空気な皇家
ワイナール皇国暦286年、1の月
ワイナール皇国の皇都ミャーコン
もう日が登ろうかという早朝
執務室でソファーに座り
皇帝シュラバイツ(46)は物思いに耽っていた
8日前に天啓があった
いや、天啓らしき現象があった。が正解か
その日も皇帝の日課である朝の祭祀を行なうため長い廊下を歩いて皇宮奥の祭殿へ向かう
御手水の冷たい水で手と口を清め、2礼2拍1礼し祭殿へ入る
後を付いてきた掌典長は扉を閉め待機する
後はいつも通り国家安寧の祈りを捧げ、政務に戻るだけだった
「あ~ら~し~ま~せ……ん?」
ふと何故か、唐突に御神鏡が気になり眺める
祈るのも忘れ どれほど眺めていただろうか
とても長くか、それとも一瞬か、眺めていると
御神鏡から光が水晶に照射され水晶が発光し始めた
初めての経験に目を見開いて驚いていると
水晶の中に薄ぼんやりした白い靄が見える
靄は絶えず大きくなり小さくなり収縮を繰り返した
そして、頭に響くチリーンと鈴の音の様な声と圧倒的な威圧感
【ワイナール皇国皇帝に告げる
公爵コロージュン家 惣領ロウの祝福を皇宮神社で執り行いなさい
祝福する際は余人が神社社殿に入るを禁じます】
これはなんだ?
神の御告げなのか?
神の御告げとはイカサマ神官が都合の良いようにする為の戯言じゃないのか?
思考が混乱し、混乱が思考を遮る
しかし、本当に神様だとしたら
何故、コロージュン家なのか?
それも当主ではなく惣領なのか?
何故、皇家の人間、私の息子達の誰かではないのか?
【無駄、素養と素質が無い】
バッサリか!?
しかも声にしていないのに答えを返されてしまった!?
ははは…、これは従う他はないな
「かしこまりました、その様に計らいます」
生まれてこの方、使った事がない言葉で承知した旨を声に出して伝える
胸の内を読まれた ささやかな意趣返し
【ふむ………ではな…】
あ、意趣返しはバレたな
水晶が透明に戻ると威圧感も霧散する
「ふう…」
思わず息を吐き出した
全身が汗ビッショリで気持ち悪いし
いつの間にか握り締めていた拳は、手の平に爪の後が付き鬱血していた
両手の平を見ながら
「なんて日だ!」
独り悪態を吐く
ふと我に返ると、表が騒がしい
「陛下!陛下!!大丈夫ですか!?返事をして下さい!」
掌典長が扉を叩きながら叫んでいるようだ
今日の祭祀は取り止める事にして
祭殿から出ると掌典長が青ざめて待っていた
その後ろには皇宮兵達が決死な顔をしてズラリと並ぶ
「陛下、大丈夫ですか!?何事かございましたか!?」
「うむ、大事ない。どうしたのだ?そんなに慌てて」
掌典長がポッと口を開け何を言ってるんだという風な顔をして
「陛下?どれほど祭殿の中に居たのか御存知無いのですか?」
「ふむ、我はどれほど中に居たのだ?」
「かれこれ半刻ほどです」
「そんなにか…何故様子を見に来ぬ?祭殿の扉に鍵など付いてはおらぬが」
「陛下が出てくるまで扉が雷を纏っており、ほんの少しも触れませんでした…」
「そうであったか、まぁ良い、我は無事だ。
それよりも、侍従長を執務室に呼べ
我も直ぐに向かう、急げ」
「はっ!……しかし……」
「しかし、は無しだ!急がぬか!」
「は、はっ!」
執務室に行くと程なくして侍従長がやってきた
「お召しにより参上致しました
祭殿にて何か変わった事があったと掌典長に聞きましたが、その件ですか?」
「あゝ神らしき者と話したぞ」
思わず口元が緩んだ
「なんと!?さすがは陛下でございます、交神されたのですか?」
「うむ、まぁアレが交神と呼べるのか…一方的に告げられただけであったな(苦笑)」
「左様でございますか
で、神は何と?」
「あゝ、コロージュン公爵惣領の初祝福を神社でせよ とな」
「コロージュン家惣領の初祝福を皇宮神社で?」
「あゝ、ロウを、と名指しでな」
「神からの名指しですか…齢6歳の子に何が起こるのでしょうか?」
「そんな事は知らぬ、我は御告げという命令を受けただけなのでな(苦笑)」
「はぁ…命令ですか、まぁそうでしょうな
相手は人智の及ばぬ存在ですからな」
「そういうことだ
では先ず、神主を呼んでくれ
日取りを決めてから公爵に打診しよう
いきなりで面食らうだろうがな」
「陛下、人が悪い笑みを浮かべておられますぞ」
「仕方ないではないか、皇子達は素質が無いとハッキリ言われたのでな
癪にも障るというものだ」
「左様でございましたか…」
「まぁ、そう肩を落とすな
今まで余りにも平穏だったから甘やかし過ぎたのやもしれん
皇国の皇子が祝詞の一首も覚えておらぬでは、神も見限ろうというものだ
このせいで今の平和が崩れなければ良いのだがな」
「不吉な事を仰いますな、言霊は恐ろしいですぞ
では、皇子様達には内密になさいますか?
でなければコロージュン公へ何かなさるかもしれませぬぞ?
特に第1皇子様は公爵家の当代達と歳が近いので少々侮っておられるようですし」
「いや、内密にはせずに直接言わないだけにしておけ
そういった事は いずれバレるものだ
内密にしていてバレた時は侍従長が困る事になろう
それに、皇子達が神との関わりに喧嘩を売れるほど骨があるなら見所があるかもな」
「なるほど、陛下は只では転ばぬと言う訳ですな」
「ふふふ…さぁ神主を呼んできてくれ」
「かしこまりました、暫しお待ち下さい」
侍従長が神主を連れてきた
そして皇宮神社の祭禮が無い吉日を聞けば
意外にも8日後には空きがあった
これも神の見えざる手と言うものかもしれん
その後は皇宮内での事はトントン拍子に話が進み
3日後に公爵ロマンに侍従長から話す事にした
皇帝が四公爵の1家と内密な話しをするなど、政治的にかなり不味い
だから、こういった回りくどい事をするのも皇帝の務めだ
そして、3日後というのは
その3日の間にコロージュン家から何かの働きかけがあったりすれば
それは神とコロージュン家が既に繋がっていると言う証拠になるからだ
何もなければ良いが、何かあった場合は厄介だ
始祖皇帝と四英雄は元々同族で同格だと伝わっている
しかし、時代が進み
世代が10も数えると婚姻関係も無く全くの他人だろう
それも、直ぐ隣に武力関係がほぼ拮抗した他人だ
警戒しないで居られるはずがない
歴史上、コロージュン家は反抗の素振りを見せた事は無いが
これからもそうだとは限らない
現に他の3家は歴史上幾度か叛乱の兆しを見せている
歴代皇帝が早め早めに手を打って収めてきたが
潜在的脅威に変わりはない
しかし、神主が妙に張り切っているみたいだな?
何故だ?
普段の皇宮神社には関係者以外が近寄らないからか?
それも仕方がない
あの場は神域に近過ぎて、慣れない者は神気に当てられて体調が悪くなるからな
3日目、影働きにも探らせていたが
コロージュン公に変な動きは無いようだから
昼食後に侍従長から話しをさせると、凄く嬉しそうに困惑していたらしい
ふふふ…我もその顔を見てみたかったな
侍従長によると
コロージュン公は、最初は何故 初祝福を行おうとしている事を知っているのか驚き
皇宮神社で行うよう言うと喜び
天啓だと言うと困惑していたと言う
それから、皇宮神社で行なってくれるのならば5日間待つのは何ら苦にならないと
まぁこれでロマンは大体、白だと思える
何か後ろめたい事があるなら皇家主導だと嫌がるだろうからな
そして1日経ち、皇居内に噂として広まったらしく
案の定と言うべきか
皇子達が執務室に怒鳴り込んできた
我の側に控える侍従長が絶賛苦笑中だ
どうにも此奴らは皇宮内では無敵だと思い込んでいる節がある
いい歳した者の性格矯正など無理過ぎると言うのに…
第1皇子のショーテン(24)と第2皇子のシュルツ(22)が、ほぼ同時に付け侍従を引き連れやってきた
それはまぁ予測済みだったが
その後ろから控え目に皇姫セト(25)が侍女を引き連れて来ているのには流石に目を剥いた
今まで政治的な事柄には一切関わらなかった長女が、どうした風の吹き回しだ?
「「父上!お話しがあります!」」
「どうした?
いい年をした皇子が怒鳴るなどみっともない
お主らは自分達の立場が分かっておるのか?」
少し腹に据えかね怒鳴り返したいが、まぁいい
「「ぐっ…」」
「それに、セトまで来ているとは珍しい
お主も同じ用件なのか?」
セトはニッコリ笑い優雅に頭を下げた
ふむ、聡いな
長女への評価を上方修正しておこう
「ふむ、して、何用だ?
む、いや待て、先ずは侍従侍女を退がらせ座れ
皇宮内で下の者と立ったまま同じ目線で話すほど落ちぶれてはおらぬ」
「「「はい」」」
さて、先ず気勢は削いだ
これから、どう巻き返すかで評価を変えてやろう
「して何用か」
「は、此度、皇宮内で噂になっている
コロージュン家惣領の初祝福を皇宮神社で執り行うと言うのは本当ですか?」
先ずはショーテンか
「うむ、そうだな」
「何故ですか!
何故皇族でも余り使わせない皇宮神社を公爵家とは言え6歳の小僧に!
不敬ではありませんか!」
減点だな、ただ気にくわないから反対してるだけだ
「ふむ、シュルツは?
お前も兄と同じ考えか?存念があるなら申してみよ」
「は、私は皇族じゃなくても6歳の小僧でも構わないのですが
突然、前例が無い様な事を行う理由が分かりません」
ほうほう、先ずは理由を理解してからと言う事か
此奴はいつの間にか成長しておるな
そして、ショーテンは弟を睨む、か…
「なるほどのぅ、では次、セトだ
お主は今まで政治向きには一切関わろうとしなかったな?
そのお主が何故ここに来た?」
「はい、私は此度の事が余り良い事とは思えません
いえ、むしろ皇家にとって良くない予感がいたします
ただの浅はかな女の勘ですけれど…」
ふむ、女の勘か
ただの勘とはいえ、この世は無数の神が在る世界
女の勘だからと言って無碍にはできんな
勘と言う名の御告げもありうるしな
「そうか、勘が働いたか
誰かに入れ知恵されたとかではないのだな?」
「はい、噂には尾ひれがくっついて来ましたが
入れ知恵出来るほどの噂はありませんでしたわ」
ほう、尾ひれが付いた噂を取捨選択してきおったか
此奴は政治向きではないか
「さて、先ずは結論から言おう
此度の事、誰が何と言おうと変更は出来ぬ」
「「「何故ですか!(?)(?)」」」
「それは我が【神】から直接天啓を授かったからだな」
「そ、そんな父上は夢でも見たのでは」
はいショーテン減点
「理解が追い付きません…」
シュルツは微得点
考えようとしないのはな
「何故、皇帝である父上が天啓を#授__う__#け公爵家の惣領なのでしょうか?」
そう、疑問を持つべきはそこなのだ
セトは今まで政治的に関係無い立場だったから評価し難いな
しかし、侮れん
これは、皇帝は男だと思っている弟達の足を掬うかもしれん
皇帝は女帝でも構わんのだからな
「それこそ、神のみぞ知る、と言う事だな
神の都合を人である我が推し量れるはずも無かろう?」
「確かにそうですわね、差し出がましい口を挟みました」
「よい、そう言う差し出口は大歓迎だ」
「しかし!このままでは臣民は納得しないでしょう!」
「ならばどうする?ショーテン
神が決めた事に異を唱えるなど、喧嘩を売るような事は我には出来ぬぞ?」
「そ、それは…で、では、そうだ!
コロージュン家に圧をかけ取り止めさせるとかどうでしょうか!」
名案を思い付いた!みたいな顔をするなバカタレ
このボンクラは、それがどれだけの悪手か分からないのだろうか?
セトとシュルツも哀れむ様な目で見ているではないか
気付かないのか?
「それで、今ですら潜在的脅威の公爵コロージュン家を敵に回し戦争でもするのか?
仮に皇宮神社での式は取り止めたとして
ワイナール皇国としては臣民の初祝福は規定事項だ
ならば我らの目の届かぬ場で神との繋がりを持たせるのか?」
「…い、いや、それはその…あの覇気が無いロマンであれば何とかなるかと…」
「ふうぅぅ…
貴様の目は節穴か!!
その頭の中には何が詰まっておる!
女の事か?美食の事か?
まだ小さい我が孫も居ると言うのに情けない!
そなたは普段ニコニコと愛想が良い人間がキレた時の苛烈さを知らぬのか!
仮にロマンに能力が無くともコロージュン家の武は無くならないのだぞ!
それも皇家と同等の武だ!
そなたなど即座に殺されてしまうわ!
はあぁぁぁ…
もう、そなたは戻って政治の勉強を一からしておれ
今のそなたは何の役にも立たぬ
後はセトとシュルツと話しをする」
「そ…そんな…」
「くどい!」
ショーテンは悄然として執務室を出て行った
ヤツの侍従達は総入れ替えせねばならぬか
皇族を甘やかすだけで天下が獲れるなど勘違いされては国が滅ぶ
「さて、ショーテンは現時点では脱落した
お主らは同じ轍は踏むまい?
意気込んでやってきた気概を見せてみよ」
「はい、では…」
それから4日
コロージュン家惣領の初祝福の日だ
妙に張り切った神主は前夜から公爵家に行き準備している
我はもう直ぐ来るであろう報告を待つだけだったはず…
そろそろ、式も終わるかと考えていたら予想より早く神主と侍従長が執務室に飛び込んできた
「何があった?」
「ハッキリと見た訳ではありませんが社殿内に神が降臨している模様です!」
「なにい!?降臨だと?白い靄だけではないのか?」
「あれを靄と言い張れば靄でしょうが、私には神威の奔流にしか感じられません
あの中に入ったら一瞬で消滅する自信があります…」
「それほどか…中にはロウしか居らぬのだな?
よし!我も見に行こう」
急ぎ神社へ向かうと遠目にも分かる光と力の奔流
何とか鳥居の前まで行くも、その場で足が竦む
神主の言う通り、あの中へ入るのは自殺行為だと理解出来る
周りを見れば、コロージュン夫妻が手を取り合って呆然と見ている
我に気付く余裕もないようだ
と言う事は、彼等にしても想定外なのだろう
元から神と繋がっていたと言う疑いは白だな
しかし、中にいるであろうロウは無事なのだろうか?
普通であれば間違いなく消滅しているだろう
なにせ齢6歳の子供なのだから
その辺りは両親も予想していそうな雰囲気を醸し出している
それでもあの中から無事に出てくるのであれば…
取り留めなく思考していると、神威の奔流が弱くなってきた気がする
それと同時に威圧感も霧散していき、竦んだ足も動かせるようだ
我と侍従長、神主、衛兵、コロージュン夫妻合わせて100名ほどが神社を包囲するかのように
ジリジリと社殿へと近付いていく
皆が皆、おっかなびっくりの屁っぴり腰で思わず笑ってしまう光景だが
この現場にいる当事者達は必死だ
そうこう誰もがマゴマゴしていると社殿の扉が開け放たれ
少年と犬?が出てきた
遠目に見える少年は女の子の様な優しい顔立ちに赤みがかった黒髪、幾分成長しているが随分前に見たことがあるコロージュン家の惣領だ
しかし、あの中から犬?
最初から犬も一緒に入ったら報告にあると思うのだが?
いまいち見えない状況に困惑していると、ロウがこちらに向かってくる
まぁ挨拶するのだろう、子供にも分かる常識だ
しかし、世の中には
その常識でさえ分からぬアホが居る事を46歳にして初めて身を以て知ることになった
我が頭を抱える少し前に、そのアホの高らかな声が響いた
「コロージュン公爵家 惣領ロウ!
その場に止まり、それ以上父上に近付くな!
お前には謀叛の疑いがある!」
ショーテンが子飼いの騎士を引き連れ勝ち誇ったような笑顔を浮かべている
そして、困惑するロウと怒りの炎を目に浮かべるコロージュン夫妻
その場の残りは全員頭を抱えた…
コロージュン夫妻がロウを庇うかのように
ロウに背を向け前に立つと
「謀叛人を庇いだてすると公爵と言えども捕縛するぞ!」
そして我は思わず天を仰いで思った
(誰か、このバカを殺してくれ…)と…
【その思い、相違ないか?】
心の呟きに返事があった…