殿と潜入班
木の根に隠された暗号のように、何処かに地下への扉を解除するキーの手掛かりがないか探っていた一行は、気配を消した獣達が近づいて来ていることに気がつけなかった。
「おい、お前ら・・・」
いち早く気がついた獣人族のおかげで、獣達の奇襲を防ぐ事に成功した一行。突然の出来事に、戦闘を行えぬ妖精のエルフ族が思わず手を止める。恐ろしい見た目をした獣達に、怯えた様子を見せる。
「貴方達は引き続きポータルの調査を・・・。ここは我々が」
戦士の格好をした人型のエルフが、怯えるエルフ族を宥めるように落ち着かせると、引き続きポータルの調査を急ぐように促す。変に逃げ回られても、守れるものも守れない。その場で作業を続け、止まってくれていた方が彼らを防衛しやすい。
その間に一行は、奇襲を仕掛けてきた獣達との戦闘へと突入する。敵の数はそれほど多くないが、一体一体の戦闘力が高く、今日済みの獣人族でなければ真面に押さえ込むことが出来ない。
「人間やエルフ達は俺達の援護だッ!アズール!戦闘中にも肉体強化が出来るのは俺達だけだ。他の連中が強化するまで・・・」
「あぁ、分かっているとも!お前達!俺とガレウスである程度敵を抑える。順次強化を行い、戦況を押し上げるぞ!」
「了解ッ!」
アズールとガレウスは獣達を相手にしながら肉体強化を行い、一時的に獣達を怯ませながら他の獣人族が肉体強化を行う隙を作る。かといって、複数人で一気に強化に入る時間は取れない。そこでケツァルの指示のもと、獣人族は一人一人強化に集中しつつ、アズールとガレウスが相手に出来ぬ獣達を、残りの者達で協力し迎え撃つ。
「なッ何だい!?こいつらの姿はッ!街を襲撃してきた奴らとは訳が違う・・・!」
獣の攻撃を剣でいなそうとするツクヨだったが、リナムルを襲撃していた獣達よりも大柄で不気味な腕を生やした相手に、思い通りに技を繰り出せずにいた。
強化済みの獣達は、森の中でアズールが戦っていたような異形の姿をした獣程ではないにしろ、身体のあちこちに本体のものとは明らかに違う腕を生やしており、不規則な攻撃で初見の者達を苦しめた。
「シン!これはッ・・・!!」
「間違いないッ・・・森でアズールが戦っていた個体と同じだ。時間を掛ければ更に手が付けられなくなる・・・」
アズールの他に、この脅威の強化をする個体を知っているのは、シン・ダラーヒム・ケツァルの三人だけ。そしてこの者達はアズールやガレウスと同じく、戦闘中でもお構いなしに肉体強化を行うことが出来る。
リナムルを襲っていた他の獣達とは、明らかに違う個体だった。
「俺の能力とは違う・・・?やはり俺はもう・・・」
シンの懐で戦闘を行う彼らの様子を見ていたダマスク。自身の能力により乗っ取っていた獣達とは違い、生物としての力以上のものを引き出している目の前の獣達を見て、自分の能力ではなし得ない事をやって退けている何者かの存在を勘繰る。
自分だけの能力と思っていたダマスクにとって、自分以外に同じようなことが行え、更にはその上位互換とも見て取れる能力を見た彼は、いよいよダマスクに言われた通り組織に必要とされない存在だったのではと疑い始めた。
「くッ・・・!ダマスク、これはアンタの能力と・・・」
獣達の攻撃を辛うじて躱すシンは、ダマスクにこの獣達が掛けられているスキルについて問おうとした。しかし、自身の存在意義を失いかけているダマスクは、ぶつくさと独り言のように言葉をつぶやくだけで、シンの声が聞こえていない様子だった。
「こんなのッ・・・!とても俺達だけじゃ止められッ・・・」
獣達の攻撃を避けることで精一杯だったシンは、このままではエルフの元まで突破されてしまうと危惧し、アズールとガレウスに助けを求めようと彼らを探す。
だが、彼らの相手にしていた獣は、他の者達が相手にしている獣達よりも強化が進み、より悍ましい姿へと変貌していたのだ。
「どッどうなってやがる!?こいつらも戦いの中で強化できるってのかよッ!?」
「同じだ・・・。森で俺が相手にしたあの個体とッ!」
二人の戦う個体の他にも、他の者達が相手にする獣達も個体差はあるものの、既に人間やエルフでは真面に攻撃を受けられぬ程の力を付け始めていた。
しかしそこへ、今の彼らにとって吉報となるのか悲報となるのか。扉に繋がれていた移動ポータルの移動先を調べていたエルフ族から、調査が完了したという報告が一行の元へ届けられる。
ポータルの移動先は、リナムルを覆うように聳える広大な樹海の一端にある、特殊な幻術によって隠された結界の内部である事が判明。そこには彼らの追い求めていた施設もあり、このようなポータルを利用しなければ辿り着けないような仕掛けが組み込まれていたのだという。
そして一番危惧していた移動ポータルを使用した後の帰還については、時間は掛かるかもしれないが恐らくこの樹海の何処かへ戻るポータルが、向こう側にもいくつかあるようだ。
エルフ族の報告を受けた一行は、森に戻れるのなら今すぐにポータルへ飛び込むしかないと、獣達を放置して敵陣営に飛び込もうとする。
しかし、ケツァルとガレウスはそれを良しとはしなかった。彼らの脳裏を過ぎったのは、放置された獣達がアジトを襲撃するのではないかという最悪の未来。
あくまでそれは彼らの想定でしかないが、決して捨ておけぬ可能性。怪我人や戦えぬ者達を多く抱えたアジトは、とてもではないがこんな悍ましい獣達を迎え撃てるような戦力を有していない。
「ケツァルッ!!」
「あぁ、ガレウス!」
このままここで全員で獣達と戦っていれば、もしかしたら全てを倒し切れるかもしれない。だが、ポータルが開き襲撃者が訪れた今、施設側もこちらの動きを知らぬ訳ではない筈。
時間を掛ければ掛けるほど敵の警戒心が強まり、守りは固く、そして退路を与える隙を作られてしまう。
誰かがここに残り、獣達を止めておかねばならない。それが二人の下した判断だった。
「アズール!お前は他の連中を連れてポータルに入れ!」
「なッ!?何を言い出す、ガレウス!?皆で切り抜け、その後に奴らを・・・」
「そんな時間が無いのは、貴方も気づいているでしょう?アズール・・・獣人族の・・・我々の長年の悲願を果たしてくれ」
彼らの会話を聞いていたダラーヒムは、自身も敵側に正体を明かせぬ為、彼らの援護をすると殿に名乗りを上げる。それに続き、彼らと共にやって来た冒険者のパーティも、獣人族やエルフ族ほど強い恨みを抱えていない事から、本拠地へ向かうよりもリナムルを守る為に残る事を決意。
ポータルを抜け、敵の本拠地である施設へ向かうのは、獣人族からはアズール。エルフ族は戦士のエルフも含め、全員でポータルへ。そして人間はシンとツクヨがポータルを抜けるメンバーとして決定。
当初の作戦から大きく変わり、施設を機能停止に追い込む為、全てを破壊して回る作戦から、施設へ忍び込み機材の破壊、そしてあわよくば施設並びに組織の重要人物の暗殺へと切り替える。
その際にダラーヒムは、忍び込む彼らに対して選別がわりに時限式の爆弾を幾つか渡した。最悪の場合、誰にも気付かれる事なく爆弾を設置し、ポータルから脱出した後に起爆する事で、せめて施設だけでも機能停止に追い込む手段を彼らに託す。




