たんぽぽ
ワイナール皇国暦286年、4の月
「では、毎年の事になりますが
明日の朝からオテジンサン、シア、前桟敷の掃除
昼からは宵の料理の準備、調理
シア横手の倉庫から囃子道具を出しての確認、手入れ、準備
燈明の準備、薪の準備
宵からの祭り本番になります
今年も愉しみましょう」
「「「「「え~い!」」」」」
「「「「「は~い!」」」」」
ロウとワラシも一緒になって返事をしている
「ようボウズ達、ロウとワラシって言ったか?今日はどっかに泊まるのか?それともテントか何かか?」
さっき知り合ったウサギ獣人のオジさんが話しかけてきた
「まだ決めてないけど、どうして?」
「いやな、決まってないならウチに来ねーか?」
「え?それは願ったり叶ったりだけど、何で?」
「あゝちょっと理由があってな…」
「?理由?ん~?変な理由?」
「いやいや!変な理由じゃねぇよ!ん?考えようによっちゃ変か?」
「ボウズ、ウッスイなら大丈夫だよ」「そうそう、ウッスイん家は事情があるんだ」「坊や、何も心配要らないよ」「坊や達、私からもお願いします」「おお、オテジン守りさんも聞いてたか」「ええ、チッキーちゃんが不憫ですからね」
「ふ~ん、理由じゃなくて事情ね…うん、良いですよ、お世話になります」
「おお⁉︎そうか!ありがたい!事情は道々話すよ」
ヴァイパーに乗らずウサギ獣人と一緒に歩きながら、話の内容を聞いたロウは少し憂鬱になる
要は、ウッスイの10歳になる娘が不治の病に罹り死出の旅へ旅立とうとしている
せめてもの旅の供にロウが育った華やかな皇都の話や旅の道中話を聞かせてやってくれ、って事だ
病い自体は、この世界では珍しくはない病気だ
魔素が空気中に混ざり合っている世界
人々は若干量の魔素を栄養にしているが、稀に生まれた時から魔素を受け付けない人がいる
そういう人は幼い頃は少々身体が弱い子、で済むが
長じるに従って取り込む魔素が多くなるほど衰弱していく
そして、思春期に近くなれば寝たきりになってしまう
まぁそうだろう、思春期という、身体が大人になる為に大量のエネルギーを欲する時に、身体が勝手にラマダンしている状態だ、栄養失調にも程がある
ましてや、人間より魔素を取り込む量が多い亜人には致命的だ
最近はコマちゃんのお陰?で魔素が濃くなってきているとはいえ、元々身体が拒否しているならば意味がない
ゆっくりゆっくりと緩慢に死へ向かう
「うん…僕に出来る事は面白可笑しく話す事だけだね
コメディアンの才能があるとは思えないけど…」
「あゝ、死自体は俺たちも受け容れているんだ
だから、せめてもの愛娘への手向けなんだ
他人任せで面目無いんだがな」
『前世の俺だって同じ状況なら形振り構ってられないさ…』
「しょうがないよ…」
と、道端のタンポポを手折り茎を口に咥えた
「ちぇっ、苦いな…」
「あの~、ミアさん、窓口が暇になったんで訓練見学してきても良いですか?」
「ええ、良いですよトゥリーサさん、交代で休憩を取りましょう」
ミアが大事そうに懐中時計を取り出して見る
「やったっ♪新組合長は話が分かるなぁ~♪」
「私達の主人は『する事ないなら無理にしなくて休めばいい、無理矢理仕事作っても無駄な作業でしかない』って言われる御方ですからね」
「そうですね」
「あ、リズ」
「それと、トゥリーサさん?先日は皆さんの手前、ああ言いましたが、私達は組合長ではありませんよ
あくまでも次が決まるまでの代行でしかありません」
「リズ…貴女、まだ機嫌が悪いわね?
私達はロウ様に直々に言われて組合に来てるんだから、しっかり仕事しないと」
「わかっています…わかってはいますが、嫌な予感がします
ロウ様の周りに悪い虫がピョンピョン跳ねているような…」
「出た⁉︎考え過ぎ!」
「あ、あの~、じゃあ私は訓練場に行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
“やっぱ、リズさんとミアさんはおっかないなぁ~
なまじっか同じ女だからなのかなぁ
まぁいっか!ライザーさん達見て目の保養しよっと♪”
「いいかー?今日も見る訓練からだ、ちゃんと目と身体は休めてきたかい?」
「「「はい!」」」「あぁ!」「うん!」
「昨日も来てるヤツは居ないだろうな?
何度も繰り返すが身体が慣れない内は毎日訓練しても無駄になるからな?
普段しない激しい動きをした後は身体のアチコチの細い筋肉が切れてるんだ
それが修復される前に同じ事すれば、最終的には修復されずに元より弱くなるからな?
ちゃんと1日は身体を休めて切れた筋肉を修復して徐々に激しい動きに身体を慣らせよ?
そうしたら絶対に強くなる!ってのは、俺たちの主人の受け売りだ、ハッハッハッ
そして、俺たちは下位龍程度ならば独りで立ち向かえる様になった!ってのも、俺たちの主人の言だ」
「「「「「おおぉぉぉー」」」」」
「さて、先ずは俺たち5人が適当に動く
皆んなは俺たちに触る事から始めるぞ?
用意はいいか?目を見張れよ?」
スッとフワック達5人がバラバラに動き出し、訓練場に集まっている30人ぐらいの中に紛れる
「あっ!」「あれ?」「うおっ⁉︎」「消えた⁉︎」「ありゃ?」「はっ?」「おわっ⁉︎」
厳密にはフワック達はロウの様に超スピードで動いてはいない
フワック達は人が『こう動くだろう』という予測から外れた動きをしているだけだった
まぁバックステップやサイドステップなど織り交ぜてはいるのだが
そこに居ると思って手を伸ばしても体1つ分隣りに居れば触れないのも当然だ
だから訓練場の端から見ているトゥリーサなんかには不思議な光景に見える
“普通に前を横切ってるのに何で触れないんだろ?
うん、でもやっぱ、ライザーさんが1番かな
こないだ悪徳商人捕まえた時もカッコよかったもんなぁ”
暫くしてフワック達が元の場所に戻り
「どうだ?触れた者は居たか?」
全員が頭を横に振る
「ダメだ、何でか触れない…」
「いったいどうなってんだい?」
「簡単な事さ、あんたらの目と脳を騙してんのさ
次の訓練までに、しっかり考えてきな?
狩りが得意な魔獣なんかはこんな動きをするぞ?
よし、じゃあ少し休憩したら武器組手するぞ
パーティーのヤツは魔法もアリだからな
しっかり準備しろよ
あ、対人戦じゃなく対魔獣戦だから俺たちは武器は使わないから安心しろ」
「「「「「おう!」」」」」
フワック達が訓練場の端に寄るとトゥリーサが声をかける
「皆さんお疲れ様です」
「おっ?えーっと、トゥリーサさんだっけ
仕事中だろ?どうした?」
「うん、フワックさん、代わりばんこで休憩中なんだ
ねえ!今度さ、皆さんと私と私の友達とで仕事が終わってから食事に行かない?
ねっ!ライザーさん!」
「へっ?俺?……俺は構わないけど……えっ?」
「ピュ~、お安くないねぇ~ライザ~」
「えっ?」
「ププッ、何が“えっ?”だよ、おまえいつの間に~」
「えっ⁉︎あっ⁉︎違う!違います!!皆さんで!私の友達も!!」
「でも、トゥリーサさんはライザーがメインでしょ?俺たちが邪魔しちゃって良いのかなぁ~?」
「じゃ、邪魔になんてなりません!皆さんで!み・な・さ・ん・で!!親睦を深めましょう!」
「ほうほう~ライザーと親睦を深めたい~とぉ?」
「フワックさん⁉︎⁉︎ひゃー!ちがーう!」
「「「「ハッハッハッハッハッ」」」」
「良いじゃないか、食事会、行きましょう
俺たちは組合職員に嫌われてると思ってたからありがたいですよ
なぁライザー」
「あ、あゝそうだな、そうだよな、トゥリーサさん、ありがとうな?食事会、楽しみにしてるよ」
「あ、あ、は、はい!じゃ、じゃあ仕事に戻りますーー!」
トゥリーサが駈け去った
「良いねぇ~、春だね~」
「本当になぁ~」
「ほっこりしたわ~」
「ククッ、ライザー、いつまで赤くなってんだよ」
「あービックリした~
ん?あの隅の黄色いのって何だ?」
「ん?」
「何処だ?」
「ほら、あそこ」
「あゝ、ありゃ、たんぽぽだな」
「へえ~たんぽぽかぁ、そうか春だもんな」
「ふふっ、たんぽぽの花言葉を知っていますか?」
「お?リズさん」
「休憩ですか?」
「ええ、真っ赤になって戻ってきたトゥリーサさんと代わりました」
「ハハハ…真っ赤でしたか?」
「ええ、耳まで真っ赤でした。
ライザーさんも赤いみたいですけどね?ウフフ…」
「そ、そんな事はないっすよ!
そ、それより、たんぽぽの花言葉って何ですか?
教えてくださいよ!」
「それは、愛の神託・真心の愛・別離・神のお告げ・思わせぶり、ですね
どの言葉を受け取るかは本人次第ですよ、うふふ…」
「へえ~流石はエルフですね、草花に詳しい」
「お~い、帰ったよ。お客さんも一緒だよ」
ウッスイが家のドアを開けると太ましいウサギ獣人のオバさんが顔を出した
「お帰り、お客さんってアンタ…こんな時に…」
「あゝ、言わなくても分かるさ
だがな?こんな時だから来てもらったんだ
今日明日ともしれないんだ、最後ぐらいはな、楽しい話を聞かせてやりてぇんだよ」
「アンタ…」
「ああっと、すまねぇなロウ、ワラシ。こいつは女房のキネンだ」
「こんばんは、ロウです。そして、この子はワラシ。ワンコはコマちゃん。
一晩御厄介になります」
「こんばんはー!」「ワン!」
「あらあら、ようこそいらっしゃいましたね。さあどうぞ入って下さいな」
「お邪魔します」「おじゃましまーす!」「ワフ」
「あ、ヴァイパーは村の範囲内で好きにしてなよ
さっき村人達の殆んどが見てるから心配要らないんじゃないかな?
ついでに、村の害になりそうな魔獣がいたら狩っといて?」
「ブルルルル…」
ヴァイパーが頷き歩き去った
「こっちだ」
ウッスイとキネンが家の奥まった部屋の扉を開ける
「一人娘のチッキーだ」
そこには寝台に横たわるウサギ獣人の少女がいた
その顔は瘦せ細り、目の周りは黒ずみ、微かに開いた目は焦点が合っていない
元気であればピンクの肌色も今や土気色だ
口からは微かに“ハッハッハッハッハッハッ”と短い呼吸音が聞こえる
「あぁ……」
『もう何を聞かせても聴こえないだろうな…
既に魂が離れかけてる、何もかもが手遅れだろう
と言うより、為す術がなかったと言うべきか…』
「ウッスイさん、ごめん…言い難いんだけど…
この娘はもう何も聴こえない…と思う…
頑張って此の世にしがみついてるけど、その手が離れようとしている
今は話を聞かせるよりは、年頃の女の子らしくおめかししてあげた方が良い…
化粧もした事が無いんでしょう?」
「くっ……」「わっ……」
ウッスイが悔しそうに顔を歪め涙を流し
キネンが顔を覆い泣く
「何か化粧道具はありますか?」
キネンが頭を振り
「農民の…獣人は…そんな物は…持たないよ…」
「そっか…そうだよね…せめてもの手向けに僕が紅を差してあげる」
手に持っていたタンポポを少女の胸元に置き
ロウが自分の手が入るぐらいの小ささで収納魔方陣を開き、手を動かすとプルプルした物に触る
ひと摑み固めて取り出すと、ソレを左手に持ち替え右手人差し指と中指で掬い、少女の両頬に軽く塗る
次に右手小指で掬い、唇に塗る
少し垂れた紅が少女の口内へ、喉へと流れ込んだ
「さ、綺麗になったね」
そんな事は無い、道端の石に赤色を塗っただけの様なものだ
しかし、ウッスイとキネンは涙を流しながらニコニコと見る
「あゝ本当にベッピンさんになりやがって」
「ホントねぇ、初めて紅差して、花嫁さんみたいだよ」
ウッスイとキネンがチッキーの頬を撫でる
“ハッハッハッハッハッハッ…ハァッハァッハァッハァッハァッハァッ…”
暫く経つとチッキーの呼吸が荒くなってきた
『来たか、死ぬ前の呼吸困難…関わり無い他人の俺も一緒に看取って良いのか?』
「チッキー!チッキー!しっかりしろチッキー!」
「あぁチッキーチッキーチッキーチッキーチッキー」
“ハァッハァッハァッハァッ…キ…”
「キ?」「き?」「………」
ロウとワラシが首を傾げる
コマちゃんが身じろぎもせず見ている、しかしその目は鋭い
「キ……ア・ア・ア・ア・アアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
少女が口を大きく開けて絶叫し出し、身体が大きく跳ねる
「ヤバイ!ワラシ!水で身体を柔らかく抑え込め!」
「うん!」
ワラシが咄嗟に水の塊を少女に被せる、それで身体の心配は無くなったが絶叫は収まらない
「アアアァァァァァァァァァァァァァァァ」
「チッキー!どうしたんだチッキー!」
「チッキーチッキーチッキーしっかりしてチッキー!」
「本当にどうしたんだろう…」
【希少地龍の血の効果…】
「なんってこった…毒だったのか…」
【私は、此の世の事は為すがままに在るべきと思っているけどね、君の事以外は】
「それは、どういう意味なのかな?」
【見ていれば分かるよ、ほら】
少女の顔色がほんのりと明るくなってくる
それに合わせて頬と唇の紅も薄くなってくる
目の周りの黒ずみも薄まり、虚ろながら目の焦点はあってきている様だ
目が生き返ると同時に絶叫も収まった
「チッキー、大丈夫かいチッキー」
「チッキー、あたしらが分かるかい?」
「あ、お、おとおちゃん…おかあちゃん…」
「うん…うん…お父ちゃんだ、お父ちゃんだよチッキー」
「あぁ…あぁ…チッキーぃぃぃぃ」
「持ち直した…のか…?」
【そうだね、希少龍って凄いね】
「はあぁぁぁぁ~毒じゃなくて良かったぁ……
俺がトドメ刺してたら立ち直れないぐらいだったよ…」
ロウが思わずしゃがみこむ
【まだだよ、身体が馴れて落ち着くまで栄養価高い物を食べさせないと】
「任せろ、得意分野だ
あ~ウッスイさん、キネンさん、まだ危ないから落ち着いて」
「これが落ち着いていられるもんかよ!」
「まだ危ないってどう言う意味だい⁉︎」
「飲まず食わずで死の淵にいたんだから、何か栄養をあげないと再び同じ状態に戻るのは当然でしょう?」
「「あっ⁉︎」」
「そ、そっ、そうか!」
「い、急いで何か作るよ!」
「あー、それは僕が作るからキネンさんはチッキーに付いていてあげて?
台所と食材を借りても?
心配しなくても良いよ、得意なんだ」
「え?そんな…でも…」
「良いからよ、ロウが来てくれてから良い方に転がってんだ任せようぜ」
「あっ、あぁそうだね、お願いねロウちゃん」
「任せて」
「さて、何があるのかな?
これは麦か、ん~?これは干した芋?“ガジッ”ん!サツマイモだ、甘藷だな、て事は糖分はOK
牛乳は収納にあるから…
よし、鍋に牛乳入れて、麦と干し芋をなるだけ潰して牛乳で煮てっと…
少しの血で、あんだけ効果があるんだから肉もそれなりだよな?
レバーペーストも混ぜるか」
収納魔法に上半身突っ込み、大鰐もとい希少地龍のレバーを少量切り取る
レバーをすり鉢でペーストにすると鍋に入れ一緒に煮込む
「塩は…あんま良くないな、俺のを出すか
ピンクの岩塩だから鉄分豊富だしな」
暫く中火で掻き混ぜながら煮ているとネットリしてきた
ちょっぴり舐めて味見すると
「うん、牛乳で血の生臭さも消えてるし、甘藷の甘味も塩で引き立ってる
麦もフワッとしたな」
器に取ってスプーンを添えて少女の部屋へ運ぶ
「お待たせ、さあ食べさせてあげて」
「あゝありがとうな、“フーッフーッ”さぁチッキー口を開けて」
「ん…ん…“コクン”あ、あ、お、おい…しい…」
「あぁ、あぁ、良かったね、良かったね」
「………大丈夫かな」
「あ⁉︎あ⁉︎あ⁉︎」
「ど、どうした!チッキー!」
「チッキー⁉︎どうしたのチッキー!」
「…ゴクッ………」
「お父ちゃん!お母ちゃん!身体に…身体に力が入るよ!もう、もう起きれるよ!」
顔に赤みが差し、さっきよりも顔や手に肉が付いている様に見える
「な⁉︎なにぃぃぃ⁉︎」
「いや、いや、アンタはさっきまで死にかけてたんだよ⁉︎」
「ほおぉぉぉ~~良かったぁ…つか、効果覿面過ぎる…」
“ハァ~”と再びしゃがみこんだ
「でも、ほら!」
チッキーが寝台から降り、ゆっくりと立った
「立った⁉︎チッキーが立った!」
「あぁ、あぁ、チッキー!」
ウッスイとキネンの顔が涙でグショグショだ
『クララかよ…』
「良かったね、ウッスイさん、キネンさん
これで僕も安心して休ませてもらえそうだね」
「あぁあぁ、ロウ、お前さんのお陰だ、ありがとう、ありがとうな」
「ホントにありがとう、ありがとうねロウちゃん
アンタはチッキーの命の恩人だよ」
「お父ちゃん、お母ちゃん、この子のお陰なのね」
「あぁ、そうだよ、何故チッキーが治ったのか分からんが、ロウが来てから治ったのは事実だ」
「うん、うん、そうだね。こんな時に客なんてって思ったけど間違いだったよ
神様がロウちゃんを遣わせてくれたんだね」
『その神様も一緒に来てるけどな』
「言い過ぎですよ、たまたまでしょう」
「そんな事ないよ!」
チッキーが床に落ちていたタンポポを拾う
「アタシはロウ君が命の恩人だって信じてる!
このまま、この村に住むの?」
「え?いや、旅の途中だよ?」
「じゃあ、アタシも追て行く!」
「ええっ⁉︎だが断わる!」




