光の挽歌
アーテムが歩み寄り、シュトラールへ向けて徐々にその足を速めると加速していき、アーテムへ向けられた彼の剣先を短剣で弾き飛び上がると、その過程でポロポロといくつかの短剣を空中に撒きながら、シュトラールの頭上を飛び越える。
宙を舞うアーテムの姿を、顔を上げて追いかけるシュトラールは、その視界からアーテムが消え目で追えなくなると、そこからは見る必要もないといった様子で前を向き直すと、弾かれた剣を持ち替えて、刀の抜刀術のような構えをとり、足を前後に少し開き体勢を低くすると、何かを待つように動きを止め、目を閉じる。
シュトラールの背後に回りるアーテムは、宙に散りばめた短剣の群れの中に、一本の短剣を投げ放つ。
放たれた短剣は、跳弾する弾丸のように空中で、金属同士が打つかる甲高い音を奏でながら不規則に跳ね返り、シュトラールへ向けて飛んでいく。
シュトラールに命中するかという紙一重のところで、彼が開眼すると目にも留まらぬ速さで剣を振るい弾き飛ばすと、辺りに舞う短剣諸共、遠方へと弾き飛ばす。
着地したアーテムが、弾き終えたシュトラールの剣技の動きが止まった一瞬の隙を捉え、大地を踏みしめ彼との距離を詰めると、下から突き上げるように背後から彼の首を狙う。
もう少しで刃が届こうかというところで、何かを察したアーテムがその動きを止め、急転してその場から逃げるようにシュトラールの元を飛び退く。
彼の気づいた異変とは、なんとシュトラールの背中から銀色をした刃のようなモノが突き出てくると、アーテムの頰をかすめた。
何とかその不意打ちを察し、見事躱して見せたアーテムは、自身の頰をかすめた傷から伝う生温かいものを横目に見ると、大粒の冷や汗を垂らし、思い出したかのように呼吸を再開する。
「バケモンが・・・、遂に人間までやめたか・・・?」
アーテムが皮肉を込めた言葉を発した時、シュトラールは一度咳き込む体勢を崩し、ふらふらとする身体を立て直すと、口を拭った腕に目をやり自身に起きている異変を悟る。
背中から突き出た刃がシュトラールの背中に戻ると、一度背筋を伸ばして立った彼が、一瞬の静寂の時をおくと急に振り返り、手にした剣でアーテムへ向けて斬撃を飛ばす。
アーテムは飛んでくる横薙ぎの斬撃に、在ろう事か向かって走ると、斬撃が目前にまで迫ったところで、足を地面に滑らせてスライディングのようなことをして躱してやり過ごし、短剣を構えるとシュトラールへ向けて投げ放つ。
シュトラールは飛んでくる短剣に手をかざすと、その手から銀の弾丸のようなものを飛ばして撃ち落とし、そのまま向かってくるアーテムと刃を交える。
鍔迫り合いをしていると再びシュトラールが咳き込み出し、吐血する彼の力が弱まったのを刃から悟ったアーテムは、彼の剣を上に弾き上げ、ぐっと前へ踏み込みながら喉元を切り裂くように、思いっきり短剣を持つ手を振り抜く。
後ろへ仰け反ったシュトラールは、それまではっきりとは分からなかったが、その時初めて肌を青白く染め上げ、彼の目が尋常ではない血走り方をしているのを目撃するアーテム。
その異常な状態に気を取られ、一瞬判断の遅れたアーテムは、彼の身体から突き出した無数の刃が迫り来るのに気付き、急ぎ彼の身体を蹴って突き飛ばしながら後ろへ飛び退くアーテムだったが間に合わず、宙を舞いながら腕を顔の前で交差させて守るアーテムの身体に、刃が突き刺さる。
腕や足、腹部に突き刺さる刃を引き抜きながら後方へ飛ぶアーテムは、背中から地面に叩きつけられ、その傷の痛みに悶え苦しむ。
「ぐッ・・・! ぁぁぁあああああッ!!」
傷を押さえながら右へ左へと転がるアーテムが、何とかこじ開けたその目で何度か瞬きをすると、何回目かの瞬きの後に、いつの間にそこまでやって来たのか、彼の傍に立つシュトラールの姿を映し出した。
あまりにも一瞬の出来事に、顔を青ざめさせて驚くアーテムが、彼を貫こうと掲げるシュトラールの剣に気づき、横へ転がってその剣先を避ける。
シュトラールは、地面に突き刺さった剣を、そのままアーテムが避けた方へと、地面を斬るようにスライドさせながら引き抜くと、アーテムは急ぎ上体を起こして間一髪のところでこれを避ける。
引き抜いた勢いの流れのまま上に振り上げた剣を、彼は起き上がったアーテムに向けて振り下ろす。
痛みを堪えながら、振り下ろされたその剣を飛び退いて躱すアーテムだったが、大地に刻まれた十字の斬撃が、地の奥底から込み上げてくるマグマのように爆発し、その爆風に吹き飛ばされる。
これは聖騎士や騎士なら誰でも身につけている剣技の一つで、シュトラールとの戦いでもツクヨがやってみせた、剣士のスキルの一つだった。
だが、同じ技であっても熟練者が放つそれは、全く別の技のように威力も範囲も別次元のものになっていく。
飛ばされるアーテムの身体は、斬撃のようなものに切り裂かれながら進み、何かにぶつかると地面に膝をつき、四つん這いとなったアーテムは激しく吐血した。
出血が落ち着いたアーテムが顔を上げ、自分の飛ばされて来た道を見ると、そこには薄っすらと見える宙に固定された無数の斬撃があった。
それは聖騎士の隊長が一人、シャーフの剣技である残月、そして雨夜月と同じ効果のものを、刀ではなく剣でやってみせたのだ。
その後アーテムは、自分が何にぶつかったのかを確認するように振り返る。 するとそこには、何かに苦しんでいる様子のシュトラールが立っていた。
「うぅッ・・・、ぉぉぉ・・・ぁぁあああああッ!!」
身体中を掻き毟りながら悶え苦しむシュトラールは、うめき声を上げながら腰を折ると、彼の身体は何かが蠢いているかのようにボコボコと形を変え、シュトラールが上体を反らすのと同時に、四方八方へと無数に銀の刃を突き出した。
彼の身体から伸びる刃に貫かれ、地面に貼り付けにされるアーテムは、彼のその暴走が治るまで何度も貫かれた。
「あ“あ”あ“あ”あ“ぁぁぁッ・・・」
シュトラールの身体を蠢く流動が治ると、いたるところへ伸びた銀の刃は、液体となり地面に流れると、彼の身体を形成していた水銀も液状となり、アーテムに切断された腕やイデアールに貫かれた風穴が、その姿を現わす。
見るに堪えない凄惨な姿となったシュトラールは、吐血と共に膝をついて、遂に地面へと倒れた。
彼の顔からは、朝孝やツクヨと同じく顔中の目や口といったところから血を流し、最期は自らの水銀による中毒で身を滅ぼすという、その場にいた誰もが予想だにしなかった終演を迎えた。




