辺境街の非日常
ワイナール皇国暦286年、4の月
「また、ロウがゲームを作ったんだって?」
「はいロマン様。現物はありませんでしたが、ポロが詳細を書き送って来たので忠実に再現出来たとは思います
それがコチラになります」
「ほう?この円盤が?それと…ん?兵士、王…
なるほどね、先月ロウから伝わった机上演習を簡単にしたものなのかな」
「それがですなロマン様、これが簡単な様に見えて実に奥が深い。
まぁ1度、私と対戦してみましょう
駒の動かし方とルールを記した紙はコチラです
あ、それと名前は将棋と言うそうです。
どういう意味の名かサッパリ分かりませんが…」
「う~~~~ん……これは確かに奥が深い…この駒を獲れば自陣営として使えるとは…」
「はい、敵兵を殺すのではなく生け捕りにしている訳ですな」
「まったく、とんでもない物を考案したもんだねロウは
これは、机上演習とは違った魅力があるし、なによりも基本さえ覚えれば子供にも出来る
そして、この将棋?が強い者は頭の回転も速いだろうね
まったく、我が子ながらロウの頭の中はどうなっているのやら…」
「それでですなロマン様、1つお願いと言いますか、提案があるのですが」
「ん?改まってどうしたんだい?ハンプティ」
「はい、私は1度、辺境まで参ろうかと思っておりまして
その御許しを頂きとうございます」
「あゝなんだ、そんな事かい?
それは構わない、いまや君はロウの部下だ。
部下が上司の元に行って御機嫌伺いするのは当然の事だろう
但し、だ、ロウからの情報を途絶えさせないようにしてくれるかい?それが条件だね」
「えぇえぇ、それは勿論で御座います」
「あ、それと、ロウの新しい従魔のワラシ?だったかな?
どのようなモノか、しっかり見てきてくれないか?」
「はい、かしこまりました」
夜半、ロウの部屋扉がノックされた
「ロウよ、少しいいか?」
「はい、なんでしょうか御祖父様」
「うむ、あー、例のモノは何処へ隠したのだ?
思うところがあって見に行ったのだが、あのデカブツが無くなっておった
まだパウルの支店へは持っていってはおらんのだろう?」
「ええ、まだ持って行ってはいませんし、持って行くのも暫くは様子を見てからでしょうか
それまでは世界で1番安全な場所に隠してあります」
「様子を見るとは?」
「アレの存在自体は冒険者組合にも知られているはずなんですよ、緊急の討伐隊が召集されたはずなので
だから、ほとぼりが冷めるのを待っていると言うのが正しいかもしれませんね」
「あゝなるほどね、だからか、組合から問い合わせがあったんだよ
夜半に済まないね、私も気になっていたんだ」
開いたドアを“コンコン”と叩いてロベルトが入ってきた
「それと我が家に関係するかもしれない子供達が魔獣不明に関わっているかもしれないと言っていたね
まぁ、意味が分からないと言っておいたが」
「なるほど、そうでしたか」
「あゝそれとね?5人組の冒険者がロウ君を尋ねて来たらしいよ?
“皇都から来た子は無事に帰ってますか?”ってさ
まぁ、門衛が“そんな事は知らんし、辺境伯家の内情を余人に話す訳にはいかん”って追い返したみたいだけどね」
『門衛、good job!』
「へぇ~そんな事が、いったい何者達だったんでしょうね?
まぁ、そんな見知らぬ人達はどうでもいいんですけどね」
「ふふふ…なるほどね、そういう感じか。ロウ君は優しいねぇ」
「なんの事でしょうかね?僕は身内に優しくした覚えしかありませんよ
それよりもロベルト叔父さんも気になっているんですか?」
「うん、気になるねぇ。やはりコロージュン家は始祖以来の魔導士の家系だからね
個人的な才能の有る無しはあるけど、やっぱり未知の魔法には興味があるよ」
「やはり、世界で1番安全な場所とは魔法なのか?」
「まぁそうですね、詳しくは言えませんが魔方陣を構築するだけなら簡単な魔法の部類になるのではないですか?」
「ふむ、なるほどな?魔方陣を見せてくれるか?」
「いいですよ?【見るだけ】ならば。但し、触れたりすると命の保証は出来かねます
その魔方陣に触れる事が出来るのは、コマちゃんとワラシ、たぶんヴァイパーも。後は死体だけでしょうね」
「我は入れる!」
ベッドの上でポヨンポヨン跳ねながらワラシが言う
「なるほどね、従魔か死体か、ロウ君の魔力と親和性が有るか無いかって事か
だから、他人はおろか血縁でも触れる事すら出来ないから盗む事も出来ない」
「概ね正解です、どうします?見ますか?」
「む、中が見れないのであれば意味が無いな
では、どの様な方法で魔獣を倒したのだ?」
「大した事はしていませんよ?脳天を殴っただけです」
「「は?」」
「いやいや、意味が分からないな?」
「さすがに話を端折り過ぎているのではないか?」
ロウが首を傾げ
「おびき寄せて、近くまで来たら“ピョン”と跳んで脳天“ゴツン”ですけど?」
『ふふふ…それだけじゃ無いけどな』
「わふ…」(相変わらずの役者っぷり…)
「コマちゃん!やくし…モガ!」
コマちゃんがワラシの口を尻尾で塞ぐ
その様をロベルトがジッと見て
「よし、分かった。親父殿、あまり深く知らない方が良いようですね」
「む、やはりそうか…」
「ええ、だから戻りましょう親父殿」
「うむ、邪魔したなロウ、おやすみ」
「おやすみロウ君」
「おやすみなさい御祖父様、ロベルト叔父さん」
「ふう~、門前払いって初めて経験しちゃったわ…」
冒険者組合にほど近い酒場でジャーキーを囓りながら蒸留酒を呷る
「あゝそうだな、今までは冒険者認識票があれば大概は大丈夫だったからな」
「英雄の一族には組合も頭が上がらないからね」
「組合って結構な権力を持ってるはずなのになんでだろう?」
「は?今更何言ってんだよ、英雄達が作った組織だからに決まってんだろ」
「え?そうなの?知らなかった…」
「なんっつーボケかましてんだよ、俺たち冒険者が組織だって活動出来るのは英雄達が冒険者の仕組みを作ったからだぞ?」
「そうそう、それまでは俺たちみたいなのは傭兵しか道がなかったんだよ」
「でも、戦争なんかは英雄達が無くしちゃっただろ?」
「だから、傭兵達が野盗なんかにならないように冒険者って職業を作ったのさ」
「でも、野盗紛いの冒険者もいるじゃない?」
「そりゃいるさ、どんな職業にもバカはいるからな」
「ふ~ん、そんなもんかぁ」
「そんなもんそんなもん、気にしないで次の獲物の事でも考えようぜ」
「でも、あの子達は本当に無事なのかなぁ?誰も知らない内に行方知れずになってるなんてないよね?」
「ブハッ…おまえ、ホントにあのボウズ達を気に入ってんだな?」
「え~?だって良い子達だったじゃない。礼儀正しくってさ、愛嬌があってさ、気を使ってくれてさ、なんてったって可愛かったでしょ♪」
「ブハッ!最後のセリフが全てじゃねーか!」
「なによぉ!」
“ゴトン”と冒険者達のテーブルに小さめの酒樽が置かれた
「は?なんだ?どっから酒が出てきた?」
「あれ?誰が置いた?」
「え!?なんだいアンタ?」
「なぁ兄さん達、小耳に挟んだんだが化け物を最初に見付けたのってアンタらなんだって?
少し話を聞かせてくれないか?その酒を驕るよ」
「お前さん、突然現れて脅かすなよ」
「酒は有難いが、結局化け物は行方が分からんから大した話は出来ねえよ?」
「うん、それにそんな事聞いてどうすんだい?」
「あぁ、俺は一攫千金狙って最近辺境に来ててな
金になりそうな話は必ず聞いて回ってんだ
それに、何だか子供も一緒だったって話じゃないか
興味深いなぁと思ってな?」
「ほ~ん、酒に見合った話は出来ねえと思うがなぁ…」
ロシナンテとロベルトは、ロシナンテの部屋へ入りグラスに酒を注ぐ
「まぁ、辺境に来た大体の理由が分かりましたね」
「うむ、アレでは皇家辺りは目障りだったろうな」
「ええ、あの子は始祖や皇祖以上の傑物でしょう」
「しかも、まだ6歳か…始祖たち5英雄が此の世に召喚されたのは16歳か17歳の成人後であったらしいから、それよりも10歳は若い。これは始祖の血の影響なのだろうか」
「血のせいかは分からないですね
ですが、世の中をひっくり返すぐらいの力を持っているのは事実ではないですかね?」
「ふむ、本人は自重しているつもりか知らんが、コッソリしている風を装ってはいるのだが
いかんせん、やる事が規格外だから自然と目立っておるな」
「ククッ…確かにそうですね
しかし、規格外の力は仕方ないとしても
あの年齢で何でもソツなくこなしているのは不思議ですな?
リズとミア、フワック達も助けになっていないし、ロウ君が頼みにしている風でもない
ポロなどは逆に頼みにしている節がある
私も本家で育ちましたが、ああなる理由が思い当たらないんですがね?」
「うむ、不思議だな。ロマンの育て方が良かったのか…
ハンスやアイリスに聞けば少しは解るかもしれんがのぅ」
翌日、昼前
「ロウ!なにを作るんだ?」
「ん~?ちょっとした玩具をね?」
“シュッシュッ”と拳大の木材を削る
「玩具?なんだ?」
「それは出来上がってからのお楽しみだね」
「わかった!」
「ん?」
部屋で木を削っていたロウが、フッと顔を上げドアを見る
“コンコン”とノックされ
「ロウ様、宜しいですか?」
「なに?リズ?入っていいよ」
「少し気になったので御報告を
ロベルト様の元に冒険者組合長が来ているようです」
「また?何しに来たか分かる?」
「ミアが様子を伺っていますから、間も無く報せに来るかと思います」
少し経ってミアがやってきた
「ミア、なんだった?」
「はい、なんでも冒険者が5人、殺されているのが発見されたとのことです」
ロウが顔を歪める
「あ?で?」
暗い声でミアに先を促す
「え…ええ、それが、その冒険者が例の魔獣の第1発見者だったらしく、ロベルト様へ報告に来たみたいですね」
「叔父さんは何か言ってた?……いや、ちょっと行ってみよう
コマちゃんとワラシはお留守番しててね」
「わかった!」「ワン!」
ロウが応接室のドアをノックすると執事が顔を出し
「旦那様、ロウ様です」
と、振り返る
「…ん?……まぁいい、入っていいよ」
「失礼します、ロベルト叔父さん、少し宜しいですか?」
と、リズとミアを連れ応接室へ入る
「うん、どうしたのかな?」
「おや?君は先日組合に来た子だね?」
そこには、ロウが組合に初めて行った時に受付にポツンと座っていたオッサンがいた
「おや?組合長は我が甥を見た事があったんだね?」
「ええ、今回の件の冒険者が組合を案内していましたね」
「ほう?興味深いな?こちらへお出でロウ君」
「あゝ貴方が組合長だったんですか、改めて初めまして辺境伯の甥のロウです」
軽く会釈をしてロベルトの隣に腰掛ける
「おや、これはこれは。私はコウトー冒険者組合の組合長をやらせてもらっていますカルロと申します、お見知り置きを
して、ロウ様は何故こちらに?」
「ええ、何やら不穏な話が洩れ聴こえてきましたから気になって」
「なるほど、良い耳をお持ちなのですな
しかし、年端もいかないお子様に聴かせる様な話ではないのですよ」
「カルロ、私が部屋へ入る事を許可したのだ。その意味が君には分からなかったのかな?」
ロベルトがゾッとする様な笑みを浮かべる
「は?あ、いえ、失礼致しました…」
『うおぅ!おいコラ、コロージュン家をナメてんのか?って感じだな
やっぱり兄弟だけあって、こんな所は父に似てるなぁ』
「ロウ君、気になる事は全て聴きなさい
カルロも全て答えてくれるだろう」
「は、はい!」
「はい、では、殺された冒険者は先日僕たちに良くしてくれた人達ですか?」
「ええ、そうです、コウトー支部登録冒険者の中堅パーティーでした」
「なるほど…では、何故殺されたか、は判明しているのですか?」
「いえ、それはまだ判明していません」
「ならば、まだ犯人は捕まっていないのですよね?」
「ええ、登録冒険者が捜索中ではありますが」
「冒険者達は何処で殺されてたんですか?と言うか、何処で発見されたんですか?」
「それは冒険者達が住む区画の路上ですね、酒場から家に帰るところを襲われたようです」
「ん?何故酒場からだと分かったんですか?」
「それは、現在探索中の冒険者が同じ酒場で飲んでたからです」
「そこでは変わった様子が無かったんですか?」
「ええ、無かった様です。ただ、その時に見知らぬ人物が居たらしく
その冒険者だけは、その見知らぬ人物を捜しています」
「へぇ?その謎の人物の姿形はどういった風態だったか言っていましたか?」
「いや、それが、着ている服などは何の特徴も無い服装で
背丈も顔も普通であったと」
「少し意味がわからないんですが、顔が普通ってなんですか?」
「あぁ、それは酒を飲んでたせいか、どうしても顔が思い出せないと。なので、これといった特徴の無い普通の顔だったんだろうと言っていました」
『それは、ひょっとして認識阻害魔法じゃないか?彼らはイマイチ魔法耐性が弱かったんだよなぁ
他の冒険者も耐性が弱い可能性があるな』
「なるほど、しかし、それを捜すのは骨が折れますね?」
「ええ、ですが、その冒険者は獣人なので匂いで捜すと言っておりました」
「へぇ、なるほど!それは良い手ですね
しかし、その普通顔の人物が犯人だとしたら、5人も殺しているなら単独犯じゃない可能性がありますが大丈夫なんですか?」
「はっ!?確かにそうだ!?こりゃいかん!」
「あゝ、ではカルロ、ウチから組合に人を走らせよう。
スコット、委細は解ったな?」
「はい、旦那様、直ぐに走らせます」
執事のスコットが応接室を出て行った
「さて、《組合長》に質問がありますが良いですか?」
「はい、なんですかね?」
「本当は組合長は辺境伯家に何をしにきたんですか?
冒険者が殺された理由は判らない、犯人のアテもない、大事な冒険者が危地に向かったのに放置とか
何を辺境伯に報告するんですか?
常識的に考えても、組合長という重職にある者にしては迂闊ではないでしょうか?
冒険者とは組合にとって財産ではないのですか?
まさかとは思いますが、僕を見に来たとか言いませんよね?」
「ほ~~~う…確かにロウ君の考察は筋道が通っているな
カルロ、君の言い分はあるかな?」
「は、それは…え~、まずはコウトー支部の管理者である辺境伯に早急に対応してもらおうと、何を置いても先に報告に…」
「なるほど、陣頭指揮も取らずに組合長が直々に報告しに来たと?
解決していない事件の報告は組合職員でも出来るのに?
コウトーの治安の為には、先ず事件の解決が最優先だと僕のような子供にも分かる事なのに?
呑気にお茶を飲みながら辺境伯に報告するのが最優先だったと言うんですね?」
「……それは…………」
「おまえ…ふざけるなよ…」




