改造の成れの果て
リフトへ戻る際は、アズールと共に潜入した時のように姿を偽る事はせず、エルフ達を逃した時のように物陰に隠れながら進んでいく。
リフトで戦った百足男ことセンチの一件を考えれば、地下にはセンチの他に別の戦闘員が待ち構えている事を予想していたエイリルは、その時の為に魔力を温存していたのだ。
そして漸く戻って来た彼は、扉の向こうにリフトの無い光景を目にする。巨大生物によって地下へ運ばれていた構造を知ってから目の当たりにすると、初見の時とはまた別の不気味さを感じる大穴だった。
真っ暗で何も見えない深淵に視線を向けるエイリル。地下へと降りて行った巨大生物は最深部まで到達したのだろうか、彼のいる位置からは移動する音すら聞こえてこない。
「・・・大丈夫、行ける・・・行ける。俺は行けるッ・・・!」
奈落へと通じているかのような大穴を前に、足のすくまない者などいるのだろうか。エイリルは無音の大穴を、壁沿いに飛び降りいつでも巨大生物が登って来ても避けられるように対策を取る。
エイリルはエルフの羽を広げ、落下の速度と位置を微調整しながら闇の中へと身を投じる。どこまで落下するかも分からない中、歴戦の戦士であっても心を飲まれてしまいそうになるのを耐えながら、聞こえてくる音と気配にも気をつけていた。
その頃、シン達を倒したと思い込んだ百足男のセンチは、彼らの身体をエンプサーの眷属に引き渡し、巨大生物の待つリフトへと戻り、再び地上へと上がって行く。
「ったく・・・面倒事は全部俺にふっかけやがって。その上実験体まで奴の物かよ・・・。まぁだが、アイツはエルフの事は知らねぇようだしぃ?そっちは俺が頂いちまってもいいよなぁ?」
するとセンチはリフトから抜け出し、巨大生物の体表へと姿を表す。まるで体内から皮膚を突き破り現れる寄生虫のように巨大生物の中から出てきた彼は、大穴の外壁へ向けて、袖からムカデの身体を伸ばす。
先端を壁に突き刺すと、ワイヤーアクションのようにムカデの身体を伸縮させて、上方へと飛び上がって行った。
「もう待ちきれないぜッ!エルフなんてそうそう実験には使えねぇんだ。恋しくて恋しくて胸がはち切れそうだ!待ってろよぉ〜!俺が髪の一本まで余す事なく有効利用してやるからよぉ!」
センチと言う百足男も、エンプサーに負けぬ程に狂った研究者の一人だった。彼もエンプサーと同じく自分の身体を弄り回した異形の存在。しかし、エンプサーのようにベースの肉体がラミア族などといった意思を持つ種族ではなかった。
センチのベースとなった姿とは、一匹のムカデそのものだったのだ。
アークシティの研究員達により、初めは虫にも意思を宿せるかという実験から始まり、肉体の膨張や自らの意思を持てるかと続き、次第に彼は人間の肉体へと変化する能力を手に入れた。
そして、まるで初めから人間だったかのように振る舞えるようにまで成長し、他の実験でモンスターのようになったムカデ達に命令を出せるようになると、地下へ資材を送る巨大生物の司令塔としての役割を与えられた。
シン達が乗っていたリフトとは、巨大生物の体内を利用した物であり、それを地下へと運んでいた巨大生物とは、センチという生命体のベースとなったムカデが巨大化した姿だったのだ。
センチは巨大ムカデの体内を自由自在に動くことが可能で、その肉体を使って自身の分身を生み出すことも可能だった。
シン達をリフト内で襲っていたのは、巨大ムカデの血肉を使って生み出したセンチの分身体に過ぎなかった。故に分身体にダマスクが干渉しようとしても、意識を乗っ取ることは叶わず無効化されてしまっていた。
巨大ムカデの血肉は無限に近いほど貪ることができる為、いくらでも分身体を作り出せる。しかし、それは巨大ムカデと接触している間に限られる。意思の共有や命令の伝達の範囲を出れば、巨大ムカデはその名の通りただの大きなムカデになる。
意思と人の身体を手に入れたムカデであるセンチは、自らも研究者となり様々な種族と命を使った生物実験を好み、エンプサーのように自らの強化と能力の摘出を行い、本来得られる筈の無い魔法やスキルを集めていた。
豊富で特殊な魔力を持つエルフは、その中でも極めて珍しい実験体として扱われており、中々研究者達の手元へはやって来ない。それこそエンプサーくらいの役職や立場でなければ、優先順位はほぼ皆無に等しい。
故にセンチは、魔力量においてエンプサーよりも遥かに劣る。使える魔法の量も限られ、二人の肉体改造の差は広がる一方だった。密かに劣等感を抱いていたセンチは、魔力面による戦力強化ではなく、より多くの眷属であるムカデを使役し、自身の指のように自由自在にムカデを触手として扱えるようになる程、技術力を身につけていた。
センチが離れた事により、自律機動へと切り替わった巨大ムカデは、直前に出された命令に従い大穴を登っていく。それよりも早い速度で、次々に両方の袖から伸ばしたムカデの身体を使い、ワイヤーのアンカーを突き刺し巻き取るように上へ上へと飛んでいく。
そして、彼もエンプサーのように獣人族から奪い取った気配感知能力で、大穴の上方から待ちに待ったお目当ての気配が降りてくるのを検知する。
「ヒャハハハハッ!テメェの方からやって来やがったぜッ!!お前も俺が恋しかったのかぁぁぁあああッ!?!?」
それまで壁に突き刺していた触手を、真っ暗で何も見えない上空目掛けて撃ち放つセンチ。気配で降りてくる者の大体の位置は掴んでいた。ウネウネ不気味に動きながら物凄い勢いでセンチの袖から伸びるムカデの触手。
彼の検知したその気配は、その触手を紙一重で避けるとすれ違い様に剣を突き刺し、触手を裂きながら落下していく。




