様々な信仰心
ワイナール皇国暦286年、5の月
「旦那様、今度はアヌビスより……です」
「はぁ…、またかい?結構遠くまで見えていたんだねぇ」
「はい、そのようでもあり、そのようでも無いような
見えなかった街でも、名乗りが聞こえたのではないでしょうか?」
「あぁなるほど、高空からの咆哮は響いただろうからね
ふむ、それで?手紙は?」
と、ロベルトがスコットに“ほれ、早く”と手を出す
「いえ、それが…応接間に」
「なに⁉︎応接間?という事はアヌビスのコロージュン当主自らが来ているのかい⁉︎」
「はい…」
「うわぁ…そこまでするのか…
え?ちょっと待ってくれ、先触れは?街門からの報告は?」
「馬車で来た訳では無いようです…」
「馬車じゃない⁉︎騎馬か⁉︎
いや、それでも供回りは多いはずだろう?
ここは辺境なのだから、当主が少数の供回りで移動するとは考えられない
アヌビスからコウトーまで10日は距離があるんだよ?
…まぁ、ここで言っていても仕方ないね
応接間へ行こう」
「はい」
「今日は僕が教えてほしい事があるんだ」
アナヴァタプタとタクシャカの部屋
床に、ロウ、コマちゃん、ワラシ、アナヴァタプタ、タクシャカがどっかり車座に座る
「ふむ?なんだ?」
「我等がロウに教えることがあるのか?」
「もちろん沢山あるよ
僕は若いんだ、此の世に出て間も無いと言ってもいいぐらいにね?」
ロウが周りの、アナヴァタプタ&タクシャカ付きのメイド達をチラッと見る
そのロウの視線に気付いた龍王達が納得し頷く
「なるほど、そうか、ロウは此の世に生まれ出て6年と言っておったな?」
「ふむ、であれば此の世に疎いのもやむなし
何を教えてほしいのだ?」
ちなみに、アナヴァタプタ&タクシャカ付きのメイドは抽選で決まった
それだけ、世話役をしたいメイドが多かった事になる
最初、ロウは猛反対した。その理由は危険だからだ
「アナヴァタプタとタクシャカが無闇に人を襲う心配がないのは、僕が保証します!
ですが、そこは、やはりと言うべきか彼等は龍なんです
それも、そこらの凶悪な魔獣や龍などより遥かに強大な力を持つ龍王なんです
普通の人が側近くに侍り世話をして
何かの間違いで人に軽く触れたり掴んだりしたら、握り潰してしまいかねません
だから、その力加減をしっかり覚えてもらうまでは反対します」
「だがね?ロウ君?
使用人達は、それもまた光栄な事だと言っているからね
それで死んでも構わないそうだよ…」
「…は?……そういう趣味の人達ですか?」
「いやいやいやいや、なかにはそんな使用人も居るかもしれないけど
そんな使用人ばっかり雇っているつもりはないよ
それに、ある意味ではロウ君のせいかもね?」
「え?僕のせい…ですか?」
「そう、君が辺境へ、当屋敷へ来てから刺激的な事ばかりだろう?
いや、違うな?屋敷の者達にとっては、だね
君が居る生活は使用人達を刺激に馴れさせたんだよ
そして、次に何をするのか楽しみに待つ事を覚えさせた
龍王様方を連れてきたのは、その最たる出来事なんだよ
我々にとっては神を従えて来たと同義なんだからね?
そういった刺激的な事に、自らも普通な人の身で飛び込んで真っ只中に居てみたいと思うのは、彼等と同じ人としては気持ちも解るね」
「…なんてこった……」
「まぁ、そんなに心配は要らないと思うよ?
メイド達は自分で喜んでお世話するんだ、敬意を持って接するだろうし
その真心は必ず龍王様方に伝わるだろうからね、龍王様方も無碍には扱われないだろう」
「そういう事なら…まぁ、御任せします」
「うんうん、納得してくれて良かった
しかし、ロウ君は苦労性でもあるんだねぇ」
「嫌な性分ですけどね?なんか、まだ6歳にして気苦労ばかりで損してばっかりな気がします」
「ハッハッハッハッハッハッ!
次代公爵とはいえ、まだまだ先の話なのにねぇ
6歳なのに老け込んじゃうね」
ロベルトの快活な笑顔が一変、キリッとし
「だが、それがいい!
それであるからこそ、龍王様方もロウ君に付いて来たんだろう」
「であればいいのですが」
ロウが肩を竦めた
「えっと、アナヴァタプタとタクシャカは自分達を信仰する宗教があるのは知ってるの?」
「ん?何やらリズが言っておったな?」
「ロウよ、我等は宗教や信仰とやらは知らぬ事柄だ」
「まぁ…そうだよなぁ…信仰なんざ受ける側からすりゃ“なんじゃらほい?”ってもんだよな
それに、信仰して恩恵を賜るのは教祖や幹部であって信仰対象や信者じゃないもんな
上手く出来たシステムだよなぁ」
「して、信仰とは何なのだ?」
「ん~?なんて言葉にすればいいんだろう?
え~っと…人って神や龍王からすれば凄く弱い存在でね
災害や人災なんかに見舞われたりすると、心が弱くなってポッキリ折れちゃったりするんだ
その為に……その様にならない為にかな?
心が折れない様に添える物が欲しくなる、寄り添いたくなるんだよね
その寄り添う対象が神や龍王なんかの、人が到底及ばない存在でね
ただただ対象に祈ったり、誰かが代わりに代弁したりね
それが信仰っていう行動
ただ、その信仰も人によっては様々でね?
純粋に対象を信仰する事によって、此の世の苦しみを少しでも和らげようとする人
世の平穏を願う人、対象の威光を利用して他者を苦しめる人
信仰心を利用して、自分の利を得ようとする人
そして、それは心の在り様だから判別が難しいね」
「なんとも厄介な事だな」
「そう、厄介なんだよね?
んで、君たちにも厄介だろうとは思うんだけど
龍王を信仰する人達が一定数居て、先日の降臨の時にも来ていたみたいだし
その人達にとっては、龍王とは彼等の神殿で祀られなければならないらしいよ?
ふふっ、龍王が1人しか居ないって思ってるのは御愛嬌ってとこなんだけどね」
「うん?それは我等を神殿とやらに縛ろうとしておるのか?」
「まぁ、簡単に言えばね?」
「それはまた…」
「うむ、不快だな…」
アナヴァタプタとタクシャカの目がギラリと煌めく
「まぁねぇ、良い気はしないよね?」
「ロウに縛られるというならばまだしも…」
「タクシャカよ、ロウは街まで考えに考え我等を連れてきたぐらいだ、何か考えているのではないか?」
「う~ん、期待に添えなくて申し訳ないんだけど
今は、まだちょっと考えが纏まらないかなぁ
でも、タクシャカ、ありがとうね?」
「うん?なぜ礼を言う?」
「ん?気を使って龍威を出さないでいてくれるから
この屋敷内で龍威を出したら大変な事になるからだろ?」
「む⁉︎ふん!迂闊な真似をしてロウに滅せられては堪らぬからだ!」
「グアッハッハッハッハ…そうだな?タクシャカよ
我等が創りし僕龍よりも、我等を大事にしてくれるメイドという者達を圧し潰したりはしたくないからな」
「バカを言えアナヴァタプタ!
人は生きておった方が柔らかくて美味いからだ!
潰れて死んでしまえば美味く喰えないではないか!」
「ほうほう?もう、肉は料理しなければ喰えぬと言っておったのは誰であったか」
「⁉︎……⁉︎煩いぞアナヴァタプタ!#/&%\×々!」
「☆°*^〆○#@€♪」
「……………!」
「ふふっ、仲良くケンカするってこういうのを言うんだろうな」
「ロウ?ケンカしてるのか?」
「そうだねワラシ、龍王同士って仲が良いね」
「やあやあ、ロベルト殿、突然押し掛けてすまないね」
ロベルトが応接間に入るなり、ソファに座ったままの男が声をかける
「いやいや、お待たせして申し訳ないねロキシー殿」
「なに、そんなに待っちゃいないよ
御隠居のロシナンテ殿は御壮健かな?」
「うむ、未だ矍鑠としていて私らは振り回されているよ」
「ほう?それは何よりだ、流石は英雄のなり損ね殿」
「それよりも、遥々アヌビスより当主がコウトーまで来訪するなんて何事なのかな?
そして、隣りに黙して座ったままの御仁は誰なのかな?
見たところ神官の様にも見えるが、辺境伯たる私から挨拶しなければならないのかね?
何故、こんな無礼者をロキシー殿は連れてきたのかな?
話の如何によっては、この者の首を物理的に飛ばしてあげようか?」
ロベルトが魔法杖を懐から取り出す
「…………」
「あぁあぁ、待ってくれるかね?
この者はアヌビスにある龍王を信仰する宗教の神官でね
頭を垂れるのは龍王にだけと頑なで、私にも頭を下げないのだよ」
「ほう?だからどうした?
では、辺境伯たる私が教育してあげようか?
さすればロキシー殿の肩の荷も軽くなろうというものだ」
“ブゥン”と魔方陣を描く
「……この街に龍王様が降臨あそばされた……」
「ふん、やっと口を開いたと思えばそんな事か?
それがどうした?おまえ如きには関係無かろう」
「…関係はある!何故、我等の元に来られぬのだ!
誠心誠意信仰する我等の元にこそ来られるべきだろう!
だから御迎えしにきたのだ!
辺境伯よ、龍王様を我等に引き渡してもらおうか」
ロベルトの額に青筋が浮かぶ
「ほほう、確かに龍王様は龍の巣に近いアヌビスより我がコウトーを降臨地に選ばれた様だな
しかし、それは、汝等の信仰心が取るに足らぬからではないのか?」
「そんなはずはない!我等は竜人を通し供物もしているのだ!」
「ふむ、何故誠心誠意信仰しているのに自分達で供物を捧げずに竜人を介すのかな?」
「それは…我等は下位龍が護る地を通れないからだ…」
神官の顔が悔しそうに歪む
「その宗派の皆で行き、自ら供物になる覚悟もなければ
汝等の誠心誠意とやらは龍王様に届かないのではないか?
そんな浅はかな信仰心を持つ輩より、我等が元に降臨された龍王様は流石と言うべきだろうな
クックックッ…」
「ふざけるな!龍王様は下界に疎いのだ!
だから、この様な俗な街に間違われて降臨されたのだ!
龍王様を即刻マチカネ教へ引き渡してもらおう!」
「おやおや、まるで龍王様を感情無き人形か罪人の様に言うのだな?
己が、どれだけ不敬な事を言っているのか小さな脳で理解しているのか?
それに、引き渡せと言われても龍王様に御伺いを立てなければ返事を出来んし、引き渡すつもりも引き合わせるつもりも無いがな?」
「ぐっ!辺境伯が龍王様を囲うつもりか!
許されざる事ぞ!」
「龍王様を囲うなぞ、おこがましい事をするつもりは無いがね
しかし、龍王様【方】はコウトーを事情が無い限りは離れられる御つもりは無いと思うぞ?
まぁ、私などが龍王様方の御心内を慮るなど不敬ではあるだろうがな?」
「なにを⁉︎いったい全体、何の根拠があって言っているのか⁉︎」
「ふん、解らぬだろうよ
水に映った月を掴もうとする様な愚か者にはな
では、1つ忠告をしておこう
龍王様方はコウトーに来られるまでに無礼者達を大量に弁当にされたと聞いた
その意味をよくよく考えてみよ」
「まさか⁉︎そんな⁉︎龍王様が人を喰らうだと⁉︎
……ん?龍王様【方】だと?
それはどう言う意味か!答えられよ辺境伯!」
「だから汝等は浅いのだ
答えは汝等が信仰する紛い物の龍王に問えば良かろう
私が答える義務も義理もない
さて、スコット、ロキシー殿と下等な従者殿のお帰りだ」
「いやいや、ロベルト殿、待ってもらおう
まだ話しは済んでおらぬではないか、答えを教えてもらおうか」
「図に乗るなよ?ロキシー殿
同じコロージュンの一族だからこそ応接間まで通したのだ
我等と違い傍流も傍流のアヌビス・コロージュン家など、辺境伯家の正門を潜れただけで良しとされよ
馬車にも乗らず、先触れも出さない無礼は爵位が無いから見逃してやる
さっさとアヌビスへ帰られよ」
「…くっ……」
「スコット?もう良いだろう」
「はい、畏まりました
では、アヌビス卿、どうぞ」
スコットが応接間のドアを開き、待つ
そのドアをロキシー・コロージュンと神官が顔を真っ赤にして足音荒く出て行った
「スコット、見送りは騎士10人ほどで良いだろう」
ロキシー達に聴こえるように投げ掛ける
「はい、ロベルト様、承知しております」
「と、まぁ、こんな事があったよ」
ロベルトが龍王達の部屋へ来て、事の顛末を語った
「はぁ~~~~~来ましたねぇ…」
「フフフ…来たねぇ
ロウ君、御得意の《無料の思考》で対策を考えるかい?」
「いやいや、ロベルト叔父さんも無茶振りだなぁ
何度も言いますが、僕は6歳なんですよ?
少しは大人に頼りたいんですけど?」
「ふふっ、タダの6歳には無茶振りしないさ
少しは6歳らしくしてくれればね、私たちも助け甲斐があるってもんなんだけどねぇ」
「まったくだ、幾万年経た我等にも助ようが無いからな」
「うむ、我も同感だ
しかし、不思議なのだが、我等をアヌビスとやらに縛ったところで何になるのだ?」
「そりゃあ、何とでもなるさ、いいかい?
先ず、龍王がアヌビスに顕れ居着く事になれば
アヌビスは龍王の庇護下になる
龍王の庇護下になればアヌビスの街の格が上がる
街の格が上がれば、それを目当てに住民が増える
単純に住民が増えれば、街に力が付く
街に力が付けば、武力が上がる
武力が上がれば、武を背景に他の街を支配下に置ける
他の街を支配下に置いて勢力が上がれば、辺境伯爵位を授爵する様に要求出来る
辺境伯爵位が授爵出来れば、侯爵と同格だ
その権威権力はワイナール皇国下では計り知れない価値がある
上手くやれれば龍王の威を借りて、公爵家の地位を狙えるかもしれない
なんてったって、龍王の力は絶対的なモノらしいからね
それに、あながち有り得なくも無いのは、傍流の傍流とは言えコロージュンの名を冠しているから可能性がある
と、まぁこれがアヌビス・コロージュン家の目論見かな?
ザッとした予測だけどね?」
龍王達が、ところどころ解らない単語はロベルトが補足していた
まぁそうだろう、辺境伯爵位や侯爵などの単語は聞いた事もないだろう
「クククク…ザッとした予測ねぇ?
それ以上の予測と対策を私たちが考えなければならないのかい?
どっちが無茶振りなんだろうねぇ…」
「ふうむ、難しい…」
「まったくだな?」
「ん?何が難しかったの?タクシャカ、アナヴァタプタ」
「いや、それをロウは我等の力を使わず何とかしようとしておるのだろう?」
「うむ、我等がアヌビスとやらに、ひとっ飛びし滅ぼせば早いではないか」
「いや、アナヴァタプタとタクシャカの力を借りないってわけじゃないよ?
ただ、こんな事ぐらいで街を滅ぼすまでも無いかな?
んで、宗教ってのは難しいんだよ、色々とね?
だからまぁ、アヌビスは滅ぼさない方向で考えるよ」
「クククク…アヌビスは、ね?」
「ふむ、アヌビスは、か」
「アナヴァタプタよ“後で教えろください”」
「誰だよ、タクシャカにロクでも無い言葉を教えたの」




