川の恵みを齎らす者
ワイナール皇国暦286年、3の月
街道から外れた川辺にナニかがチョコンと座っている
遠目に見ても、こちらに小さく手を振っている
はにかんで笑う小さな子供みたいな風情だ
「ん~?あれは蜥蜴人か魚人の亜種か?」
「なんか顔に違和感が…」
「本当ですね?嘴みたいなモノがありますね」
「羽毛…も無いし、翼人種でもなさそうですね?」
「あれ?背中のは甲羅?」
「え?亀人?」
「小柄…だよな?」
「なんだか全体的に薄緑色?」
「こっちを見てるな?」
「手を振ってないか?」
「うん、逃げないところを見ると他種馴れしてるのか?」
『いや、アレはどう見ても河童だろ!?』
【河童だね】
『河童って可愛いな、種族として存在してんのか?』
【…………】
『なんでそっぽ向くんだよ?
つか、みんな知らないみたいだし…』
「まぁ離れている所で見ててもしょうがないから近寄ってみようか?
とりあえず敵意は感じられないしね」
街道から外れて河童に近寄ると
「君たちは誰だ?」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
「「「「「「「「誰?って…」」」」」」」」
「君!」
と、河童がロウを指差す
「君から懐かしい匂いがする!」
「え?僕から?」
クンカクンカと二の腕辺りの匂いを嗅ぐ
「そんなんちゃう!君から録郎の匂いがする!」
「録郎?」
「そう!録郎パパの匂いが遠く遠くから近寄ってきてるのがわかった!
だから会いに来てくれた思って待ってた!」
「録郎パパ?」
「「「「「「「「ロクローパパ?」」」」」」」」
【…………】
「そう!録郎パパは我を創った!そして川の恵みを全ての者達に分け与えよ!と命じて去った!我は独りで命を守ってきた!録郎はどこだ?誉めてくれぬのか?我の力は無くなってきた!命を守れなくなってきた…」
みるみる目に涙が溜まっていく
『コマちゃん、録郎って?』
【…ロンデル…】
『あぁ……』
「あのね、君を創った録郎パパってさ
今はロンデル・コロージュンって言うんだよ
そして、僕は直系子孫のロウ・コロージュンって言うんだ」
「「「「「「「「英雄ロンデル!?」」」」」」」」
「ロンデル?聞いたことがある!けどロンデルヤメタって言ってた!子孫ってなんだ?ロウ?何故録郎の匂いがする?」
「ロンデルをヤメタ?
あー、そこからか…たぶん君は魔法生物だから分からないと思うんだけど
生き物ってつがいになって子を為して、子がまた子を為してって繰り返すんだ
そして、君の言う録郎パパは遥か昔に亡くなっているんだ
わかるかな?」
「…?あまり分からない?亡くなるってなんだ?つまりどういう意味なんだ?」
「ん~、もう此の世に居ないって意味、になるね…」
「居ない?居なくなったのか!どこに行った?我も行く!探す!」
「あー、予想通りの反応かぁ……
全員、ここで休憩するよ!
君、馬車の中で説明するよ中に入らないか?」
「録郎の居る所を教えるのか!分かった!」
ロウとコマちゃんと河童だけが馬車に乗り込み話しをする
「英雄ロンデルがロクローパパとは何の事なんでしょうか?」
「ロンデルをヤメタとも言ってましたね?」
「英雄を辞めたって事?」
「しかし、あの生き物に命じた事は英雄的な行為ですから英雄は辞めてないでしょう?」
「ただ単に名前を変えたとか?」
「しかし、ロクローとかパパとか聞いた事がありません」
「ロウ様が、あの生き物を魔法生物と言ってましたね?」
「魔法生物って事は、英雄ロンデルが魔法で創ったって事だよな?」
「魔法って生き物も創る事が出来るのか?」
「そんな、神様じゃあるまいし命を創るなんて…」
「いくら英雄でも、なんぼなんでも無理じゃね?」
「だけど、現実に存在してんじゃん」
「「「「「「「「むう…」」」」」」」」
「……………………………って事なんだよ
だから、会うのは凄く難しいと思う
君が、あっちの世界に行っても探せないんじゃないかな?」
「ナゼだ?ロウからの匂いはわかった!だから近いとわかる!」
「だから言ったろ?それは僕の中に録郎パパの血?が多分流れてるからだって
でも、僕は録郎パパじゃないロウって人間なんだよ」
「わからない!わからない!わからない!じゃあ我は録郎に会えないまま消えてしまうのか?ナゼ?我は命を守ってきた!ナゼ誉めてくれない?頑張ったのに!何も悪い事もしてないのに…
ゔあ”…ゔああぁぁぁぁ……あ”あ”ぁぁぁぁん………うあーーーーん…………」
河童が一頻り泣きじゃくる
「泣いてる…」「泣いてるな…」「ロウ様だけで大丈夫かしら…」「まぁ…ロウ様だから大丈夫でしょう…」「うん、ロウ様だしな」「ロウ様でダメなら俺たちでもダメだろう…」「お任せするしかないわね」「ですね」
「そうだよね?何百年か分からないけど、その小さい体で頑張ってきたんだよね?」
小さいとはいえ、ロウより少しだけ小さい河童の頭を右手で撫でる
髪の毛で目立たないが頭に10cmぐらいの円形の皿みたいなモノがある
その部分に右手が触れると、ヌルッと魔力が流れ込む感触がした
『ん?あれ?』
「ゔぅ…ひっく…ひっく…………ん?あれ?」
「どうした?落ち着いた?」
「ロウ!もっかい撫でて?頭のココ!」
涙目で頭の皿を指差す
「ん?いいよ?」
また皿を撫でるとヌルッと魔力が流れ込んだ
「あ!録郎が誉めてる!なんか聞こえた!」
まだ涙目だが目がキラキラしている
「聞こえた?録郎パパは何か言ってたのかい?」
『魔力に反応した幻聴かな?』
「よく頑張ったね!って!えらいぞ!って!」
「そっか、良かったね」
『そりゃ俺が込めた気持ちだ…まぁ、それでも結果オーライだが』
「これからはロウに付いていけ!って!ロウに名前を貰え!って!」
「なに!?」
『どういう事だ?幻聴じゃないのか?』
【……………】
コマちゃんが宙を見つめ、少しすると頷く
『なに見てんだ?コマちゃん?ロンデルの魂でも来てんのか?』
【…まあね…】
『マジか!?で、なんて?』
【今、その子が言った通りだよ。名前付けて従魔にしてやってくれって
頭の皿から魔力を流し込めば良いってさ】
「名前、かぁ…録郎からは何て呼ばれてたんだい?」
「録郎から?ん?なにも?我が出来た時は“カパーが出来た”って言ってた!」
「カパー…」
【カパー…】
「じゃあ、カパーで良いんじゃないかな?」
「ダメだ!ロウが付けなきゃダメ!録郎が言った!」
「そうか…僕が、か…
ふむ…河童は川の童、山に入れば山童、家に居るのは座敷童子
実際の見た目も童子か
じゃあ、ワラシで良いんじゃないかな?」
「ワラシ?ワラシ!我はワラシか?」
「あゝそうだね、君は今から“ワラシ”だよ
さあ、こっちに頭を向けて?」
「ん!」と頭の皿をロウに向ける
ロウは頭の皿に右手を充てて魔力を流し込む
すると、ワラシの体が発光し始めた
それでも魔力を流し込むと少し緑色が残るも嘴と甲羅が消え、つぶらな瞳の中性的な童子が顕れる
「中性的ったって元から性別が無いしな、ツルンとしてるし」
と、ワラシの股間に目をやる
“ベシイィ!”コマちゃんが飛び上がりロウの頭をはたく
「ってー!なにすんのさ!?」
【なにすんのさ、じゃないよ!どこ見てんのさ!】
「は?どこ、ったって何も無いじゃん」
【何も無くてもマジマジ見る場所じゃないでしょうよ!】
ワラシがキョトンとしてロウとコマちゃんの遣り取りを見
「君は何?録郎より強いな!ロウより強いな!」
「わふ?」(わたし?)
「そう!君!」
「へぇ~、コマちゃんの言葉がわかるんだ?
彼はコマちゃんだよ
ん~?なんて説明したもんか…」
「我と同じ従魔か?」
「わふ!」(そんな感じ、ヨロシクね!)
「よろしく!初めての仲魔!」
「交流が済んだみたいだね、他のみんなにも紹介しよう
てか、その前に服だな?いろいろとヤバイ」
「服?ロウのみたいなのか?要らない!甲羅がある!」
「いや、甲羅は無くなってるからね?」
「え?」
ワラシの頭がグルンと180°回転して少し伸び背中を見ると、甲羅が無くなっていて甲羅の模様だけが残っていた
「甲羅が無い!ビックリだ!」
「いやいやいやいや、こっちがビックリだよ!
どんな骨格してんのさ?
それと、嘴も無くなってるからね?」
ワラシがハッ!として両手で口を押さえると
「嘴が無い!ビックリだ!プニプニしてる!」
「その唇はイヤかい?」
ブンブンと頭を振るワラシ、振り幅が少しおかしい
「ロウと同じ!イヤじゃない!プニプニが気持ちいい!」
「そうかそうか、そりゃ良かった
ところでワラシは、どんな事が出来たりする?
あ、その前に…」
と、後部ドアを開けて
「リズ、ミア、ちょっといいかな?」
「「はい」」
リズとミアが馬車に乗り込むと
「「あら?」」
「この子は先ほどの?」
「まぁ、可愛らしい♪」
「我はワラシ!ロウの従魔!ヨロシク!」
「あら、こちらこそワラシ。私はリズです、宜しくお願いしますね」
「ロウ様の新しい従魔さん。私はミアですよ、宜しくお願いしますね」
「そう、新しい従魔になったワラシだよ
仲良くしてあげてね
それと服、なんかないかな?
サイズ的に僕のお古でいいんじゃないかな?」
「あ、では少々お待ちください」
と、ロウの着替えが入った行李を開ける
「ワラシも一緒に選んだらいいよ」
「わかった!全部からロウの匂いがする!」
ワラシがニマニマしながら服を漁る
「ところでワラシ、さっきの続きだけど得意な事ってある?」
再びワラシが180°頭を回し、首を捻る
「得意?わからない!でも水は…」
と、中空に1mぐらいの水球を浮かべる
「こんな事、出来る!」
次は水球を伸ばしたり三角にしたりする
「おぉ!凄いじゃないか?」
その間にリズとミアが、ワラシに適当な服をテキパキと着せ余った袖と裾を折り曲げる
そしてまた、ロウが頭を撫でる
「えへへ…褒められた!」
ロウが水球に手を突っ込んで
「コレって熱くないぐらいに温められる?」
「温める?……出来る!」
ワラシが水球に手を向けるとジワジワと温かくなってきて
「うん!適温!そのぐらいで良いよ♪
やった♪風呂が出来た♪
ワラシ、コレを長い四角にして、そこの長椅子の上に置いてくれる?」
「うん!」
「完璧だ……凄いぞワラシ!」
ワシャワシャーっとワラシの頭を撫で回すと、満面の笑顔でなすがままだ
「ロウ様…」「そんなにお風呂が…」
リズとミアは呆れている
「よし、ワラシ!その水は消して良いよ!
外の皆んなにもワラシを紹介しよう!
ワラシは、これからずっと一緒に居る仲間だからね」
「一緒に!ずっと?うん!みんな仲間!」
「ロウ様の機嫌の良さが凄い…」
「お風呂の力、恐るべし、ですね」
外に出て、ポロやフワック達にワラシを紹介して
最後にヴァイパーにも紹介する
「ヴァイパー、新しい従魔のワラシだよ、仲良くね」
「ヒヒン、ブルル…」(ヨロシク ワラシ)
「うん!ヨロシク!ヴァイパー!」
「ふふっ…ワラシは誰の言葉でもわかるんだね」
「うん!わかる!話してる生き物は全部わかる!」
「そっか、賢いね」
「えへへ…我は賢い?」
「うん、賢い!頼りにするよ」
「えへへ…我を頼りにするのか?嬉しいな!」
「ところでロウ様、このワラシは魔法生物らしいですが種族とかはあるのですか?」
「あ、確かにそれは気になりますね?ポロさん」
「うん、確かに気になる…けど、ヴァイパーみたいに最初の姿と変わっちゃってるな」
「う~ん、種族かぁ…たぶんだけどロンデルはカッパを創ったと思うからなぁ」
「「「「「「「「カッパ?」」」」」」」」
「録郎はカパー言ってたよ!」
「うん、そうだね、まぁカパーでも良いけど…
だとしたら、敢えて種名を言うなら妖怪種になるんじゃないかなぁ…
まぁ、死体がアンデッドになる世界だからアリかな?」
「妖怪種……ロウ様は、他にもその妖怪種が居ると御思いですか?」
「それはわからないよポロ、と言うより知らないよ、ハハッ…
でも、居たとしたら凄く多種多様だと思うな?
僕が知ってる範囲では、ほぼ単一生命体だからね
ワラシみたいに」
「なるほど…」
ポロが考え込む
「それより少し早いけど、このまま野営しようか
せっかくワラシが仲間になったんだ、歓迎会といこう」
「それは、いいですね」「ええ、賛成です」「親睦を深めましょう」「楽しい野営になりそうですね」
「よし!じゃあフワック達は馬装を外してから焚き火を
リズとミアは食事の用意を
ポロはヴァイパーの馬装を外してテントをフワック達と立てて」
「「「「「「「「はい」」」」」」」」
「ロウ?我はなにをする?」
「ん?ワラシ?ん~?そうだなぁ…
あ、ワラシは今まで何を食べてた?」
「我のエサ?魚!蟹!」
「へぇ、魚かぁ、川蟹も獲れるんだね?」
「要るか?獲るか!」
直ぐさま川に飛び込もうとするのをグッと止めて
「服を脱いで、容れ物持って!獲るなら人数分獲ってきてね」
「わかった!」
いそいそと服を脱ぎ、止める間もなくドボンと川に飛び込む
「あぁ、容れ物…」
と、言いかけるより早く川からビュンビュンと何かが飛び出し
ロウの足下に大きめのニジマスが15匹ぐらいピチピチと転がり
次に蟹が飛んでくる
蟹が30匹ぐらいになるとワラシが川面に顔を出し
「足りるー?」
「あぁ充分だよ、ありがと…あ、いや、大きい魚が
1匹ぐらい獲れないかな?
ヴァイパーにあげたいんだ」
「わかったー!」
言うが早いか1mほどの鯉が飛んできた
「御見事としか言いようがございませんね」
「本当に凄いですね、さすが英雄ロンデルが創りし者」
「そうだねリズ、ミア、さすがは川の恵みの護人だね
さあ魚は焼いて、蟹はモクズガニだね?これは茹でようか
その辺から串になりそうなのを取ってきてくれるかい?」
「「はい」」
リズとミアが川辺の細竹を刈り取ってくると、ククリで縦に四つ割りにする
「ありがと」
と1本受け取り、左手で魚を持って口から刺し込み、右ヒレ付近から串を出して直ぐに中骨の背ビレ側に突き刺して
中骨で串に巻き付けるように1回転させ串を突き抜けさせた
それを手早く全部に串を刺した
「はい踊り串、後は塩振って焼こう」
「踊り串…」「なるほど、抜け難いんですね」「それにしても手早い…」「そんな技術をどこで…」
『まぁ前世和食修行時代は毎日何十、何百と串打って焼いたからな…体が覚えてんだよね』
「そんなことより、これだけの数を瞬く間に獲ったワラシが凄いよ」
「えへへ…偉い?」
パシャパシャと川から上がってくる
「うんうん、大したものですね」「確かに凄い」「小さいのに凄いな」「うんうん、偉い偉い」
「えへへ~~~」
水掻きが残る手で頭を抑えて照れるワラシ
リズとミアが手早く服を着せる
「役に立った?」
「もちろんさ!ありがとうワラシ」
「やった!」
蟹が茹で上がり、魚が焼けると
収納から酒を出して、焚き火を囲むみんなの杯に注ぐ
「じゃあ、新しく仲間になったワラシに乾杯!」
「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」
「わん!」(乾杯!)
「ヒヒン!」(カンパイ!)
「ロウ!これナニ?美味しい!」
グイグイ酒を呑むワラシ
『河童が飲兵衛だってのは本当なんだな』




