初めての街歩きinコウトー
ワイナール皇国暦286年、5の月
辺境伯邸の裏口、騎士団が出入りする軍用門から出てくる一団
ロウ、ワラシ、キャロル、アナヴァタプタ、タクシャカ、メイド数人、平服の騎士数人
それを見送る、辺境伯家の皆々
「では、街にいってきます」
「「「「「いってきます!」」」」」
「おかあさま、おばあさま、いってきます!」
「いってくるー!」
「「「「「いってらっしゃい!」」」」」
「ロウ様、ワラシちゃん、キャロルをお願いしますね」
「キャロル?あまり、はしゃぎ過ぎない様にね?」
「おねーちゃーいってらー」
屋敷の方ではロシナンテとロベルトが揉めている
どうやら、ロシナンテが無理について行こうとするのをロベルトが止めている様子だ
双方、魔法杖を構え向き合っている
「とうとう、親父殿を越える刻が来た様です…」
「なんの!まだまだ早いわ、青二才め!」
何の変哲もない1日に、人知れず魔導を誉れとする家の世代交代が起きようとしていた
さて、決着の行方は……
「まさか、あんなに正門前に人が集まってるなんてね
龍王信仰?恐るべしかぁ…」
「ロウよ?あれは我等を見に来ておったのか?」
「うん、それ以外は考えられないよね?
まぁ大多数は宗教じゃない龍王信仰の人じゃないかな?一目見てみたいってのなんだろうけど
でも、数人は神官風なのが居たね?」
「ふむ、我等には区別がつかなかったな?」
「何人かが周りの人を説得してる様に見えなかった?」
「あゝ、おったおった」
「しかし、周りの者達はあまり取り合っていなかったな?」
「まぁね?面倒くさかったんじゃない?
ただ単に龍王を見たいって思ってたら、横から“龍王信仰しよう!”なんて目が逝っちゃってるのが来るんだもの」
「クハハハハ…なるほどな」
「それよりも、この辺りでワラシとキャロルは別行動にしよう
騎士達は全員で、そっちの影控えをしてくれるかな?」
「「「「「えっ⁉︎」」」」」
「ロウ?なんでだ?」
「ロウお兄ちゃん、どうして?」
「うん、アナヴァタプタとタクシャカと一緒だったら
ひょっとしたらだけど、龍王だってバレたら街中で揉みくちゃになるかもしれないからね
そうなったら、ワラシは大丈夫だけどキャロルの安全が保証出来ないんだよ
だから、ワラシは楽しみながらキャロルを護ってあげてね」
「あ!うん!わかったー!キャロルは我が護る!」
「わーい♪ワラシ♪ありがとう♪」
「ワラシとキャロルの方について行くメイドさんには、お金を渡しておくからヨロシクね
影控えの騎士達はワラシよりキャロル優先で」
「はい、かしこまりました」
「「「「「はっ!」」」」」
「ワラシ?キャロルにお酒飲ませちゃダメだからね」
「う…わかった…」
「アナヴァタプタ、タクシャカ、気の赴くままに歩いて良いよ
気になる事があったら、僕かメイドさん達に聞いて?」
「うむ」
「ふむ…やはり、この家?は我等が住まうロベルトの家よりはだいぶ小さいのだな?」
「あぁ…それだけ、中に居る人達の数が違うからね
それでも、この辺りは高級住宅街だから大きな家ばかりなんだよ?
街門近くには、もっと小さな家ばっかりになるよ」
「ほうほう、なるほどな?」
しばらく歩くと商店などが見えはじめる場所まで来た
「お?普通?の家ではないのが増えてきたな?」
「うむ、地に何やら広げ、いろいろ置いている者達もいるな?」
「お?アレは肉を焼いておるのか?」
「む?アレは飲み物を並べておる」
「ん?アレは布か?」
「おお、アレは剣か!」
「ん?あの魔力を感じる箱は何だ?」
「「ロウよ!教えてくれ‼︎」」
「だー!いっぺんに言うな‼︎
気持ちは分かるから順番に教えるよ!」
「アナヴァタプタ様、私でも教えれます」
「タクシャカ様、私でも大丈夫ですよ」
「おお⁉︎左様か!」
「うむ!よろしく頼む!」
「「ロウが怒るでな」」
「……なんだよ、この悪者感は……」
「「はい」」
「では、あちらの店は…」
「あちらは……」
『ふふっ、しかし、御付きメイド連れてきて正解だったな
俺は後ろから見てるだけで良さそうだ
これで周囲を充分に探れる
竜人形態で怪しいのが釣れるかは微妙だけどな?』
「ねぇワラシ?」
「なんだ?」
「手をつないでもい~い?」
「??手を繋ぐのか??うん?わかったー!」
キャロルと向き合って“ハイッ”とワラシが両手を出す
「ブフゥッ⁉︎ち…違いますよワラシちゃん」
メイドの肩が震えている
遠巻きに見ていた騎士達も口を抑え、肩が震えている
残念ながら、お日様は笑ってない
「違うのか?」
心底不思議そうに首を傾げるワラシ
「はい、キャロル様はワラシちゃんと手を繋いで歩きたいのです
両手で繋いでは歩けないでしょう?」
「?そっか!」
今度は左手だけを出すとキャロルの右手をシッカリ握る
「こうか?」
キャロルが耳まで真っ赤にして俯き加減に頷く
「キャロルはどこに行く?」
「はじめてだからアチコチいきたい!」
「アチコチ?そっかー!」
ワラシがクリンと頭を180°回しメイドを振り返ると
「アチコチってどこだ?食べ物屋さんか?」
頭だけ真後ろを向いたワラシに、メイドの顔が引き攣りながらも
「ワラシちゃん、アチコチというのはアチラコチラと言う意味です
ですから、何処のお店という訳ではないのです
街を御好きなように歩いて良いのですよ」
「うん!わかったー!」
「オルガ隊長、5人小隊単位でコウトー街区を回ってみます」
「うん、わかったクレール副隊長
アルミン様とカーサ様と私も後で街に出るよ
龍王様を探すというより、非番のつもりで散策や買い物などすればいい」
「え?よろしいのですか?」
「あゝ、良いよ
クレールは生真面目過ぎるから、たまには息を抜きなさい」
「しかし…」
「良いんです!
でなければ、私が休めないでしょう?」
「あ、はい」
「あ、クレールさん、騎士隊の剣は置いて小刀かナイフぐらいの武装にしておいてくださいね?
平服に剣は似合いませんし」
「え⁉︎しかしカーサ様、それは少しばかり心許ないですが…」
「気持ちは分かりますが、やはりコウトーにはペレネでの常識は持ち込まない方が良いと思います
私達はあくまでも他所者ですから、館まで御用意してくださった辺境伯様に顔向け出来ない様な真似は慎むべきでしょう
それに、何事かあれば冒険者組合に逃げ込む様にとの注意もされましたしね」
「なるほど、承知しましたカーサ様
では、全員の武装はナイフぐらいにします」
「申し訳ないですが、お願いします」
「はい」
「あっ⁉︎あ…あれはっ⁉︎」
「のんびり歩くなよ、どうした?カイ」
「竜…じ…ん…が……」
「人の街に来たのか⁉︎」
「とんでもねーじゃねーか⁉︎」
「再現か⁉︎あの時の再現になるのか⁉︎」
「会っちまった!また会っちまったよ⁉︎」
「組合に!冒険者組合に走れ!」
「あの人食い竜人が街に出た!」
例の冒険者達が冒険者組合に走っていった
「ん?竜人?」「竜人さんだな」「竜人が街に来るのは珍しいな」「あたしは竜人なんて初めて見たよ」「しかし、デカイな」「あゝ、2mぐらいあるな」“あんなに竜人が大きいだと?”「普通の人よか頭2つ分ぐらい高いな」「強そうだなぁ」「しかしまた、凄いキョロキョロしてんな?」「初めて人の街に来たんじゃない?」「やっぱり龍王様が降臨したからかね?」「やっぱり見に来たんだろうな?」「おや?竜人に色々教えてんのはメイドさんか?」「ありゃ?ホントだ?」“竜人が人と供に?”「竜人って人嫌いじゃなかったのか?」「ただの噂だったのかね?」「噂にゃ尾鰭が付くもんだしな?」「しかし、あのメイドさん達は何処の家の人達だろうな?」「う~ん、竜人に甲斐甲斐しく世話する人間のメイドさんかぁ」「なんか不思議な取り合わせだよな」
「そこの竜人殿、付かぬ事を伺うが何方の部族から来られた?
それに普通の竜人よりも大きいようだが、ついぞこの辺りでは見た事もない威容
何者なのかな?
我等マチカネ教が知らぬ竜人は、この辺りには居ない筈なのだが他領より来られたか?
であれば、コウトーよりはアヌビスへ行かれると良いぞ?
我が教団で保護してしんぜよう」
『きたきた♪』
「「?」」
「我等に言うておるのか?」
「のう?この者は何を言っておるのか?」
タクシャカが御付きメイドに困ったように問いかける
「はい、御任せ下さいタクシャカ様」
タクシャカに、にっこりと微笑むパンデモネの顔が一変
「貴方!無礼ではありませんか!
人にものを尋ねる時は自分から名乗りなさい!」
豹変したパンデモネに男が狼狽える
「あ、い、いや、名乗るほどの者では…ない…」
「では、どういうつもりで、この御方に何者か問われたのですか!
しかも、保護してやるとは失礼千万
自分が名乗りもせずに相手に名告らせようとは烏滸がましいにも程があります
見たところ神官風な出で立ちですが、マチカネ教とはつまらぬ宗派ですね!」
「なにっ⁉︎メイド風情が我が宗派をバカにするか!
我が宗派は幾多の竜人部族と懇意にしておるのだ!
見た事も無い竜人が居たら問いかけるのは普通だろうが!」
「はっ!此の世には貴方の宗派が付き合う竜人が全てだと思っているのですか?
おヘソでお茶が沸かせますね!
貴方は、さぞかし小さい世界で生きてきたのですね?
それとも力ある竜人と付き合いがあると自慢なさりたいのですか?
他人の力で自慢するとは嘆かわしい人間種です
御自慢なさりたいならば己の力量を示しなさい!」
「お の れ はーーーー!!!
ふざけた戯言をーー‼︎
マチカネ教に平伏せよ‼︎
異教徒を焼き尽くせ!龍王の焔!」
神官風な男が持っていた棒杖に魔力を込め振りかざし、パンデモネに火炎を放った
「きゃっ⁉︎」
「我等に良くする者に無礼は許さぬ」
タクシャカがパンデモネの前にデカイ手を差し出し、パンデモネに迫る炎を“シュウッ”と掻き消す
「なあっ⁉︎」
「ふん、これしきで龍王の焔とはな
パンデモネよ、大丈夫であったか?」
「はいっ!ありがとうございます!タクシャカ様♪」
「うむ、ならば良い
ロウよ、この無礼者は如何にすればいいのか?」
「うん、取り敢えずは拘束して冒険者組合の牢に放り込んでおこうかな?
ちょうど組合から人が来たみたいだしね」
離れた所から見ていたロウが近寄ってきて、西の方を指差す
その先には冒険者達を引き連れたオムルが走ってくるのが見えた
タクシャカが、ジタバタもがく神官風な男の頭を軽く鷲づかみし持ち上げながら
「うん?あれはロウの部下ではないか?
いつも屋敷で見ないと思っておったが、街に出ておったのだな?」
「そうだね、毎日冒険者組合の仕事を頑張っているね」
オムルが近くまで来て、頭2つ分飛び抜けたアナヴァタプタとタクシャカを見て“やはりな”と、したり顔をするも
人差し指を唇に宛てウィンクするロウを見つけてニヤリと嗤い頷く
「どうした!何事か‼︎私は冒険者組合の者だ!
誰か、見ていた者は説明してくれ!」
「キャロル!ここがリズたちがいるところだ!」
「ワラシ、ここはなぁに?」
「人がいっぱいくるところだ!」
ワラシが冒険者組合の扉をバーンと開ける
「あら⁉︎ワラシ?キャロル様も!」
「え?キャロル様?何故この様な場所に?」
リズとミアがキャロル達の元にくる
「キャロルがアチコチ行きたいって!だから!」
「あらまぁ?そうでしたか」
「うふふ…キャロル様は初めての街歩きをしてらっしゃるのですね」
「リズ!ミア!アチコチはお店じゃないぞ!」
「??あ、あゝ、うふふ…」
「あら?ワラシは賢いのですね」
「我は賢いか?えへへ~」
「リズ、ミア、ワラシがね!まもってくれるの♪」
「あらあら、それは良うございますねキャロル様」
「ワラシ?賢いあなたがキャロル様をシッカリ護ってね」
「「うん!」」
冒険者組合の扉が再びバーンと開き、冒険者達が飛び込んできた
「たたた大変だ!」
「竜人が!街に竜人が来た!」
「あの竜人なんだ!」
「あらまぁ、大変ですね」
「そうねぇ、どうしましょう」
「え⁉︎リズさん、ミアさん⁉︎なんで落ち着いてんだよ!」
「え?慌ててますよ?」
「ええ、対策を考えなくっちゃ」
「あゝ、じゃあ俺が行ってみますよ」
オムルが片手を上げて入ってきた
「あら?オムルさん?帰ってたのですか?」
「ええ、ちょっと休憩しに戻ったところでした」
「じゃあ、お願いしましょうか?」
「そうね、オムルさんなら《上手く対応》するでしょう」
リズとミアがニヤッと嗤う
「はい、お任せを」
オムルもニヤリと嗤う
「オムル!我は?いくか?」
「お?ワラシ、来てたのか?え?キャロル様も⁉︎」
「ワラシは行かなくても良いですよ」
「ええ、ワラシはキャロル様を護って街歩きの続きをしてらっしゃいな」
「うん!わかったー!」
「あの竜人さんが摘み上げてるヤツが急に魔法を使いやがった!」「そうだ!メイドさんに口じゃ敵わないからって卑怯な真似しやがって!」「ホントに!女の子に火の魔法を放つなんて何て事してんだろうね」「傷が残ったらどうするつもりだい!」「まったくだ!竜人さんが魔法を打ち払ったから良かった様なもののなぁ」「街中で魔法使う様な奴は厳罰にしてくれよ」「竜人さんは偉いもんだ!女の子を庇ったんだからな!」「おう!まったくだ!」「大したもんだ!」
住人達がアナヴァタプタとタクシャカをヤンヤと讃える
「ほう?そこの者が街中で魔法を使ったからこその騒ぎなんだな?
じゃあ、そこの竜人さんが捕まえたヤツを冒険者組合に運んで尋問しようか
竜人さん方、この愚か者を無傷で捕らえて下さってありがとうございます」
「お?オ…?あゝ、いや、礼には及ばんな」
「うむうむ、街の民に被害が出なくて良かったな」
「ええ、まことに、住人に被害が出ない様にして頂き感謝します
その者を私達に渡して頂けますか?」
「おお、勿論だ」
タクシャカが頭を掴んだままの神官をヒョイっと差し出す
「おい!冒険者諸君!竜人さんが捕らえた、この者を拘束!」
オムルが、ついて来た冒険者達を振り返って命じる
「は⁉︎」「あ、は、はい」「え?」「で、でも竜…」「どう…」「あれぇ?」
「どうした?早くしないか!
コウトーの冒険者がコウトー住人の安全を#脅__おびや__#かす者を優先して捕らえないでどうする!
先に捕らえた竜人さんに感謝して引き渡してもらえ!」
「「「「「は、はぁ…」」」」」
「わかったら、さっさと拘束して連行しろ!」
「「「「「は、はいっ!」」」」」
『う~ん、オムルも出来る男になってきたなぁ』
ロウがニマニマしていた




