風の守りと毒の雨
しかし、流石のエイリルも押し寄せるムカデの数に近づくことが出来無くなってしまっていた。彼の攻めの手が緩んだ隙に、センチは壁から離れエイリルへ向かって行くムカデに飛び乗ると、身を屈めながらムカデの相手をしているエイリルへ近づく。
そして射程圏内に獲物を捉えると、その場で足を止め袖からムカデの触手を着地に合わせて撃ち放った。完全にエイリルの死角を突いた一撃。風の魔法により空中で動きを変える彼であっても、着地のタイミングを見計られては避けようがない。
だがエイリルのそれは自らの動きをサポートするだけのものではなかったのだ。彼の纏う風は、術者に近づけば近づく程、身体の動きをサポートできるくらいの風力を持ち、逆に外側の風は周囲からの攻撃を読み取り、僅かに軌道をずらす働きをしていたのだ。
一見したらエイリルの空中での動きをサポートしているようにしか見えなかった術に、センチはまんまと騙された。それに気がついたのは、自身の撃ち放ったムカデの軌道が、狙いと違うところへ逸れていった事によってだった。
「なッ・・・!?馬鹿な!狙いは確かだった筈・・・。何故それが当たらねぇ!?」
「見えてるんだよ。特にお前のように姑息な奴の動きはな」
センチの撃ち放った触手を剣で切断すると、エイリルは目標を変え彼の元へと飛び掛かる。そして足場ごと切り伏せる鋭い剣技を見舞うも、センチは辛うじてこれを回避。
すれ違う瞬間、エイリルの纏う風を肌身に感じたセンチは、それが彼を守る為のものであり、彼以外のものに対しては容赦なくその牙を向けることを身をもって知ることになる。
彼の風はセンチを遠ざけるように吹き遊び、ムカデの上から押し出すようにセンチの身体を大穴の奈落へと突き出した。足を滑らせ落下したセンチは、反対の腕の袖から触手を伸ばし、壁から突き出たムカデに触手を突き刺し落下を免れる。
「なるほど・・・。あれが奴の空中での動きを実現してるのか。それにそれだけじゃねぇ。周りのありとあらゆるものを近づけず、気配まで読み取るのか・・・。まずはあれを何とかしねぇと・・・」
距離をおき、風の守りを崩す為の算段を練ろうと時間稼ぎをしだすセンチに、間髪入れず畳み掛けるエイリル。切断したムカデの身体を次々に飛び渡り、センチとの距離を瞬く間に詰める。
「チッ・・・!ちょこまかとウゼェんだよッ!!」
逃げる暇さえ与えないエイリルの怒涛の攻めに、センチはこれまでとは趣向を変えた攻めへと転じる。
触手を大穴の外壁の方に突き刺すと、縮小し巻き取られる前に少しでもエイリルの足止めをしようとしているのか、辺りに散らばるムカデの残骸を他のムカデ達に拾い集めさせ、一斉に投げてよこした。
だがその程度ではエイリルは止まらない。彼の接近を拒むように、壁から突き出したムカデ達を外壁から這い出てくるよう命令を出し、大穴へ身を投じさせる。足場を無くしても、エイリルには羽がある。
壁から突き出したムカデの足場から飛んだ彼は、自身の纏う風とエルフの羽で逃げ惑うセンチを追いかける。宙を舞うムカデの残骸の中を飛び抜けるエイリル。するとその残骸は、突然液体を撒き散らしながら爆散し始めたのだ。
「ッ!?」
爆破の風圧により僅かにバランスを崩したエイリルは、思わずその場を離れるように後方の足場となるムカデの切断された身体に飛び移る。
見下すセンチと見上げるエイリル。戦闘が開始した時とは真逆の構図となるが、どちらにも余裕の表情はない。センチの爆撃によりエイリルの纏う風の気流が乱され、思うように飛ぶことも出来ず、移動が妨げられていた。
だが風圧の影響を受けるのはセンチ自身も同じことだった。近くまで近寄られたのを振り払うため、先程をやむを得ず互いの間に残骸を投入し爆破したことで、その被害は自分にも及んでいたのだ。
吹き飛ばされる身体を、外壁から現れたムカデの身体をクッションにし受け止める。その後は触手を巻き上げ外壁へと到着したセンチは、後退したエイリルへ視線を向ける。
彼の身体は何かが付着したように濡れている。それを見たセンチはまるで勝利を確信したかのように、口角を上げて不気味な笑みを浮かべた。
「そいつに触れたな?」
「何を言って・・・!?」
自分でも気づかぬ内に装備が濡れていることに気がつくエイリル。よく見ると、その濡れた箇所は鉄で加工された防具を溶かしていた。彼の浴びた液体はただのムカデの体液ではない。強力な毒素を含んでいたのだ。




