実体の無い意識
姿の見えなかった相手を漸く表の舞台に引き摺り出したシンの活躍により、再びアズールの中に逃げようとする黒い煙のような気体状のソレを、ダラーヒムが錬金術によりその場に留め逃げられないようにする。
「くッ・・・そがァァァあああ!どうなってやがる!?何故入れねぇ!?」
人の形を模っているその黒い気体は、口も見当たらないの何処から声を出しているのか、流暢な言葉で喚きながら動かぬ身体で必死にもがいている。
「おいおい、何なんだコイツぁ!?煙が意志を持ってやがんのかぁ!?」
煙はアズールの身体から上半身だけを現し激しく左右に身体を揺さぶると、自身の動きを封じ込めているものに気づく。
「そうかぁ!テメェかぁ!?テメェが俺の身体を止めてやがんだなぁ
!?ならテメェにも“俺“を分けてやるよぉ!」
煙の人物が不穏な言葉を口にすると、動きを封じていたダラーヒムのスキルを通じて、再びアズールの中に感じた違和感を自身の魔力を通じ感じ始めた。それと同時に、煙の人物の身体から黒い靄が周囲へと広がる。
「何だこの感覚・・・。アズールの中で感じたものと同じ・・・」
様子のおかしいダラーヒムを見て、シンはすぐにそれが良くないものであることを察し、彼らの場所と駆け出し一気に距離を縮める。同時に放ったシンのスキルで影が飛び出し、ダラーヒムの影から彼の身体を覆うように薄い影の膜を張る。
すると、ダラーヒムが感じていた違和感が薄れ始め、当の本人は何が起きているのか困惑しているといった様子だった。
「ダラーヒム!そいつ、アンタの中に入ろうとしている!」
「何ッ!?そうか、この妙な感覚はコイツの“意志“なのか!クソッ!なら距離を取るしかっ・・・」
「待て!それでは再びアズールの中に入られてしまう!警戒心を身につけた奴を再度外に引き摺り出すのは難しい」
「ならどうするってんだ!?俺にこのまま取り憑かれろってのか!?」
今はシンの放った影によってダラーヒムの中への侵入を遮っているが、いつまでもこの状況が続けばシンの魔力が尽き、ダラーヒムもまたアズールのように意識を乗っ取られてしまう。
だが当然、シンも考えなしに飛び込んできた訳ではなかった。彼はダラーヒムに作戦を伝えると、ダラーヒムよりも前に出てアズールに触れられる位置にまで飛び込んでいく。
暴れるアズールの攻撃を紙一重で避け、意識が集中する頭部へ触れようと飛び跳ねる。
「馬鹿がッ!!自分から飛び込んで来やがったのかぁ!?ならお望み通り、テメェにも“俺“を分けてやるッ!」
如何にも勝ち誇ったかのような台詞を吐く煙の人物に、シンはわざわざ乗っ取られたアズールに接近した理由を口にする。
「お前の能力はアズールの中で見たよ。“だから“こうして直に触れられるところまで来てやったんだ・・・」
側から見ればシンの行動は常軌を逸していた。これではアズールの二の舞になってしまう。それどころか、煙の人物が何度か口にしていた事を真っ直ぐに受け止めるのならば、自身の煙を分け与えると言うことは、単純にアズールの身体から移動するのではなく、取り憑く対象を増やすという事だ。
そうなればただでさえ手に負えないアズールの他に、厄介な影のスキルを使うシンまで、煙の人物の傀儡となってしまうことになる。これ以上状況を悪化させる行動は許さぬと、ガレウスや他の獣人達が駆け寄る。
「人間ッ!余計な真似をしおってッ・・・。いいか野朗共!あの人間の能力を見たな?厄介な事になる前に、煙野郎が取り憑いたところであの人間を始末する!」
「よせ、ガレウス!余計な真似をしているのはお前の方だ!」
ダラーヒムはスキルで煙の人物を拘束したまま、向かってくるガレウスらの進行方向上に身を乗り出し、行く手を阻む。
「邪魔するならお前からでもいいんだぜ?」
「冷静になれよ。筋肉馬鹿のお前らが触れれば、それだけで奴の思う壺だ」
「貴様・・・。そんなに早く殺されてぇらしいな」
雲行きが怪しくなるダラーヒムらを他所に、肉体強化されたアズールの方に着地したシンは、彼の頭部に触れ煙の人物の頭部らしき場所に向けて語りかける。
「アンタに俺の身体は乗っ取れない。他人に寄生する事でしか生きられない下等な存在が、いつまでもいい気になるなよ。見苦しい・・・」
挑発するような発言をするシンに、煙の人物は自分の能力に大きな自信を持っているのか、見え透いたシンの挑発にあえて乗るような余裕を見せる。
「俺の能力が分かったって、テメェにはどうすることも出来ねぇよ。俺がこんなチンケな術で押さえつけられてるとでも、本気で思ってるのかぁ?なら、お望み通り奪い取ってやるよ・・・。これだけの至近距離だ。一瞬でテメェの魂の居場所を奪ってやるッ・・・!!」
そう言い残すと、煙の人物は人型に留めていた煙を形のない気体へと変化させ、ダラーヒムが覆っていたスキルから抜け出し上空へ舞い上がる。
そしてアズールの肩にいるシンに向けて、まるで小さな羽虫の大群のように襲い掛かり、みるみる内にその人間という小さな入れ物の中へと入り込んでいく。
一気に膨れ上がった不気味な気配に、ガレウスや獣人達の動きが止まる。そしてシンに何かを言われていたダラーヒムでさえも、そのあまりの気配にゾッとし何が起きたのかと視線をアズールとシンの方へ向ける。
直後、一行が感じていた不気味な気配は一瞬にして消え去り、暴れていたアズールも電池の切れた人形のように動きが鈍くなる。
そして、彼の肩で煙の人物を挑発していたシンはその場で俯いたまま動かなくなってしまった。
「お・・・おい・・・どうなったんだ!?人間!」
「・・・シン・・・?」
まるで静止画のように動かなくなった光景に、一行は大粒の汗を額から垂らし息を呑んだ。先程まで感じていた煙の人物の気配は感じない。それはアズールの意識の中に留まっていた時と同じように、獣の力を持ってしても探り当てることは出来なくなっていた。
誰もが状況を把握出来なくなったところで、アズールの肩に止まっていたシンがゆっくりと立ち上がり、不適な笑みを浮かべる。




