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第八章 その6 協賛ミュージアム

 楽しい楽しい夏休みにも関わらず、客足は一向に伸びないまま閉館時間を迎え、私は自動ドアの電源スイッチを切りながら小さくため息を吐いた。


 この日の来館者は50人足らず。夏休み期間とは思えない久々の低水準に、他の職員も同様を隠せないでいた。


 一時期はあれだけ話題になった船出市郷土博物館が、夏にはすっかり飽きられている。笑ってはいけないのに笑うしかないような状態に、館長に池田さん、里美さんにシュウヤさんと職員全員が事務室に集まって自然とミーティングが開かれる。


「夏休みに入ってから、今日は来館者が最少か」


 パソコンの画面を睨みつけながら、池田さんがぼそりとこぼす。


「池田さんのえんでんおじさんがいない時間は、展示室もガラガラですしねぇ」


 後ろから覗き込んでいた里美さんも悩ましい様子で口を開く。そろそろ子供を保育園まで迎えに行く時間なのだが、ギリギリまで残って話し合いに参加している。


 池田さんが市公認マスコットであるえんでんおじさんに扮するのは一日に2回、毎日となると大変なので土日と火、木曜日の周4回が基本だ。その時間になればゆるキャラファンや子供連れのお客さんがそれなりには来館してくれるのだが、時間が過ぎるとお客さんはぱたりと途切れてしまう。まして今日のような何も予定の無い日は親子連れさえ姿を見せない。


 このままでは5万人なんてとても届かない。全員、焦りの色を隠しきれていなかった。


「他にお客を呼び込めるアイデア、何か無いものかな」


「少し展示に手を加えましょうか。今から大幅に変えると休館日を設けなくてはならないので、余っているスペースに付け足すくらいで」


「そんなスペース、もう展示室には無いよ」


「ロビーならパネルのもう3、4枚くらい置けるけど……それだけじゃなぁ」


 あれやこれやとひねり出す正規職員と学芸員の皆さん。こういう時、非正規である私はちょっと仲間外れにされているようで無力感さえも抱いてしまう。しかし私とてこの博物館でいっしょに働いている一員、ミーティングに加わることくらい許してもらえるはずだ。


「あの、ちょっといいですか?」


 私は小さく唾を呑み込むと、4人に声をかけた。当然、館長たちは突然のことに何事かと固まる。


「私にとっては過ぎたことかと思いますが、ひとつアイデアをよろしいでしょうか?」


 いつもは気兼ねなく話し合っている仲なのに、どういうわけかバクバクに緊張する。私のような決定権も無い非正規が博物館の運営に口出しするとなると、これくらい感じたっていいだろう。


「うん、是非是非! アイデア大募集だよ」


 だが館長はすこぶる優しかった。70を過ぎたお爺ちゃんの微笑みに、私もようやくほっと安堵で頬を緩める。


「博物館って、展示を見せる側にも強い動機付けがあって、初めて機能するんじゃないかって最近思うんです。みんなこだわっている何かがあって、それを知ってもらうのってものすごくうれしいことなんじゃないかって。知りたい欲求があるのと同じで、知られたい欲求もあるはずです」


「知られたい欲求て、なんだか承認欲求みたいだな」


 私の話しに池田さんが口をはさむが、誰も反応しない。今はそういう場面ではないと察してくれたのだろう。


「そこで考えたんです。地元のことを知ってもらいたいのは何も私たち職員だけではありません。ボランティアスタッフの皆さんもそうですし、一般市民の中にも船出市をもっとアピールしたいと考えている方はいらっしゃると思います。そういった方々の想いを展示することが、船出市郷土博物館にも必要なのではないでしょうか。単にモノを並べて紹介するだけではない、職人や研究家の声をそのまま伝えられるような」


 一拍、間を置いた。全員の8つの目がこちらにまっすぐ向けられているのを確認し、私は言い切る。


「そこでまずは、カンカン亭を運営するふなで食品にも展示に参加してもらうのはいかがでしょうか?」


 やはりと言うべきか、全員が「え?」と面食らったように声をそろえる。


「ふなで食品に? どうしてまた?」


「それは霧島さん――料理長が誰よりも地元のことを考えてくださっているからです。料理長が毎日の食材にこだわっているのは皆さんご存知の通りです。ですがどんなことをどれくらい考えているかは、近くにいてもわかりません。そこで食材に人一倍こだわりのある霧島さんの普段考えていることを展示で表現することはできないでしょうか。どんなこだわり抜いた食材をどういった基準で選んでいるのか、それを伝えるのもおもしろいんじゃないかって」


 私は力説した。これは先日テーマを絞った博物館を見て、さらに弟と話しをして実感できたことだ。私たち以外にも自分のしていることを広く伝えたい人もいる。しかしその手段は限られているし、簡単には実現できない。


 では逆に、そう言った場を提供することは私たち博物館職員には可能ではないだろうか?


「カンカン亭の料理長が選ぶ、香川の食材……それを食べられるのは船出市郷土博物館……」


 館長がじっと考え込みながら、ぼそぼそと呟くが、やがて得心がいったとの表情を見せると、大きく頷く。


「おもしろそうだ、やってみよう! ロビーにまだスペースが余っているから、そこを活用してさ」


 暗雲を払う館長の明るい声。まるで悩みなんて気にするなとでも言わんばかりの明朗さに、他の職員もたちまち色めき立った。


 閉塞した場の雰囲気が、一様に氷解する。進むべき道が開けたとなると行動は早いのがうちの職員だ。


「わかりました、早速企画をまとめましょう」


 シュウヤさんがパソコンに向かい、ワープロソフトを立ち上げる。


「それなら博物館のホームページに載せてもおもしろそうですね。その前に、まずはアポを」


 池田さんは急いで企画の趣旨を伝えるべく、早速ふなで食品の例の営業さんに電話をかけた。


 これだけで多くのお客さんが呼べるなんてとても思えない、ほんの小さなアイデアだ。だがそれでも、ひとつの前進で職場のモチベーションが一変する様を目にするのは、発起人である自分にとって何とも嬉しく、この上ない充足感に浸れるものだった。


 そしてふと不思議に思うのだった。なんだろう、この胸の熱さは、と。


 ちなみに里美さんは子供をこれ以上待たせるわけにはいかないからと、急いで博物館を飛び出していった。うん、こればかりは仕方ない。

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