っている。彼らを襲った獣達を一人で相手に出来る者など、アズールとガレウスくらいのものだった。
そんな彼がても足も出せずやられてしまったと聞き、この調査の先にそんな人物が控えているとなると、誰も深入りなどしたいとは思わないだろう。
未知の存在の話を聞き、一気にお通夜のような空気になる一行に再びアズールはリナムルへ戻ると口にする。事情を知った者達で、彼に再び質問をする者はいなかった。
ここに残った者達が何処へ消えたのかは分からない。もしかしたら死んでしまったのかも知れない。それでも、まだ確定事項ではないことから、過去に拐われたミルネ達の時と同じように、何れ彼らの元へ戻ってくることを信じて待つしかない。
調査の為、広げていた道具をしまい彼らはリナムルへと戻っていく。
一方、研究員達を連れてリナムルへ向かっていたシン達は、特に進行を妨げられる事もなく無事にアズールから言われていた通りにリナムルへと帰還した。
リナムルで周囲を警戒していた獣人達からは、白衣を身に纏った者達を連れた一行が一瞬敵に見えたようで警戒されたが、先に戻っていたエイリルが彼らを静止させ事情を説明すると、中へと迎え入れてくれた。
しかし、研究員の者達は何をしでかすか分からなかった為、両手の拘束を強制されていた。これに関しては仕方のない事だろう。初めてリナムルへやって来た時のシン達に比べれば、随分と緩い歓迎と言えるだろう。
知らずとはいえ、行ってきた所業を考えれば命があるだけマシだろう。救出の際に怪我を負った者は仮設の診療所へ案内され、回復魔法や薬による治療を受けていた。
「アズールがこの者達を助けたのは、正直意外だった・・・。俺も説得するような言葉を残してはきたが、まさか本当に連れ帰るとは・・・?それで当の本人はどうした?一緒じゃないのか?」
「途中で偵察隊と合流して。ガレウス達の生存が気になって一緒にあのポータルのあった場所へ向かったよ」
「そうか・・・。俺も話は聞いている。・・・凄惨な光景を見て、心を壊さなければいいが・・・」
「彼なら大丈夫だよ。そんなに弱い人じゃない。それにきっと・・・覚悟もしてるはずだよ・・・」
共に戦ったツクヨだからこそ、アズールの精神的な強さにも信頼を寄せていた。
「そうだな・・・。お前達も疲れただろ?今はゆっくり休め。警戒は皆でしているから安心してくれ。それと研究員達の持ち出した資料だが・・・」
そう言ってエイリルが取り出したのは、研究所で行っていた実験や研究の結果や報告書などだった。その中身は地下で行われていた非人道的な研究の全てが記されている訳ではなかったが、今後の彼らにとっても重要となることが記載されていた。
「これらの情報な、種族関係なく皆で共有する事にした。アズールの指示はないが、誰もが知る権利があるだろう。何故こんな目にあったのか。その末にどんな事が起こり、奴らが何を目指していたのか・・・」
誰もがそんな事を知りたいと思っているとは限らない。しかし、エイリルの言う通りここにいる者達は、自分達やその仲間の命が何に使われようとしたのか。何の為の研究だったのか知る権利がある。




