懐かしい記憶と真相を知る者
黒いコートの人物は、吹き飛ばされた二人の内、迷う事なくシンの方へと歩み寄る。追撃を加えるでもなく、壁に衝突した事による痛みに悶えていたシンのすぐ側で、その人物は彼の辿って来たWoFの世界での出来事について話し始めた。
「君が最初にクリアした大きなクエスト。確かグラテスって村でのアンデット事件。召喚士メアによる序盤のクエストにしては不釣り合いの高難易度だった筈。クエスト自体が色んな条件下の中で難易度を上げてしまうことはたまにあるんだ」
その人物から語られる話は、この世界でもシンやツクヨのように現実世界からやって来たWoFユーザーでなければ分からない話だった。これをアズールやエイリルが聞いた所で到底理解できるような話ではないだろう。
自分が生きている世界が本当の世界であり基準の時間軸、次元であると思い込んでいる者達にここは異世界であると説明しても、受け入れられる筈がない。それを証明する術も証拠もなければ、理解することも異変を異変と認識することも無い。
この世界の事についてあまり知識のないツクヨですら、今シンが聞いている話の内容を全て理解するのも難しいかもしれない。彼らにとってここはWoFの世界であり異世界。だがそこには生もあり死もある。
痛みや苦痛だってあり、全てがゲームやフィクションだとは思い込めないでいる。故に彼らとて、こちらの世界での“死“が何をもたらすのか。そこに恐怖を感じていることは間違いない。現実の世界と同じなのだ。
シンに語りかける人物は、彼らが乗り越えてきた出来事がWoFという世界でのクエストであり、異常な戦闘力を有している人物や国や街に巻き起こる緊急事態などは、人工知能による自動生成の中で生まれたエラーであるかのように語っている。
しかし、シンはそれ以前にWoFというゲームの中で、これまでに体験して来たようなクエストなど一度も経験した覚えがない。それどころか、様々な場所で耳にする国や街の名前などを聞いても、確かにWoFのものだと断言できる確証が一切なかったのだ。
彼の記憶に起きている異変すらも、この世界や異変が与えるエラーだとでもいうのだろうか。
「難易度・・・?あのメアの召喚獣も、彼の錬金術も・・・?」
「そうだよ。あんな辺境の村でベヒーモスなんて召喚できる召喚士が居るはずがないんだよ。メアは異常に成長してしまったシステムのエラーが生み出した“バグ“ってやつさ」
「どうしてそんな事が起こってる・・・?」
「順当に考えるのであれば、あのクエストによって命を落とした冒険者が多かったせいで、メアというクエストの重要人物が成長してしまったからだろうね。でもそんなバグが起こる前に、僕達が正常に戻しに行ってる筈なんだよ。元の難易度に戻るようにね」
メアは過去に黒いコートの者達を目撃している。そしてその内の一人と戦闘になり敗北している。
シンに語りかける人物の話が本当なら、その時点で異常な能力を身に付け始めたメアは、その男によって始末された事になる。或いは元の難易度に戻るように調整を施されたか。
だがメアは生きておりその後も成長を続け、シンとミアを圧倒する力を身に付けていた。
「お前達は何者なんだ?」
「君が知る必要はないよ。僕はね、これまで生きてきた君の“記憶“に用があるんだから・・・」
そういうと、男とも女とも分からぬ彼は蹲るシンの頭にそっと手を乗せようとする。記憶に用があると言うのだ。何かしらの能力によってシンの頭に触れれば、彼の記憶を読み取ることが出来るのだろう。
思っていた以上にその人物に吹き飛ばされたダメージが身体に残っている。或いはそもそもダメージというものでも無いのかもしれない。
異世界の事やこの世界のクエストの事、AIによって自動生成されるWoFのクエストの仕組みを理解し、あたかも自分達がその調整を行なっているような口ぶりから、この世界を作り出した者達の関係者である可能性がある。
今、シン達のおかれている状況や現実世界で起きている異変など、この人物ならシン達の知り得なかった真実を知っているかもしれない。
何とかして彼を拘束出来ないかと身体を動かそうとするも、シンもツクヨも全く動けなかった。彼の手がシンの頭部に触れようとしたその時。彼らのすぐ側の空間が歪み、何者かが邪魔に入った。
「ッ!?」
突如現れた何者かの気配を感じ取った黒いコートの人物は、シンから離れるように飛び退く。空間の歪みから現れたのは、短剣を振り抜くもう一人の黒いコートの人物だった。
「・・・誰だい?近くには僕達三人以外の気配はなかった。ましてやこんなに一瞬にして現れる事ができるなんて・・・。それにその格好は何?」
「まだ生きていたようだな、シンとやら・・・」
「ッ・・・!?」
シンはその男の声に聞き覚えがあった。それはキングの船で出会った黒いコートの男の二人組。シンとデイヴィスが戦った男ではない、背の高いコートの男の方の声だった。




