記された厨二
ワイナール皇国暦286年、4の月
「頭取!前方から来る大型荷馬車の馭者はウチの者のようです
コウトー支店で見た事がある顔です」
「ほう?馭者は?と言う事はウチの荷馬車では無いのかね?」
「はい、見た限りではウチの荷馬車だと示すものはありません」
「馭者の様子は?」
「こちらを見ていませんね?
気付いてはいるはずなのですが?
荷馬車を止めてみますか?」
「バカな真似はやめなさい
ウチの者が、ウチの馬車を見て見ぬ振りをするという意味を考えなさい
コロージュン家の方々とコウトー支店の者達の好意を無にしますよ?」
「あ……はっ!申し訳ありません!」
「ですが、そうですね。
誰か?行き違って暫くしてから荷馬車を追い、伝えなさい」
「はい、では私が伝令をしましょう」
狼獣人の護衛が返事をする
「して、何を伝えましょうか?」
「マリニとポンテでは気を付けなさいと
ポンテは仕方ないが、出来ればマリニには立ち寄らないようにと」
「なるほど、確かに所属不明な荷馬車は要らぬ事に巻き込まれるかもしれませんね?」
「そうです、商売人の勘とでも言えばいいのか
どうにもダムド男爵領は不穏な気配がします
ケイワズ伯爵領を越える時もそうでしたが、誰かが喜びそうな闘争の匂いがしますね」
「おや?頭取は嬉しくは無いのですか?
商売人としては好機に思えますが?」
「えぇ確かに争い事は商売上では好機でしょう
ただし、それは出来れば全ての争う勢力に手を回せた場合ですね
そうすれば、全てを、始まりから終わりまでを我々が操る事が出来る
しかし、現実的に考えても争う勢力全てに肩入れする事は難しいし
蝙蝠だと思われた時点で失敗するだろうね
ましてや、今の時点ではダムド男爵家の標的が分からない
標的さえ判れば手は打てますがね?」
「先に通過したポロからの報せは無いのですか?」
「あったよ?
ロウ様の疑問も込みでね?いや、忠告か?
あの御方なら我々が蝙蝠のままに上手く使ってくれるだろうに…」
「はっ?それはさすがに…
自分の身内が敵に通じる…と言うより敵の有利になるのは許容されないのでは?」
「さてな?最終的に自分が勝利するのであれば敵が有利になっても構わないのではないか?
目先の勝利に喜ぶ者は、足元を掬われると脆いものだよ」
「いやいや…頭取…えぇ?
それは、最初っから最後までの道筋を見る事が出来ると?
ロウ様は6歳ですよ?流石に生まれて6年では有り得なくありませんか?」
「お前はロウ様が考案された将棋で遊んだかね?」
「あゝ、はい、そりゃあもう、本店では将棋同好の集まりが出来ているぐらいですから
賭けも盛んですな、今回の旅路で遊べないのが少し残念です
熱中してしまいますから…」
「グフフフフ…確かに護衛に支障が出ては困るからな
しかし、ふむ…賭けか…それは仕切れば儲かるかもしれんな?
ロマン様に奏上して東街区で公的に行なってもらうと良いかもしれん、少し計画を考えようか
それよりも、それだけ熱中するのならば分かるだろうが
1回の勝負の間に、ずっと自分が有利に戦えるのかね?」
「いや、それは有り得ないかと
調子に乗ると捕られた駒が攻めてきて、痛い目に遭いますから」
「それは自分が相手を有利にした状態だろう?
捕られたのだから、使ってくるのは判っているじゃないか?
読んでいれば対応出来るのではないかね?」
「言われてみれば…」
「ましてや、将棋を考案されたロウ様だ
ひょっとしたら、対戦している両方の背後で操っておられる、ぐらいはされるかもしれんぞ?」
「え?いやいや、まさかそんな、それではまるで遥か高みから見下ろす神ではないですか⁉︎」
「クフフ…私にとっては、そのぐらい計り知れないがね」
「さてと、録郎の墓参りしますかね?」
と、ロウ達が歩いて丘を登る
ヴァイパーから降りているのは、まぁ気持ちの問題だろう
15分ぐらいで石碑?の前までくると
「はぁ~眺めが良いね~、コレは然程の高さは無いけど絶景駐車場から阿蘇谷を見た景色を思い出すな」
「ワフッ」(天気が良いから清々しいね)
「だね、まだ季節的に早いけど焼きトウモロコシ売りかホットドッグ売りがいれば完璧なんだけどなぁ~
…無い物ねだりしてもしゃあないな…
自分で作るしかないしな、醤油もケチャップも無いし…」
「ワンワン⁉︎」(そうだよ⁉︎ケチャップだよ⁉︎)
「トマトは早くても、後2ヶ月は待たなきゃだろ?
もう少しの辛抱だよ」
「わう…」
「それよか、録郎の墓だよ
シルスって呼ばれてるって事は“記す”って事なんだろ?
表には漢字で“落合 録郎”って書いてあるだけだけど裏に何か書いてあんのかね?
つか、墓って死後に造るから録郎が記してる訳じゃないだろうけどな?」
ロウが石碑の裏に回り込み見上げる
《日本語が読めるなら、小穴に指を挿し込み魔力を流してくれる事を願う》
「ふ~ん、願うって書くぐらいだから悪ふざけする訳じゃなさそうだな?」
ロウが指を入れて魔力を流す、すると表の名前が発光して少しボンヤリした人型を投影する
「あっ!録郎だ!録郎が出てきた!やった!録郎が居た!」
「シッ!ワラシ、録郎が何か言ってるから静かに」
「もがっ!」
ワラシが慌てて自分の両手で口を塞ぐ
“やあ、日本語読めたのかい?君かな?君達かな?も召喚者かな?
見てくれてありがとうね
しかし、召喚魔法は俺達が痕跡を消したから次に来る人は居ないと思ってたんだが
時代が進んで復活したのかな?
だったら、俺達みたいに望まないのに異世界に放り出される人を出さない為に召喚魔法を無くしてほしい
ヘタをすれば来て直ぐに殺されてしまうからね
残念な事に、実際に俺達以前に来た召喚者は殺されてたし、殺した
その辺りは自分語りの中で話すよ
俺達はワイナール皇国という国を造った5英雄と呼ばれていたんだ
そして、俺はロンデル・コロージュンって名乗ってた
地球での本名は書いてあった通りに落合録郎だったよ
これが見えてるなら風化で消えてないよな?
とりあえず、地球に還るのは無理そうだから
俺達が、ってより俺が何してきたかを魔法で記録しておいたよ
見ず知らずの地で何の痕跡も無く忘れ去られるのも寂しいからね
いわゆるアーカイブって思っててくれればいいかな
たぶん、他の英雄達4人も何らかの形で残してると思うから
気が向いたら探して読むなり、見るなりしてくれれば嬉しい
この記録は1回見たら消える様なスパイ映画仕様にはしてないから安心してくれ
中に埋め込んでる魔方陣が消えない限りは、魔力さえ流せば何度でも見れるようになっているよ
さて、少し長かったけどココまでが前置きだね
じゃあ、自分語りなんて厨二っぽいけど面白可笑しく聞いてくれるとありがたい
……………………………………
………………………
…………………………………………”
たっぷり3時間ほどの自分語りを聞き終えた
「録郎って辺境領に来てからシルスを造ったんだね
結構な年寄りだったね?」
「ワフッ?」(そうみたいだね?)
「あの映像がボンヤリしてたのはハゲ隠しかな?
魔法でもハゲは克服出来なかったんだな
潔ぎよく剃ればいいのにな…」
「ワフッ⁉︎」(え⁉︎あの長い話し聞いて、最初の感想にハゲ⁉︎)
「当たり前じゃないか、凄く大事な問題だぞ?
髪は長い友達だって言ってたぞ⁉︎長~い友達なんだぞ⁉︎
大事な事だから2回言ってみた!」
「ワ~フッ」(あゝ、カロヤン…)
「ハイ!そこまでだ!
とにかく!前世は将来的にヤヴァイ家系だったんだ、気になるのは当たり前じゃないか!」
「ワンワン?」(大丈夫でしょ?遺伝的には完全に別物なんだから?)
「こっちの世界の遺伝的にもヤヴァイじゃないか!」
と、録郎のホログラムを指差す
「ワフワフ!」(いや、大丈夫だって!新しく創ったんだから心配しないでよ!なに涙ぐんでんのさ!)
「はっ⁉︎つい興奮してしまった…大丈夫なんだ……良かった………良かった…………
しかしまぁ、録郎達は多感な年頃に来たせいか異世界では死ぬまで寂しかったんだなぁ
故郷の食べ物に執着する気持ちも理解出来たよ」
「ワフッ」(そんな感じだったんだね)
「しかし、ワラシもヴァイパーも大人しかったね?
言葉が解らなくて退屈したんじゃない?」
「?ロウ?わかったぞ?」
「ブルルル」(ワカッタ)
ワラシが首を傾げ、ヴァイパーが頷く
「え?だって日本語で話してたぞ?」
「ロウ!魔力でわかったぞ!」
「ブルルル!」(ゴシュジンノマリョクトオナジ)
「どういうこと?」
「ワッフワッフ?」(君が魔力を流し込んだ時に日本語知識も流れ込んだんじゃない?)
「ほ~ん、そんな感じなんだ?将来的にマズいかな?
あ、でも、日本語話者がいない限りは大丈夫かな?
それで?ワラシは録郎と会ってみてどうだったの?」
「うー!アレは録郎!でも録郎いなかった!」
「うん、ワラシ、それは正しい答えだね
確かにアレは録郎の残滓だね
ただ、アレで良ければ録郎にいつでも会えるよ?」
「うん!またくる!録郎の声聴きたい!」
「うん、そうか、また来ようか」
『しかし、録郎さんよ、お前さんはワラシの事を一言も話さなかったな?
まったく、アンタ、この記録作った頃は完全にワラシの事を忘れてたな?
ワラシが可哀想だから声には出さないし、死人に言うのもなんだがシッカリしろよ!
どうせ、その辺で揺蕩いながら聴いてんだろ?』
【ふふふ…面目無いってさ】
『やっぱりな』
「ワラシ、そろそろ家に帰ろうか?そして、またシルスに来よう」
「うん!またくる!いっぱいくる!」
「うんうん、そうしようね
さて…と、帰るはいいが、あの村を通るのは勘弁だなぁ
真っ直ぐ北に来たから東迂回か西迂回か…
外側より内側のが面倒ごとは無い?かな?」
「クッソー、なんで触る事すら出来ねーんだよ!」
歩きながら、たまたま飛んでいた蝶を捕まえる
「虫ですら簡単に捕まえる事が出来んのによ」
「いやいや、そりゃオマエの鍛錬不足なんだから悔しがる気持ちが分かんねーよ?」
「は?俺は犬の獣人だぞ?鍛錬なんぞしなくても、動きは人間よか上だろうよ?」
「はぁ~~これだから獣人は…」
「まったくだな、そんな元から持って生まれた力に胡座掻いてるからフワックさん達に敵わねぇんだよ」
「おいおい、俺も獣人だがジャイと一緒にしないでくれよ」
「たぶんだが、あの人達はひたすら死ぬ目にあうような鍛錬してるぞ?」
「え?なんで、そんなにフワック達をよいしょしてんだ?」
「あのな……」
「ジャイ?オマエなぁ、何があったか知らんが普通はあんな力を見せつけられたら憧れねぇか?」
「まったくだよな、俺達冒険者は強さが飯の種になるんだぞ?」
「フワックさん達も言ってたじゃねーか、単独で下位龍にも立ち向かえるってよ?」
「だな?下位とはいえ龍だぞ?龍とタイマン出来るってハンパないじゃねーか」
「あー、アレってホントかね?俺にゃ、どうにもマユツバなんだがなぁ」
「俺は信じるぜ?あの人達は俺たちよりは数段上だろ」
「つーか、オマエは1度でも撃ち込めてないのに何でフワックさん達を否定してんだ?」
「ホントに、なに拗らせてんだよジャイ?」
「アイツら、俺を鼻で笑いやがったんだぞ!
オマエだって見てたじゃないかチキリ!」
「いや、確かにそうだけど、オマエが何かしでかしたからなんだろ?
なんで頑なに理由を言わねーんだよ?」
「うん、だな?理由も分からんでオマエの肩は持てねーよ」
「俺らって、実力は信用出来るか出来ないかの目安だからな?
安心して背後を任せられる人達に嫌われたくないのは道理だろ?」
「…………」
「また、ダンマリかよ?オマエも大概だよなジャイ?」
「まぁいい、もう少し足を伸ばして魔獣を狩るぞ」
「あぁ、だな!訓練のお陰で狩り易くなってるからな」
「うん、荷車2台分ぐらい狩れば農家さん達も安心してくれるだろ」
「ははは、こないだまでは遠征も出来なかったのにな?」
「まったくなぁ、たった数日で野盗相手ぐらいしか出来なかった俺らが今じゃ魔獣討伐だ」
「しかも、一般住民の為にってな?やさぐれの俺らがなぁ」
「「「「アッハッハッハッハッ」」」」
「まったく、組合長代行さん達にゃ感謝だな」
「だな、街のもんも俺らに対する態度も少し変わってきたしな?」
「おお!それそれ!こないだな?剣を研ぎに出したんだがよ、研ぎ料を幾分安くしてくれたぜ」
「あ、俺も買い物したらオマケしてくれたわ」
「やっぱり、リズさんのタンカが噂になってからコウトーの雰囲気が変わってきたなぁ」
「あー、あの喋りが上手いヤツがアチコチで話して回ってるらしいな?」
「そうそうアイツだよ、アイツは冒険者やるよか辻講釈師に鞍替えした方が稼げるんじゃないか?」
「確かにアイツの語りは引き込まれるもんな?ありゃ凄え才能だ」
「ん?そういやチキリよ?あのオマエを騙した商人はどうなったんだ?」
「あ⁉︎あの野郎か⁉︎あんの野郎!辺境伯が言うにはトンズラしやがったらしいんだよ!
それも、店から大事な物だけ持って行方知れずらしいんだ!」
「なんだよチキリ?らしい、らしいって?オマエとジャイとで辺境伯んとこに連れてったんだろ?」
「あゝ、組合で大見得切ってたじゃねーか?」
「そうなんだけどな?さすがに御屋敷ん中にゃ通れねぇから
辺境伯の騎士に引き渡してきたんだ
んで、組合でミアさんがコッソリ耳打ちしてくれたんだよ」
「なにぃ⁉︎俺は何も聞いてねーぞ!」
「まぁそりゃ、ジャイは被害に遭って無いからな?」
「ヌルいヤツに教えてもな?」
「けど、ミアさんから耳打ちかよ」
「なぁ?凄く羨ましいんだが?」
「ヤバイだろ⁉︎あんな美人から耳打ちなんて!」
「ツーか、チキリ!蹴っていいか?」
「2人とも、とっちめてやれ!」
「人として許せんよな?」
「「え⁉︎なんで俺まで⁉︎」」
「「「アッハッハッハッハッ」」」
「オマエら仲良いな」
「ハモってんじゃねーよ、気持ち悪い」
「しかし、よくも逃げれたもんだな?」
「だな?魔導家から逃げ切るなんざ、ある意味で大したもんだよな?」
「俺たちも逃げ足を見習わねーとな」
「あゝ、フワックさん達も言ってたな?逃げるは恥じゃねぇってよ」
「ん?“生きていれば反撃出来るから逃げのびろ”だったか?」
「そうそう“勝てないと分かっても挑むのはタダのバカ、勇猛と無謀を間違ったら死ぬ”ってのが主人の口癖だったか?」
「うんうん、そんな事言ってたな?だから“勝てる時は徹底的にヤれ!”って言われたな」
「あぁ“キッチリとトドメまで刺さないと自分が死ぬ”ってな」
「言い切るところがスゲーよな?」
「まったくな?フワックさん達の主人は、どんだけ修羅場潜ってんだよ?ってな?」
「……………“チッセー子供だって言ったらバカにされるんだろうな”………」
「ジャイ?何か言ったか?」
「あぁ、いや、何でもねー」
「さてと、だいぶ来たなぁ」
「あぁ、今日はこの辺りで野営すっか?」
「そうだな?見晴らしも良いから安全だろう」
「荷車の魔獣を1匹捌いて夕食にしよう」
「明日は朝早くから動いて昼にはコウトーに引き返すから、しっかり身体休めねーとな?」




