無知なる者達への処遇
エルフ達が作り上げたポータルへ入る数分前。地下研究所に仕掛けてきたダラーヒムの爆弾を起爆する装置を手に、誰がスイッチを押すかという話をシン達はしていた。
距離が空いてしまっては起動は出来ないのだという。彼らの居る研究所のエリアが何処にあるのかさえ分からず、ポータルへ入ってしまっては起爆することは出来ない。
どのくらいの規模の爆発が起こるのか想像がつかない中、爆発に巻き込まれないための能力を考慮すればシンが適任かもしれない。または宝剣・布都御魂剣による想像した空間を自身に反映する力を持つツクヨも、爆発の影響を回避するという点では適していると言えるだろう。
しかし、このリナムル関連の出来事の渦中にいたのは彼らではない。当事者ではない彼らが終止符を打つ最後の一手を加えるというのも締まりが悪い。
当然、話し合っていた彼らもそれを念頭に置いて話を進めており、皆が一様に推していた人物がいた。それは獣人族の長であるアズールだった。戦闘による疲労やダメージを抱えているとはいえ、ポータルに入るだけならそれほど危険性もない。
話はすぐにまとまり、最後の起爆のスイッチを押す大役を任されるのはアズールで決定した。それは同時に、彼が最後にポータルを抜けるということになる。
そこでとある疑問をツクヨが投げかけた。研究所を爆破するにあたり、研究所内の研究員達はどうするのかというものだった。今も尚逃げ惑う彼らをポータルへ誘導し救うのか。それとも非人道的な許されざる研究をしていた一派として、彼らごと研究所を爆破するのか。
元々の目的は研究所を排除し、これ以上非道な研究をさせない為、この事件に終止符を打つ為にやって来た。徹底するのであれば、研究所の関係者は極力始末しておくに越した事はない。彼らが生き残っていれば、いずれ巨悪の根源であるアークシティの研究者の元に逃げ果せ、再び別の場所で卑劣な研究がなされることもあるだろう。
人員を失えば研究も滞るかもしれない。事件の当事者ではないシンやツクヨは誰彼構わず爆破し、大勢の死者を出すことには乗り気ではなかった。これは彼らの暮らしていた、紛いなりにも平和だった世界での生活がそういった思考に影響を与えていたのだろう。
無作為に殺す事はない。救える命は救うべきだ。それは最もな思考であり正しい事なのかもしれない。だが、実際の生命の感情というものはそう簡単なものではない。
誰もがそんな考えで生きている訳ではないのだ。あれが正しい、これが正しいで生きているのなら、世界に悍ましい事件や犯罪は生まれないだろう。そこに何かしらの、本人にしか分からない感情や考えがあるからこそ、思考を持つ生命の中には奇行と呼ばれるような行いをする者達が現れるのではないだろうか。
一族や仲間達が受けた痛みや苦痛を考えれば、アズールやエイリルがそんな研究の関係者に慈悲を掛けるようには思えない。シンやツクヨとて、仲間を殺されて黙っていられる自信はなかった。だからこそ、アズールらに無駄な殺生は良くないと進言することが出来なかった。
話に結論はつかず、一同はその判断をこの研究所爆破のリーダーであるアズールに委ねることにした。彼もそれで異論はない様子だった。ただ、それ以降彼の口数は減っていた。
そして、逃げ惑う研究員達を尻目にいよいよ一行は研究所のエリア内からの移動を始める。未だ判断に迷っている様子のアズールの方を一度振り返るシン。彼と目が合う事はなかったが、決着をつけるのはあくまで彼らなのだと割り切り、これ以上足を踏み込むべきではないとシンは先にポータルの中へ入り、移動先の安全の確保を行う。
続いたツクヨも、特に言葉を送る事なくシンの後を追っていった。暫く間を空けて向こう側から安全を確保したという合図を受けると、囚われていた者達が順々にポータルの中へと身を投じていく。
「アズール、迷うことはないぞ。お前の判断で決めていい。俺も奴らは憎い。全員が例の研究に携わっていたかどうかは分からないが、それでも何も知らず手を貸していた者達だ。無知でいるという事は、それだけで悪事に加担するようなものだ」
「・・・・・」
「疑問に思うこともあっただろう。それでも奴らは追求することなく、ただただ自分の事を優先した。知るべき真実に目を背け、真っ直ぐ自分の意思を貫いたのが奴らの罪なんだ・・・」
エイリルはシンやツクヨ、そして何より囚われていた者達が移動しいなくなった後、胸の内をアズールに語る。彼も研究員達を許してはいなかった。だが一行を先導し、非道な実験を行う研究所を崩壊へと導いたリーダーとして動いたのはアズール。そんな彼の功績の最後の一手として、彼らに報復を与えるか罪を償わせるかの判断を委ねた。
何も言わぬアズールに、エイリルはそのままポータルの中へと入っていった。最後に残ったのはアズールのみ。ポータルを作り出したエルフ達も向こう側へと渡り、あとはアズールが移動したのを確認してポータルを閉じるだけだった。
しかし、アズールはすぐに移動してくる事はなかった。救出した者達をリナムルの避難所へ送り届けるため、エイリルが一行を先導してリナムルへと向かう。
シンとツクヨ、そして妖精のエルフ達はアズールの移動を待ちながら、万が一敵がポータルを利用してくることに備えながら、彼の帰りを待った。
「アズールはどうすると思う?」
先に胸の内に秘めていた思いを口にしたのはツクヨだった。シンもツクヨも、なかなか戻らないアズールの心境を想像し、彼がどう動くのかを考えていた。無論、彼の考えている事など分からない。
それはアズールと行動を共にした時間や共に戦った時間、種族の違いなどは関係ない。ただ自分が大切な者達を奪われたのなら、それを知らなかったからとはいえ奪った者達を許せるかどうかと考えていた。
「分からない・・・。でももしみんなが殺されたら、俺は復讐するんだろうなって思った」
「そっか・・・そうだよね・・・」
シンは身近なところでミア達の存在を想像した。もし彼らが何者かに殺されたら、シンはきっとその相手を許せないだろうと口にする。そしてその架空の相手に思い浮かべたのは、シンが心の奥底で最も警戒し恐怖を感じる黒い衣に身を包んだ謎の人物達だった。
一方のツクヨは、自身の家族の事を思い浮かべていた。妻や娘が殺されたら自分ならどうするだろうか。それは必然的に、彼が現実世界で行った行動を思い出すことにも繋がる。
ショックで記憶を失った彼の本当の記憶。凄惨な出来事の後、自分は一体どうしてWoFの世界へとやって来たのか。本当に妻や娘を探しにやって来ただけなのだろうか。




