巨獣住まう大穴、決着
毒を撒き散らすムカデに命中していた風の弾は、中に液体を留めたままエイリルの元へと戻っていく。中には薄黄色の液体が含まれており、彼はそれを自身の体内へと魔力の管を生み出し注入していく。
「何だ?何をしている・・・?」
「研究マニアなら分かるんじゃないか?“血清“だよ」
血清とは、その生物が持つ免疫や抗毒素といったものを用いて、病気や毒への抗体を得られるといもの。
しかし実際には、抗原と抗体の免疫複合体となって正常な血管壁へと付着し、腎臓や関節組織に影響を与えてしまうことから、血清病なるものが多発してしまっていた事例もあるようだ。
そして抗体を作ると言うと聞こえはいいが、多く摂取し過ぎるとこれもムカデの毒と同じくアナフィラキシーショックを起こしてしまい、死に至る事もある。
故に分量や知識がないと逆に自らを危険に晒す行為になる。エイリルはどこでそんな知識を身に付けたのか、ムカデから採れた血清を自分の体内に注射する事により、毒の液を克服して見せたのだ。
「血清・・・?血清だと!?何故そんな知識を・・・」
「森に生きるもの達は、自分の身を守る為に様々な方法を駆使して生き残ってきた。中には毒を用いて他種族からの攻撃から身を守っていた生き物達もいる」
エイリルのような人間サイズの大きなエルフ族は、狩猟や採取をする種族であり、トリカブトなどの毒を用いた弓矢による狩猟なども行っていたという。そういった毒を扱う機会の多かった彼の種族は、毒に対する知識も豊富に持っていたのだという。
「毒の知識は、我が種族が長らく培ってきた技術と知識の賜物だ。そして抗体を得た俺に、もう毒による攻撃は通用しない」
「ふんッ!その程度で得意げになるなよ。それならそれで、こっちにも別の戦術がッ・・・!」
言葉を続けようとしたセンチの身体を掠める痛み。視線を落としその箇所を確認するセンチは、自分の身体に刻まれた切り傷と滲み出す血液を目にする。再びエイリルの方へ視線を戻すが、彼が何か動きを見せた様子は見受けられなかった。
何処から来たのか、何による切り傷なのか分からぬまま、今度は狩人が狩られる側へと転じたような心境と状況へと一変する。
「どうした?何かあったか?」
「お前・・・何をしたッ!?」
毒による雨を防ぐ必要性がなくなったエイリルは、再び水を得た魚のように羽を広げ大穴の中を飛びながら、切断したムカデの足を風で操り周囲に浮かばせていた。
「また風をッ・・・」
「もう防御に徹する必要もなくなったからな。今度はこっちの番だッ!」
腕を前に突き出したエイリルは、風の魔法で浮かせた無数のムカデの足をセンチに向けて撃ち放つ。確かに速度はあるものの、視認出来ないほどのものではない。そもそも物が大型のムカデの足なので、太めの槍くらいには大きく避けきれない事はないといった様子。
センチは素早い身のこなしと、大穴の外壁から呼び出したムカデに袖から放った触手を絡ませる事により、森で木の蔦を使った移動をするかのように、器用にエイリルの攻撃を躱していく。
だが、目では完全に避け切れるように移動しているのだが、いつの間にかセンチの身体には先程と同じように見知らぬ切り傷が次々に増えていった。
「クソッ・・・!なんだ!?避けてるのに何故食らうッ!?」
戸惑うセンチに対し、エイリルは多くは語らなかった。どうやら彼はこれで決着をつけるつもりらしい。狙いを定めた彼の攻撃は、目標であるセンチに当てる気がないのかという程簡単に避けられている。
時折ムカデの足に混ぜて自身のナイフを織り混ぜる事により、視覚的にも視認しずらい工夫を用いてセンチを追い詰める。しかし彼も防戦一方という訳ではなかった。
距離を開ければ無数に遠距離攻撃を仕掛けられると考えたセンチは、意を決して撃ち放たれる投擲の中をムカデの装甲で身を守りながらエイリルの頭上へと飛び込んでいった。
そして攻撃を防ぎ切ったムカデを袖から落とすと、飛びかかる勢いのまま新たなムカデの頭部を袖の下から撃ち放つ。強靭な顎へと変貌したその特異なムカデは、毒など生ぬるいと言わんばかりに刃のように鋭い両牙を輝かせ、エイリルの首を狙う。
センチの突き出した腕とムカデの刃がエイリルの首を捉えるかと思った刹那。彼の腕はその袖に隠したムカデごとエイリルの頭上へと舞った。一瞬の出来事に険しい表情を浮かべていたセンチは、何が起こったのか分からないといった呆けたものへと変わる。
次第にセンチの視線は斜めに傾いていき、まるで無重力になったかのように軽くなる。彼はエイリルにトドメの一撃を与えることは出来ず、そのまま宙で身体をバラバラに刻まれていた。




