影を落とす戦況
自身を強化して攻撃を仕掛けてくる獣人族に対し、獣も彼らと同じように後方にいる者が不穏な動きを見せ始める。攻勢に参加することなく、不気味な挙動で身体を震わせている。
そしてその身体は次第に大きく変化していき、見るからに戦闘力を上げていた。その変化にいち早く気がついた後方で肉体強化を進める獣人は、すぐに強化を中断し獣の群れの中を突っ切って行く。
「なッ！？無茶だ！何をしている！？」
「アイツ、“肉体強化“をしてやがる！ここで止めておかねぇと大変なことになるぞ！」
飛び込んで行った獣人は獣の攻撃を掻い潜り、何とか強化状態に入る獣の元まで辿り着くと、渾身の力を込めた拳を振り上げる。獣人の攻撃は強化状態で動けなくなる獣の顎に命中し、その大きくなりつつあった身体を宙へと持ち上げる。
すかさず体勢を立て直した獣人は、そのまま身体を回転させて回し蹴りを獣へと放つ。獣人の蹴りは獣の無防備となった腹部へと命中し、その衝撃で内臓へのダメージを負ったのか盛大に吐血をしながら後方へと吹き飛んでいった。
見事に獣の肉体強化を止めた獣人だったが、彼は既に周りにいた獣達に取り囲まれていた。名前を呼ぶ味方の声がスローモーションのように聞こえる。彼がその声に振り向こうとした時、彼の身体は足や腹、腕や胸といった複数箇所に渡り強い衝撃を受ける。
戦況を覆しかねない敵の強化を止めて見せた獣人は、その役割を果たしまるで充電の切れた機械のようにプツリと意識を失ってしまう。複数の獣から攻撃を受けた彼は、その後無惨に身体を引きちぎられ獣達に食われてしまった。
アカリの調合した薬により勝機を見出していた一行の未来に、突如として暗い影が差す。その余りに凄惨な光景に思わず目を背けるアカリ。獣と戦っていた獣人達にも強い衝撃が走る。
彼らを襲う獣達は、ただ悪戯に命を奪っているだけではないようだった。わざわざ殺してその肉を食うということは、それ自体に何か目的があるということだ。
それが単純に腹を満たす為の行為なのか、それとも自身をより強力な生命体へとレベルアップする為の行為なのか。今の彼らにそれを確かめている余裕などない。
残された獣人達は、仲間を失った怒りを力に変えてこれまで以上の奮闘を見せ、次々に攻め入る獣達を薙ぎ倒していく。しかし、押し寄せる獣達はいくら倒されようと起き上がり、まるで不死身の兵隊のように何度も彼らを襲う。
ショッキングな光景を目の当たりにして、これ以上直視できないといった様子で蹲ってしまうアカリ。そんな彼女を心配するように肩に留まる紅葉は、小さな鳴き声で語りかけるように寄り添う。
「あの人・・・私の調合を凄いって・・・褒めてくれたの。役に立てることが嬉しくて・・・私・・・」
例え種族間に大きな問題を抱えていようと、それは些細なことに過ぎない。記憶の中に刷り込まれるようにして与えられた印象はとは、実際に目の当たりにしたものと大きく異なるものであった。
獣人の中には人間と真面に接したことのない者もおり、アカリに対して積極的に交流を持とうとしてくれた今は亡き彼もまた、そんな獣人の若者の一人だった。
「お互い名前も知らないなんて・・・いつでも聞けるものだって・・・そんな風に・・・勝手に思ってた・・・どうしてこんなことに・・・」
彼女にとって当たり前のようなことがこの世界では通用せず、すぐに訪れるとは思ってもみなかった出来事が突如としてやってくる。その理不尽な現実に後悔を募らせたアカリの目からは涙が溢れていた。
これまで見たこともないようなアカリの姿に、意を決した紅葉は彼女の元を飛び立ち離れると、獣人と獣が戦う頭上を飛び越え戦場の真っ只中へと向かって行った。
そこはアカリに優しく接してくれた彼が無惨にも殺された場所。未だその血肉が散らばり、凄惨な光景を残したままの場所の上空で羽ばたく紅葉は、彼が生まれた時と同じ光に包まれながらその身を炎で灯し始めた。
「なッ何だありゃぁ！？」
「あの人間の娘と一緒にいた鳥が・・・」
炎に包まれた紅葉は球体状となる。そこへ異変を察知した獣が光りの中へと攻撃を仕掛ける。飛び掛かった獣はその球体の中へ腕を差し込むと、その球体を通り過ぎた獣の身体は真っ黒に焼け爛れていた。
